【宝塚市】「ゼンカイ」ハウスの建築家・宮本佳明さんの作品集『建築団地』で楽しむヴァーチャル建築散歩
被災した木造長屋を改築した「ゼンカイ」ハウスで知られる建築家・宮本佳明さんの作品集『建築団地』が5月に上梓されました。緻密な調査と深い知識をベースに自由な発想から生み出された建築群は、大胆かつユニーク。実はとっても面白い、現代建築の世界を覗いてみませんか。
原寸大模型で話題となった展覧会
Made in Takarazukaシリーズとして、2023年秋に宝塚市立文化芸術センターで開催された「入るかな? はみ出ちゃった。~宮本佳明 建築団地」展。国内外で活躍する宝塚市出身の建築家・宮本佳明(みやもと かつひろ)さんの代表作が一堂に会し、壁から生えた原寸大模型のユニークな展示が話題となりました。
「ほんとうは(模型の)屋根の上に坐って欲しかった」
という宮本さん。
間仕切りを取り払った広大なスペースで巨大な模型に触れ、区切られた「空間」を味わうことで、自由に遊び非日常のワクワクを体験してほしい。宮本建築をダイレクトな皮膚感覚で楽しめた展覧会は、令和5(2023)年度の文化庁・芸術選奨の文部科学大臣賞を受賞しています。
豊富な写真で現代建築をじっくり鑑賞
この展覧会をきっかけとして、宮本さんの代表的な建築を網羅した作品集『建築団地』が上梓されました。
これまで海外での出版はありましたが、日本語版の作品集は今回が初めてだそう。豊富なカラー写真とともに宮本さん自身がセレクトした約30作品が掲載されているほか、巻頭ドキュメントでは展覧会の会場設営の様子が紹介され、アート本としても楽しめる一冊になっています。
建築を鑑賞する際には、どうしても完成品である「入れ物」のみに目が行きがちです。けれど建築とは、ときにいびつな土地の形、施主の希望、用途、利用可能な工法など、さまざまな要素を考慮しながら建築家が頭のなかで練り上げ、課題を克服しつつ、時間をかけてリアルな形になっていくもの。
『建築団地』では、外観だけでなく、むきだしになった立地の形状、建設中の骨組みや作業員の姿、さらには建築家の手を離れた後の、住まい手が見つめる景色や暮らしを写真で紹介することで、何もなかった場所にひとつの器(うつわ)が出現し、周りの環境に馴染んで新たな風景が生み出される過程がたどれるようになっています。
興味深いのは図面や模型の紹介に多くのページが割かれていること。専門知識がなくても眺めているだけで楽しく、発見があります。
例えば「愛田荘」の図面では、いたるところに「犬」の文字が書かれていました。これは、家族の一員である犬6匹のスペースを考慮しているから。さらに別の図面では「おっちゃんの部屋」と書かれたスペースもあり、ちょっと不思議な構成の家族が住む家は、それぞれの居場所が緩く弧を描いてつながる長屋のようになりました。自由だけれど孤独を感じさせない空間は、きっと楽しく暮らせそうです。
宮本建築のおもしろさ
本記事の執筆にあたり、広報の方にお話しを伺いました。宮本さんのどういうところが凄いと思いますか、と尋ねたら「課題の見つけ方ではないでしょうか」という答えが返ってきました。
宮本さんの建築は、どれも独特な形をしています。展覧会でも、なぜこんな形を選んだのか不思議に思う模型がたくさんありました。
宮本さんの初期の代表作である「ゼンカイ」ハウスは、震災で全壊判定を受けた自宅の木造長屋を、鉄骨で補強したものです。写真で見ると、木造の室内に巨大な白い鉄骨が縦横に走る異様な迫力は暴力的ですらあって、こんなところで本当に暮らせるのかと思ってしまいます。
ところが、実際に「ゼンカイ」ハウスを訪問してみると印象はまったく変わりました。無造作に差し込まれたように見える鉄骨たちは、耐震や人間の動線が考慮され、機能的な役割を担いつつ、生活に支障がないようにおさめられています。結果として、鉄骨は古民家に馴染んで違和感がなく、むしろインテリアとしてエッジが効いて、オシャレに思えるぐらい。木造家屋の風情も十分に残っていて、とても居心地が良い空間です。
『建築団地』では、図面以外にも、大改築の様子など貴重な写真が掲載されています。
そうした目で改めて作品をみていくと、目配りが行き届いた宮本さんの独特な解決法によって生み出された建築たちは、大胆な形に見えても、緻密な計算によるものであることがわかってきます。
たとえば「gather」では、細く薄い木材を並べて、風通しや目隠しなどの機能を一手に担う「うねる面格子」の壁がつくられました。製作は気が遠くなるほど根気がいりそうですが、全長2.8kmの自由に動く壁は繊細な光と影を生みだし、内側を支える鉄のトラスや無数の羽子板ボルトは、思わず声が出るほど美しいラインを描いています。こちらは展示模型とともに巻頭ドキュメントでも大きく紹介され、見どころの一つになっています。
震災の記憶
『建築団地』で、ひときわ目をひくのが2つの震災の記憶です。ひとつめは、「ゼンカイ」ハウスに代表される宮本さん自身が当事者となった阪神淡路大震災、もうひとつは、その16年後、経験を積んだ建築家として目撃した東日本大震災です。復興支援活動に従事した宮本さんは、異なるアプローチで東日本大震災の記憶を伝えています。
あいちトリエンナーレ2013に出品された「福島第一さかえ原発」は、吹き抜けのあるメイン会場の床、壁、天井に、原子炉建屋の原寸断面図を総延長8kmにおよぶラインテープで描いたもの。貼りめぐらされた色鮮やかなテープによって、繁華街の真ん中に圧倒的な質量の疑似空間が立ち上がり、未曽有の災害のリアリティが迫ってきます。震災から2年後、現地ではまだまだ災害の傷跡が癒えない中での開催でした。
もうひとつは、被災地の瓦礫撤去後に残されたコンクリートの基礎を、花壇に見立てて種をまき、花を咲かせようという「元気の種をまく(2011)」プロジェクト。
―「立ち尽くす」のではなく、「座って、見上げる」ことができる場所をつくりたいと考えた。(『建築団地』)
という解説文に、宮本さんの被災地に対する思いが伝わります。失われた暮らしは戻ってこないけれど、かつてそこに存在したことは忘れずにいたい。種まきを見つめる宮本さんたちの笑顔に、祈りと希望を感じるプロジェクトです。
宝塚市立文化芸術センター内でも販売予定
いかがでしたか。今回ご紹介したほかにも「近所で『動物園ができる』と噂になった」クローバーハウス、地域住民が集う場となる寺の客殿など、興味深い作品がたくさん。
新築だけでなく、増改築も多く手掛けている宮本さん。作品集の最後には現在進行中の、村野藤吾設計の建築を転用して文化財センターとするプロジェクト(2025年完成予定)が記載されています。
形あるものはいつか壊れ、住まい手もやがていなくなってしまう。けれど、地球の間借り人ともいうべき人びとが残した風景は、その土地に刻まれています。そうした痕跡を真摯に受け止め可能な限りすくい取り、新たな景色を生み出そうという試みはとてもエモーショナル。宮本建築に限らず、自分の周りにある風景が百年後にどうなっているのか、思いを馳せてみたくなりますね。
『建築団地』は一般の書店やオンラインで購入可能ですが、『宝塚市制70周年記念展 宝塚コレクションー宝塚市所蔵作品展ー』開催中に限り、宝塚市立文化芸術センター内のショップで期間限定販売されるそう(2024年7月20日(土)~9月1日(日)※初日は13:00~)。作品集を手に取るチャンスです。気になる方は記念展とともに、ぜひチェックしてみてください。
『建築団地』宮本佳明 (flick studio)
■ 期間限定販売店舗(2024年7月20日(土)~9月1日(日)※初日は13:00~):
宝塚市立文化芸術センター1F ショップ
■ 場所:〒665-0844 兵庫県宝塚市武庫川町7-64
■ 営業日・時間:10:00~17:00 (13:00~14:00 close)
水曜日(センター休館)および不定休
■ お問合せ:080-5667-7151(ショップ担当)
■ flick studioオンラインショップ
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