企業年金を正しく設計すると資産運用が正しくなる
今後、確定給付企業年金が改めて注目されていくはずですが、正しい議論のあり方は、人事戦略上の効果、制度に内在する費用、資産運用方針の合理性の順に検討することです。
予定利率の意味
確定給付企業年金においては、年金基金内に積立てられている資産が運用収益を生みますから、その期待収益率についての仮定をおくことで、企業の払い込む掛金額が決定されています。当然に、運用収益分だけ、掛金額は少なくて済むというわけです。そして、この仮定された運用収益率が予定利率と呼ばれるものです。
予定利率は、生命保険契約でも使われています。原理は同じで、保険契約の責任準備金に対応する資産が運用収益を生むので、その分、契約者の支払う保険料が少なくて済むのです。しかし、こちらの予定利率は、実際の運用収益とは関係なく、生命保険会社が契約者に保証する利率であって、この点において、企業年金の予定利率とは本質的に異なります。
保証された利率と仮定された利率の差
生命保険契約では、保険会社の運用実績とは関係なく、契約時に決められた保険料は変動し得ず、また当然のことながら、保険金額も給付金額も変動しません。つまり、保険会社が保険料の算定に用いた予定利率と実際の運用収益率との差異は、保険会社によって吸収されて、契約者に転嫁されないのです。予定利率が保証利率であるとは、この事態を意味しているわけです。
企業年金の場合は、当然のことながら、給付額は、年金基金の運用実績とは関係なく、変動しませんが、予定利率と実際の運用収益率との差異は、母体企業に転嫁されて、事後的に掛金額で調整されます。企業年金の予定利率が仮定にすぎないとは、この事態を意味しているのです。
つまり、確定給付企業年金基金は、経済的には、企業にとって、自社の従業員専用の団体年金保険事業を営む保険子会社であって、会計的には、連結子会社であるかのように処理されているわけです。故に、理論的には、企業年金基金において生じた資産運用上の利益や損失は企業自身に帰属するので、実際上は、それが掛金額の調整という形態で実現するのです。
年金費用に関係のない予定利率
予定利率は、積立計画を決めるための仮定にすぎないのであって、高く設定されれば、事前の掛金額の投入は小さくなり、低く設定されれば、事前の掛金額の投入は大きくなるだけです。ただし、制度的には、掛金が税法上の損金になること、および、年金資産が年金債務の担保資産という性格をもつことから、年金資産の健全な積立計画と積立水準が維持されるように、適切な予定利率が仮定されることが求められているわけです。
予定利率が仮定されている以上、実際の会計処理では、複雑な調整項目が入ってきますが、理論的な要諦としては、企業年金は給与の支払いを退職後まで繰り延べる制度なので、毎期の繰り延べられた給与相当額が企業の人件費となり、そこに年金基金の積立金の実際の運用収益が財務上の損益として加算されて、企業年金の実質的費用となるわけで、そこに予定利率は関与しないのです。
「コーポレートガバナンス・コード」での指摘
企業にとって、企業年金基金の資産運用の成果は、年金制度を維持する実質的費用について、削減効果をもち、そこに株主に対する責任を生じるために、「コーポレートガバナンス・コード」で、その費用削減効果への言及がなされています。しかし、ここで極めて重要なのは、資産運用の成果には不確実性が伴うのですから、絶対的な投資収益の水準は決して問題になり得ずに、期待収益と期待損失との関係における資産運用方針の合理性だけが問題になることです。
また、企業の利益に本質的な影響を与えるのは、年金給付の水準と構造を規定している制度設計なのであって、年金資産の運用収益は、人件費としての年金費用に削減効果をもたらすだけの補助的要因にすぎない点も重要です。そして、更にいえば、決定的に重要なことは、確定給付企業年金制度をもつことの人事戦略上の効果なのです。
要は、確定給付企業年金については、資産運用の収益だけではなく、その不確実性への顧慮が必要であり、そもそも、資産運用以前のこととして、制度に内在する費用が重要であり、制度が存在する限りは、その維持費用以上に、制度をもつことの人事戦略上の効果が問題なのです。つまり、確定給付企業年金に関する議論のあり方としては、人事戦略上の効果、制度に内在する費用、資産運用方針の合理性の順になるということです。
確定給付企業年金の意義の再考
前世紀末のバブル崩壊以降、多くの企業において、資産運用によって損失が発生する可能性を回避しようとして、従業員に資産運用の責任を転嫁する目的をもって、確定拠出企業年金への移行が推進されて、同時に、残された確定給付企業年金の給付設計においても、絶対水準の減額や、昇給との連動性を断つことによる相対的減額が広く行われてきました。
こうした企業年金制度の本質的な変更については、給与や賞与等の全体的な報酬制度改革の一翼を形成するものだとしても、背後に企業利益が優先されていることは明瞭であって、従業員の就労意欲向上という制度目的に反する結果になってしまった側面を否定できないのです。
現在、全く異なる経営環境のもとで、人的資本経営の重要性がいわれるなかで、また、政府が国民の豊かな老後生活のための資産形成を重点施策に掲げるなかで、確定給付企業年金は、維持費用の視点からではなく、従業員にとって真に魅力ある制度という視点から、再考されるべきものと考えられます。実際、企業年金のような福利制度は、従業員にとって魅力あるものだからこそ、よい方向に従業員を動機付けることができるわけです。
給付の物価上昇耐性
企業年金は、歴史的には、退職一時金の年金化として始まりました。そして、古くは、退職金を退職時の最終給与に比例して算定することが広く行われていたのです。こうして、経済成長のもとで、物価上昇に平行して給与改定がなされていた時期において、退職金の実質価値が維持されていたわけです。これは、資産形成の目的が購買力の保存であることからすれば、極めて重要なことです。
しかし、こうした設計においては、物価上昇に伴う給与の上昇が掛金額の計算に反映されないために、後発的に追加掛金が必要になるという問題があり、多くの企業において、平均給与に比例する設計や、給付額と給与との連動性を排除する設計へと変更されたわけです。昭和が終わり、低成長期に移行して以降は、ほとんど物価上昇しなかったので、こうした制度変更の影響は大きくなかったのですが、今後の物価の動向によっては、問題の生じてくる可能性があるのです。
そこで工夫されたのがキャッシュバランスです。確定拠出企業年金は、従業員が資産運用を工夫することで、自分自身の給付額に物価上昇耐性をもたせるものですが、投資の素人に対する過大な期待がある面を否定できません。そこで、確定給付企業年金において、給付額を金利に連動して変動させる工夫がなされていて、キャッシュバランスと呼ばれています。これは、金利が本質的に物価連動する点を利用したものです。
資産運用方針を規定するもの
確定給付企業年金の資産運用においては、給付設計に応じて運用方針の基本が規定され、そこからの意図的な乖離として、実際の運用方針が決定されるべきです。
例えば、キャッシュバランスの制度において、基本運用方針は、年金資産が給付債務に連動して動くような債券の運用戦略になりますが、単に連動したのでは、運用の付加価値は生じない、即ち、年金費用の削減効果は生じないので、許容範囲内の不確実性のもとで、意図的に乖離した運用を行うことで、適正な期待利益を得ることが経営の課題になるわけです。