投資しようとして知らないうちに投機してしまわないために
投機は資金異動で利益を得ようとすることですが、投資は、資金異動の影響を小さくして、投資対象に内包される価値が時間の経過とともに展開していくのを期待することです。
資産形成と長期積立投資
投資においては、資金の投入と回収という資金異動が投資の成果に大きな影響を与えます。そこで、投資を投資対象の選択の問題に純化するためには、資金異動の影響を小さくする工夫が必要であって、資産形成で活用されている長期分散投資は、そうした工夫から生まれたものです。
資産形成とは、金融庁が最重点施策として推進しているもので、国民の豊かな老後生活のための原資の形成を促すものですが、勤労期間は非常に長期に及ぶのですから、その間、毎月の所得から小口資金を投資していけば、投資対象の価格が常に変動するなか、高い価格でも、低い価格でも、小さな金額が継続的に投資されるので、取得価格の平均化が生じて、投資成果は投資対象資産そのものの収益率に接近するわけです。
非合理な投機と合理的な投資
上手な資金異動とは、要は、価格の安いときに買って、高いときに売ることですが、世の常識では、それは投機と呼ばれていて、正統な投資の埒外にあると考えられています。なぜなら、投機は、賭け事の一般原理に従って、反復継続すると勝率が5割になって、胴元の寺銭の分だけ確実に損をするからです。寺銭は、投機の場合には、大量の売買に伴って発生する多額の取引費用のことです。
投機は、賭け事がなくならないように、非合理的な快楽の追求として、決してなくなりませんし、投機家の好き勝手にすればいいことです。しかし、資産形成を推進する金融庁の立場からいえば、投資は合理的であるべきなのです。さて、ここで問題は、合理的な投資においても、資金異動は様々な理由のもとで発生して、投資成果に影響を与えることです。典型的には、心理的動揺による売却です。
心理的動揺や不時の資金需要
長期積立投資として資産形成を始めた人は、必ずや、途中で何度も心理的動揺に襲われるでしょう。なぜなら、資産価格の大きな下落は常に生じ得るものであって、そのときには、自分の投じた資金額よりも資産の時価総額が低くなっている事態を見出すからです。ここで不安を感じて、資産形成を止めてしまえば、価格の低いときにも投資をするという長期積立投資の合理性に反することになります。
また、一時的な資金需要による不本意な売却もあり得ます。資産形成について、確かに就労期間中は長期積立投資で資金異動の影響を排除できるにしても、老後生活が始まった後の取り崩しにおいては、多くの問題があります。金融庁は計画的な取り崩しを想定しているのでしょうが、自分の余命を知っているのなら、余命で保有資産額を除した金額を毎年取り崩せばいいのですが、誰も自分の余命を知り得ないのです。
また、自宅の修繕費や医療費など、様々な老後生活の都合で生じ得る資金需要によって、資産の取り崩しを余儀なくされることもあり得ますが、そのとき、資産価格が下落していれば、不利な売却になってしまいます。資産形成中の勤労層についても、様々な生活上の問題によって、不時の資金需要が発生することは不可避です。
真に顧客本位な金融機能の総合的提供
しかし、不時の資金需要に対しては、資産があるのですから、それを担保に借入れをすればいいのです。実際、融資は、まさしく、不時の資金需要に対応するものですし、金融機関としては、一定の掛目をとって保有資産の枠内で融資することは可能なのです。
真に顧客本位な金融機能の提供とは、資産形成の道具としての投資信託の販売、保険やローンの営業というような個別の問題なのではなく、それらを総合し、家計の資金の余剰と不足を適時適宜に調整するものなのですが、金融機関の現状では、そうした高度な提供形態は実現しておらず、それも資産形成の普及を阻む原因になっているのでしょう。
夢を膨らます投資
元本保証されている預金は、価格下落の危険がなく、不時の支出に備えるには最適な資産です。おそらくは、高齢者層において預金の保有が多いのは、そうした背景があるからです。しかし、様々な不測の事態を考えたとしても、なお支出される可能性のない資金は、投資に振り向けられ得るわけです。もっとも、支出可能性がなければ投資目的がなく、単に利益を得ることが目的となれば投機になりますから、何らかの夢の実現という目的は必要なのです。
また、例えば、住宅を購入しようとして、ローンの頭金を用意しているときなど、使途の決まった資金は、預金に滞留させておくのが普通でしょうが、使途のある資金でも、支出の時期が遠ければ、投資に振り向け得るはずです。また、使途も様々で、旅行などの夢の実現のための資金は、投資によって変動しても、大きな害はないと思われます。いうなれば、夢を確実に実現するのが預金なら、夢を膨らませるのが投資なのです。
資金異動としての資産配分の変更
資産形成における投資目的は、初期には、主として資産価値の増殖に置かれ、時間が経過して退職年齢が近づくにつれて、そこに資産価値を保全する要素が加わり、老後生活が開始される段階では、主として資産価値の保全になります。こうした投資目的の変化は、資産配分の遷移に具体化されるわけで、例えば、株式への配分比率は、資産形成の初期には高く、資産取り崩しの始まるときには極めて低くなるはずですが、まさしく、これは株式への資金異動の問題なのです。
この問題に対する一般的な対処方針については不明ですが、例えば、最初は株式100%とし、40年の間に毎年2.5%低下させて、最後は株式0%とするような計画的、あるいは機械的な方法が考えられているのでしょうか。仮に、投資判断として、適時適宜に資産配分を変更するとしたら、それは、程度の差こそあれ、投機的要素を含むものとなり、よくも悪くも投資の成果に大きな影響を与えるでしょう。
実は、ライフサイクルファンドなどと呼ばれる投資信託があって、例えば、40歳の人が65歳まで資産形成するという前提で、資産配分を変更していくわけですが、投資環境に応じて変更するのではなく、おそらくは、一定の機械的方法で変更するだけのことでしょう。また、逆に、投資判断として資産配分を行えば、いかに投資の専門家が行うことだとしても、投機的要素の混入は不可避になるに違いありません。
投資の時期と投資対象の選択
家計においては、退職一時金の受け取り、不動産等の売却、遺産相続、保険金の受け取りなどの様々な理由のもとで、大きな金額の収入があり得ますが、それを投資に振り向けるときには、長期積立の手法が使えないのですから、資金異動の影響には特別な注意が必要となります。とはいっても、現実には、投資の対象と時期を決めるのは難しいことで、ここにも預金に資金が滞留する原因があると思われます。
しかし、より簡単に考えて、投資を思い立ったときに、一番安いと思えるものに投資すればいいでしょう。そして、投資したものが安くなくなったら、別の安いものに乗り換えていけばいいので、乗り換えを段階的に行えば、投資対象が複数化して、自然に資産配分ができるわけです。こうして、資産配分は、意図をもって決めれば投機的になるのに対して、投資においては、安さの追求の結果として、自然に決まるものなのです。
安さとしての利回りの高さ
常識的に考えれば、安さは利回りの高さです。利回りは、資産が創造する利息配当金等を資産価格で除したもので、価格が低いほど、創造される現金が大きいほど、高くなりますから、投資対象の現在における価値の指標になるものです。つまり、利回りを重視することは、投資対象の価値の変動、即ち価格の変動を見込まないことであって、そこに投資の保守主義があるのです。それに対して、価格変動を見込んで資産配分を変更すれば、投機的要素の混入は避け得ないのです。