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地域の足(公共交通)をどう維持するか――「緑ナンバー」「2種免許」「縦割り」を超えて考える

上山信一慶應大学名誉教授、経営コンサルタント
出展:Tool Box Estonia

 運転手の残業規制の強化にともなう「2024年問題」を前に、各地の路線バス、トラック運送(宅配、引っ越し)、地方鉄道の運転手不足が連日の話題だ。減便、ダイヤ見直し、路線廃止などのニュースが相次ぐ。タクシーも運転手不足で、政府は2種免許の要件緩和やライドシェアの規制緩和を検討し始めた。今回は急にニュースになりはじめた地域の公共交通について考えたい。

●全国とローカルの両方で考える

 公共交通の持続可能性が特に問題になっているのは地方だ。マイカー普及と人口減を背景に、路線バスの乗客は減り続けてきた。そこに今回の運転手不足問題を契機に、減便や路線廃止が相次ぐ。そこで出てくるのが高校生の通学、高齢者の買い物・通院の足をどうするかという問題だ。マイカー依存だった高齢者もだんだん運転ができなくなる。生じている課題はどこでも同じだ。

 しかし地域の事情は実に様々で、解決策は一律に議論できない。第1に事業者の経営状況が様々だ。これまでは路線バスやタクシーは厳しいが、高速バスや貸し切りバス、不動産、流通でもうけて内部補填してきた会社が多い。それができない赤字会社には行政が補助金を出してきた。

 ところが経営者の高齢化や設備の老朽化で、新規投資をやめて事業を縮小・撤退するところが出てきた。撤退のあとを埋める事業者もいない場合は、自治体が自らバスを走らせるしかなくなる。ところがその力やノウハウも乏しい場合には交通空白地帯になる。各地の事情は様々で、それに合わせた対策を地元で考える必要がある。

 一方、全国的な課題もある。タクシーの二種免許の要件緩和が典型だ。今はカーナビがある。タクシーの地理テストなどは大幅に簡素化していいはずだ。一方で事業サイドの規制緩和、特にライドシェアの解禁については、よかれあしかれ既存事業者の権益保護や安全確保策をめぐる議論があり、解決は簡単でない。自動運転に期待する向きもあるが、各地で実用化できるのは2030年頃と見込まれ、当座の課題解決には役に立たない。そんな中、今回は課題を幅広く考える視点を提供したい。

(1)“黄緑ナンバー”のマイクロバスを走らせる

 地域の足と言った時、当然思い浮かべるのはバス、タクシー、鉄道だが、現実にはみんなマイカーを使ってきた。それ以外に人を運べる車は本当に何もないのか。実はどこの地域にも結構な台数の白ナンバーのマイクロバスがある。工場、病院、葬祭場、ホテル・旅館、学校・幼稚園、あるいは自動車教習所や日帰り温泉・プールなどの送迎バスだ。

 これらのバスは無料で特定の人だけ乗せて走るので、運転手は普通免許、ナンバーも白ナンバー(自家用)だ。こうしたバスの稼働率はとても低い。通学・通園は朝と夕方だけだし、他のバスも客がいる時しか動かさない。これらもローカルな「バス資源(車両と運転手の両方)」ととらえ、有効活用を考えるべきだ。

 白ナンバーのバスは不特定多数の人を乗せて運賃を取った瞬間に、交通事業者になってしまい違法とされる。ならばこうした空き車両と運転手を自治体がプールして、事業者に運営を委ねてコミュニティバスを走らせるのはどうか。緑でも白でもない“黄緑ナンバー”のような制度を設ける。乗降時の安全が心配なら、ボランティアを募って車掌を乗せればよい。既存のバス事業者はこの事業の受託に及び腰だろう。ならば宅配事業者にオペレーターになってもらうのはどうか。彼らは地域の隅々にトラックを走らせており、ノウハウは豊富だ。

(2)ショッピングモールや病院の送迎バスを充実させる

 ショッピングモールや商店街、病院の送迎バスを“黄緑ナンバー”として行政支援のもとで一般向けにも解放する、つまり路線バス的に活用する策である。具体的には、今まで規制があって乗せられなかった一般客を有料で乗せてもよいことにする。また鉄道駅などにも停留所を用意して路線を充実させる。

 これはショッピングモールや商店街にとっても良い案だ。かつては土日に家族そろって車に乗って買い物に来てくれた。今後は平日に高齢者を集める必要がある。ならば広大な駐車場は要らない。むしろ送迎バスを走らせるべきだろう。運転免許を返納した高齢者は家にこもりがちだ。しかし家から出て買い物に出歩き人と交流すると、健康寿命は延びる。つまり、行政が負担する医療や介護のコストも減るし、商業振興にもなる。

 病院についても同様だ。通院の足を確保しないと患者集めができなくなる。送迎バスの充実は病院にとっても必要だ。買い物と通院には公共性がある。今の規制では白ナンバーの送迎バスは駅やバスターミナルで一般客を乗せられない。それを解禁して利用客以外も乗せていいようにする。現行の規制では青ナンバー以外のバスは運賃をとることはできないが、沿線事業者からの広告収入や商品購入義務(運賃の代わりに何か商品を必ず買うルール)、自治体からの補助金(老人福祉事業など)で費用は回収すればいい。

 この案は、今まで路線バス事業者が負っていた集客の事業リスクをショッピングモールや病院が分担し、さらに顧客以外へのサービス提供に伴う負担を行政が支援する考え方だ。

(3)宅配事業者に乗客の輸送も委ねる

 日本郵便と宅配事業者は末端の毛細血管に当たる住宅地の隅々まで路線を持っている。公共の足が危機だというのであれば彼らの運行ネットワークが使えないだろうか。一番シンプルなアイデアは過疎地の宅配便の車を改造して貨客混載にする。荷物の運行スケジュールに合わせて人が動けばいい。高齢者の買い物など急ぎでない需要の外出なら、宅配便と一緒に街と家を行き来すればよい。

(4)地域丸ごとバスは無料――“水平エレベーター”という考え方

 地域の白ナンバーの送迎バスと運転手(バス資源)を全て行政が借り上げ、無料の公営バスにしてしまうという案はどうだろう。全部無料で行政が走らせるなら交通事業ではなくなり、規制はかからない。それでは赤字だという懸念はもちろんあるが考え方次第だ。

 エレベーターやエスカレーターはどこでも無料だ。それと同じく、無料のバスは“水平方向のエレベーター”だと割り切る。この上なく便利な街になるはずだし、赤字を我慢して走らせていると企業を誘致できたり、マイカーがなくても暮らせる街としてブランドが立って人口が増えたりする可能性だってある。この案の現実性はもちろん地理的条件によるが、公共交通が全く無料で便利な街として周辺地域と差異化して成長するというのは、突き抜けた発想としてありうるのではないか。

(5)運転手のプールと雇用・勤務条件の柔軟化

 最後はとても現実的なところに戻って運転手をどうするかだけについて考えてみる。タクシーもバスも車両は余っている。ならば車両から切り離して運転手を増やす方法だけを考えてみる。

 例えば地域のバス、マイクロバスの運転手を地域でプールしてみてはどうか。今はバスの運転手はそれぞれの会社の社員であり自社車両だけを運転する。ダイヤに縛られ、そのため生じる空き時間がある(休憩を除く)。ならば地域のバスの運転手が全員派遣会社に所属し、本人の好きな勤務パターンに合わせていろいろな会社のバスを運転すればいい。たとえば午前は学校の送迎バス、そのあとは路線バス、夕方は自動車学校の送迎バスを運転するといった組み合わせだ。

 もうひとつ考えられるのはワンマン体制の見直しだ。例えば今は宅配便では運転だけでなく配達や集金もする。バスの運転手も集金やアナウンスなど接客をやる。だが昔は運転手は運転だけしていた。昔に戻して配達や車掌業務はアルバイトやボランティアがやるようにして、運転手は運転だけすればよいようにする。すると運転手は宅配便もバスも運転できるから稼働率が上がるのではないか。過疎地などでは有効かもしれない。

●様々な縦割りの排除

 以上、いろいろなアイデアを述べてみたが、要するにこれは縦割りを排除するということだ。第1に輸送モードや業種の縦割りを排除する。バス、タクシー、宅配便、送迎バスといった用途や会社、組織の壁を取っ払う。顧客の目線から考えれば全部、単なる輸送手段だ。縦割りを捨てたら車両も運転手も柔軟に全体最適の運用ができる。

 第2にはテクノロジーやボランティアを使って運転手の負荷や免許取得の条件を思い切り下げる。車の運転だけならかなりの数の人ができる。運転以外に地理に明るいとか料金の受け渡し、乗客の乗降安全の確保などプラスアルファの業務を一人でやるとするから免許の要件が高くなる。地理はカーナビとAI(人工知能)に任せ、安全管理もセンサーを駆使して少しでも危険があれば止まるようにすればいい。運転以外は全部別のスタッフが手伝う仕組みに変えたら、普通免許で人を乗せてもいいのではないか。

 ライドシェア解禁をめぐる議論もそういう意味で言うと、まだ縦割りにこだわっている。ライドシェアは自家用車と普通免許という眠っている資源をタクシーの代わりに使う仕組みである。しかし、対象とするサービスはタクシー型の乗り合い自動車に限る必然はない。現に日本でウーバーイーツは人を運ばずに食べ物を運んでいる。さらに書類や荷物、ペット、送迎バスなど、ほかに運ぶ(載せる)ものはいろいろある。

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慶應大学名誉教授、経営コンサルタント

専門は戦略と改革。国交省(旧運輸省)、マッキンゼー(パートナー)を経て米ジョージタウン大学研究教授、慶應大学総合政策学部教授を歴任。平和堂、スターフライヤー等の社外取締役・監査役、北九州市及び京都市顧問を兼務。東京都・大阪府市・愛知県の3都府県顧問や新潟市都市政策研究所長を歴任。著書に『改革力』『大阪維新』『行政評価の時代』等。京大法、米プリンストン大学院修士卒。これまで世界119か国を旅した。大学院大学至善館特命教授。オンラインサロン「街の未来、日本の未来」主宰 https://lounge.dmm.com/detail/1745/。1957年大阪市生まれ。

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