国際フォーラム公演を春に控える気鋭のシンガー・ソングライター、吉澤嘉代子とは?
誰しものフィルターを通じて記録される日常は、ふとした瞬間に絶景となる。うつくしいだけではない風景。
優れたシンガー・ソングライターは時代を写す鏡だ。日常を切り取り、歌とメロディーに乗せてアートを表現する。幼き頃、魔女に憧れたという吉澤嘉代子は25歳になった今年、2枚目のフルアルバム『東京絶景』を2月17日にリリースした。
名盤アルバム『箒星図鑑』までの妄想少女のドタバタ劇からひとまわり、本作では日々の暮らしを舞台に“日常の絶景”を歌っている。誰しものフィルターを通じて記録される日常は、ふとした瞬間に絶景となる。うつくしいだけではない風景。しかし、心に刻まれる思いの強さは、人を構成していくかけがえのない要素となっていくのだろう。
気がつけば日々、スキャンダラスなニュースや、まったく関係のないはずの外部要因に振り回されがちな昨今の情報過多な日常生活。そんななか、自らの生活とリアルに向き合ってみることの大事さを教わった12曲のちょっと不思議な物語。真面目だけど真面目すぎず、ユーモアの視点が魅力的な吉澤嘉代子が、なにを思って楽曲を生み出したのかを聞いてみた。
吉澤嘉代子プロフィール
1990年、埼玉県川口市生まれ。鋳物工場街育ち。父の影響で井上陽水を聴いて育ち、16歳から作詞作曲を始める。2010年11月、ヤマハ主催のコンテストに出場し、グランプリとオーディエンス賞をダブル受賞。2013年インディーズ・ミニアルバム『魔女図鑑』を発売。2014年ミニアルバム「変身少女」でメジャーデビュー、これまでにミニアルバム「幻倶楽部」、「秘密公園」、アルバム『箒星図鑑』を発売。2016年2月17日2ndアルバム「東京絶景」を発売し、4月には全国7都市をまわる「絶景ツアー“夢をみているのよ”」を開催予定、東名阪は初のホールツアーとなる。
“妄想“から“日常“へ
今回、アルバム・タイトルにもなっている『東京絶景』って言葉が素敵だと思いました。とてもいいキーワードが見つかりましたね?
吉澤:デビュー前から1枚目のフルアルバム『箒星図鑑』では、少女時代をテーマにパッケージしたかったんです。そこから2枚目『東京絶景』は、妄想から飛び出した、初めて社会に触れた女の子像、日常をテーマにしたアルバムを作りたいってずっと思っていました。もともと「東京絶景」という曲があって、今回はテーマを日常に設定をして、16歳の頃から書き溜めてきた曲から選んで、新しい曲も加えながら作ったアルバムなんです。
最近の吉澤さんの日常生活はどんな感じなんですか?
吉澤:普段ですか? え〜と、つまんないと思います(苦笑)。あまり遊びに行かないですし。こういったプロモーションや、レコーディング、ライブなどがありますからね。
だいぶミュージシャン仲間は増えてきた感じですか?
吉澤:たしかに増えてきましたね。
ツイッター上で、知る人ぞ知るマニアックな盆地テクノの岡崎体育さん(奈良出身のアーティスト)と絡んでたのがおもしろかったんですけど、ライブで対バンされたんでしたっけ?
吉澤:そこですか(笑)。最初にお会いした時に「何歳なんですか?」って聞かれて、その時24歳だったので答えたら、「あ、僕のが1個上ですね。パン買ってこいよ!」っていきなり言われて(苦笑)。何この人と思って。ライブ自体は盛り上がってものすごく面白かったんですけど、なんて怖い人だろうって思いましたね。2回目お会いした時も、「お久しぶりです吉澤、パン買ってこい!」って言われて(苦笑)。丁寧なのか怖いのか、なんなんだろう?と思ったんですけど、実はすごく丁寧な方で、腰の低い気の遣える方でおもしろいですよね。
ある種、同じクリエイティビティを感じるんですよ(苦笑)。ベクトルは全然違うんですけどね。ぜひ、どこかで対談とかしてほしいですね(笑)。
アルバム『東京絶景』全曲解説
●1曲目:「movie」
アルバム『東京絶景』ですが、1曲目が「movie」ということで、決意表明的な、思いの強さが伝わってくる曲でした。
吉澤:「movie」は、死ぬ前に見る走馬燈みたいなものをイメージしています。夢の中では、もう死んでしまった魂と待ち合わせが出来るかもしれない、っていう発想から書いた曲で。個人的な思い出をもとに作ったんですけど、その人が死んでしまうまでを描きつつ、最後実は自分の走馬燈だったって終わるようなイメージで描きました。
死を考えるきっかけがあったんですか?
吉澤:子供の頃に魔女修行をしていたんですけど、その頃に飼っていた犬にずっと話しかけていたんです。だけど犬がおばあちゃんになって体がもう悪くなっていて。何となく私が引き止めてるのかな?って思った時に、これまでの事をお話しして、「もう大丈夫だよ」って言ったらその数時間後に死んじゃったことがあって……。その時、子供時代に魔女に憧れてやっていた魔女修行の成果が最初で最後で出たのかなって思って曲になりました。
●2曲目:「ひゅー」
この曲は、吉澤さんらしいネオアコ感あるギターポップだなと。タイトルも含め吉澤嘉代子らしさがあらわれている曲。
吉澤:21、22歳くらいの時に書いた曲ですね。擬人化シリーズみたいな曲って今までもいくつかあって。「らりるれりん」って曲だと電話のベルが、“らりるれりん”って風に聞こえてきてらりってしまうっていう曲だったりとか(苦笑)。物とお話ししてしまう曲が他にもあるんですけど、そのシリーズ的な感じで。あ、ふくりゅうさんは恋した時に、食べ物は喉を通りますか?
うわ、どうだろうもう覚えてない(笑)。……小学生くらいの時にそんなことあったかな(苦笑)。
吉澤:だいぶ前ですね(苦笑)。イメージは漫画の中に出てくる「ひゅー」ってセリフなんです。実際に発声してる人を私は見たことないんですけどね。恋の気分という。
あ、華原朋美さんくらいだ(苦笑)。昔、CMでありましたよね。
吉澤:あ、そうですね(笑)。ひゅーひゅー♪ でも子供のころから「ひゅーひゅー、あついね!」みたいなのってありましたよね? 誰が言い始めたのかはわからないけど奇妙な言葉。そんな言葉から生まれた曲なんです。
●3曲目:「胃」
これも嘉代子さんらしい歌詞の世界観。イントロがシカゴっぽい王道コード感というか、すごい気持ちのよい楽曲で。歌詞の世界観も最高だなと思いながら。まさか胃を主役にするとはね。よくアイディアが出てきますよね。
吉澤:嬉しいです。この曲はですね、わたしと一緒にいると胃が痛くなるって言われたことがあって、そこからですね。
リアルですねぇ。でも誰しもが思い当たりそうなズキっとくるテーマで。
吉澤:いつもタイトルから曲を作るんです。今回のアルバムに関しては全曲タイトルから生まれています。タイトルを先に決めることで、このタイトルの曲が歌える、歌いたいっていうことがモチベーションになって曲を完成させてくれるんです。エンジニアの浦本雅史さんもおもしろいミックスをしてくださって、魔法がかかった感じに仕上がりました。最後のテイク「イ~イヒ」みたいな感じで終わるんですけど、そこで急にリバーブ感が消えて、胃っていうのが素で残るのはおもしろいなって。
●4曲目:「ガリ」
アレンジに遊び心がありつつ、やっぱりテーマがおもしろい。鮨の中でもガリをセレクトするのが吉澤嘉代子らしさですよね。言葉遊びもありながら。
吉澤:ガリ好きですね。お鮨が好きだと思ってたんですけど、ガリも好きだなて思って。……何だろこの会話(苦笑)。
このまま載せますから(笑)。ガリの添え物的な存在感というか、そこからいろんな物語が生まれるっていう。歌詞でもありますが、子供の頃に晩酌を三ツ矢サイダーでされていた?
吉澤:子供のころからそうですね。お酒は弱いんですけど、いまでも三ツ矢サイダーで「クーッ」ってやるのが好きで。憧れですね。一番の歌詞は大人視点なんですけど、二番で子供の視点になるので、ディズニーランドっぽさというか、大きめな愛され要素を入れたくて。コーラスにこだわりましたね。
●5曲目:「ひょうひょう」
「ひょうひょう」は元からあった曲?
吉澤:そうですね。19歳くらいに書いた曲で、これはディレクターの森本さんと初めて会った時に大喧嘩、というか私が勝手に怒って。「なんでそんなにわかってくれないんだよ!」ってやりとりがあった曲ですね。
あ、あれだ。「大人って!」ってヤツだ(笑)。
吉澤:そうなんです、それで「うすらとんかち!」みたいな言葉をメールで送って(苦笑)、電源切ってワーッって泣いて。でもそれを曲にして、あてつけのように送ったんです、森本さんに。今思うとある意味ラブレターみたいなものだったんだなと思うんですけど(苦笑)。森本さんという、その時私が思っていた社会?大人の象徴というか?
大人の象徴だったんだ(苦笑)。
吉澤:完全に壁にぶち当たって。「なんで私の曲をこういう風に言ったりするの!」とか。少しでも曲作りに介入されるのがダメって思っていたんです、その当時は。なので、はじめて社会に触れていろんな気持ちになって生まれた曲ですね。
それを今このタイミングでアルバムに入れるっていうのは感慨深いですね。吉澤さんにもそういう時期があったんですね。
吉澤:今もモラトリアムまっしぐらですよ(苦笑)。
●6曲目:「ジャイアンみたい」
これまた最高のラブソングですよね。ストレートに気持ちを描きながらも。これもタイトルから生まれた曲なんですか?
吉澤:ふと「ジャイアンみたい」ってタイトルっていいなと思って。
歌詞がまためちゃくちゃいいですよね。吉澤さんのコアなファンに人気が高まりそうな曲。『ドラえもん』とか普通に観てました?
吉澤:観てましたね。でもジャイアンみたいな人は好きじゃなくて。「恐そうに見えて実は優しいからみんな好きになっちゃうみたいな人がずるい!」っていつも思ってたんです。最初から優しい人が少しでも意地汚い部分を見せると皆「あいつは悪い奴だ!」ってなるじゃないですか。なんでって思って。
良い感じのこじれ具合が、吉澤ワールドにぴったりなテーマなんですね。
●7曲目:「手品」
この曲は、1970年に発表された北原ミレイさんの「懺悔の値打ちもない」という曲を意識されたそうですね。
吉澤:素晴らしい歌手で。阿久悠さんの歌詞なんです。短い曲の中に、ものすごい女の半生が描かれていて。そんな物語をちょっと意識して書きました。今回のアルバムの中では芝居めいたというか、物語性の強い曲になっています。笑顔で血を流しているイメージですね。なんていうか、今から男を殺しに行くみたいな、人生で何度も訪れない感覚も一つの絶景かなと思って。
うぉー、ポップな曲ではありますが、それは刻まれますね。
●8曲目:「化粧落とし」
インディーズ時代のミニアルバム『魔女図鑑』にも入っていた曲ですね。ドラマティックでメロディアスな展開がツボな曲でした。ユーミン曲の行動を真似るフレーズなんか最高ですよね。
吉澤:ありがとうございます(笑)。もともと、サビでメタル調になるアレンジだったのですが、化粧を落とすという毎日の出来事から、日常としてこの曲を取り入れたいなって思いました。でも、もっとメタル感が欲しくなって、平歌からサビに変わる豹変ぶりというのを強めたいなと加えたんですね。
まさかそこで豪華ゲストが参加してくるとはね。
吉澤:そうですね(笑)。マーティ・フリードマンさんや9mm Parabellum Bulletのかみじょうちひろさん、中尾憲太郎さんが参加という。レコーディングではかみじょうさんはずっと、ずっと盛り上げてくれようとしてて、スティック回しとかスペシャルなやつをやってくださって。マーティさんには曲を褒めていただけて嬉しかったですね。
●9曲目:「綺麗」
曲は、ORESAMAの小島英也さんとの共作なんですよね。
吉澤:そうです。この曲はもともと「キラキラキラ」というところをサビと思って作ってたんですね。でもなんかもう一個、サビの後に続くサビが欲しいと言われて。でもどうしても「キラキラキラ」のところがサビとしか思えなくて、作れないってなって悶々としていたんです。そこで小島さんの力を借りて。共作は、自分では思いつかないメロディが生まれたのでおもしろかったですね。
「キラキラキラ」のフレーズが、「ギラギラギラ」にもなる感じとか、歌詞での吉澤嘉代子節が最強だと思いました。このセンスはすごいなと。
吉澤:濁点が付くことによって意味も一緒に濁っていく。日本語っておもしろいなぁって思って。
●10曲目:「野暮」
9曲目「綺麗」と、歌詞における主人公が同じだとか。
吉澤:これは「綺麗」を書く前に「野暮」って曲を書いていて。なんかこう綺麗だと言ってもらえなかった女の子を書こうと思ったんですけど、「綺麗」では「綺麗と思ってくれたならいいの」なんて言っているんですけど、実は言ってもらえなかったから、こう思っていたんだという歌にしたいなって。
なるほどね。多重コーラスなイントロも印象的ですね。
吉澤:ずっとこう多重コーラスに憧れがあって。大滝詠一さんの「おもい」という曲や、山下達郎さんのコンサートで観た、ひとり多重コーラスでのパフォーマンスされている姿とか。私もいつかやりたいと思っていて、今回「野暮」っていう言葉の口のひらきとか、この曲に向いてるなと思って。
●11曲目:「ユキカ」
ものすごい魔法めいた感じ。曲は、横山裕章(agehasprings)さんとの共作で、エレクトロニカ・ポップなキラキラ感あるナンバー。「ときめきは毒になる」とか最高のフレーズですよね。
吉澤:わ〜、嬉しいです。友達にゆきかちゃんっていう幼馴染の子がいるんです。その子は、この曲に直接関係はないんですけれど響きが綺麗だなって名前を拝借しました。恋のグラデーションみたいなものをテーマに歌詞を書いて。でも、自分の中では王道のラブソングとして書いた曲ですね。なんて言ったらいいかわからないんですけれど、気持ち悪くならない線引きというか、ここまでは譲れるみたいな、ギリギリのところで書いた曲だと思っています。
●12曲目:「東京絶景」
アルバムのテーマにもなりましたが、今の吉澤さんモードがあらわれている曲なのかな?
吉澤:「東京絶景」では、日常の絶景がテーマでした。いつもの日常がふと自分にだけ特別な景色、絶景に変わる瞬間を切り取りたいなと思った曲で。それがアルバムの趣旨にもなりました。日常がドラマティックに変わる瞬間っていう。
これまでのテーマだった妄想から、対極のものにしたいなって思って日常を設定したんですね。自然に、お化粧やお洋服もナチュラルなものになっていきましたね。
●全国ツアー:『絶景ツアー“夢を見ているのよ”』
以上でアルバム『東京絶景』全12曲でした。そして、4月9日から全国ツアーが始まりますね。千秋楽の4月30日には国際フォーラム公演が待っています。
吉澤:そうですね。私もずっとホールでライブできる人になりたいって思っていました。初めてなんですけれど、やっと一歩進めるようになったなって感じです。やりたいことがもっと可能性が膨らむなって。すごく嬉しいです。あと、椅子席で観ていただけるのが嬉しいですね。みんな足痛いんじゃないかなって、いつもずっと考えちゃうので(笑)。座れる環境っていいな。これまで小芝居を入れた筋書きのあるワンマン・ライブをやってきているんですけれど、今回もそんな演出をいっぱい入れた楽しいコンサートにしたいなぁと思っています。
http://yoshizawakayoko.com/schedule/live.html
吉澤嘉代子オフィシャルサイト