オスカー戦線:現状は「ラ・ラ・ランド」「Moonlight」「Manchester〜」の三者争い
ナショナル・ボード・オブ・レビューに始まる各批評家賞の結果と、ゴールデン・グローブのノミネーションが発表され、オスカー戦線の事情が、少し見えてきた。
これらの賞に投票するのは、批評家やジャーナリストであり、オスカーに投票する人たちとは、まるでかぶらない。オスカー予測上、より大事なのは、投票者にアカデミー会員が含まれるプロデューサー組合(PGA)、映画俳優組合(SAG)、監督組合(DGA)の結果である。(脚本家組合は、資格に関して独自のルールをもっており、オスカーの資格があるのにこちらでは対象外とされたということが往々にあるため、あまり当てにならない)。
とは言え、これら批評家やジャーナリストの投票結果も、どの作品が良い評価を得ていて勢いがあるのかという動向を見る上では、有効である。大物監督とすばらしいキャストが揃う、いかにもオスカー狙いと思われていた注目作があっさりと抜けていたかと思ったら、半年前には誰も知らなかった作品があちこちで賞を取って驚かせたりするもの。やはり、映画は見てみないとわからないものなのである。
今現在の状況を見るかぎり、次のオスカー作品部門で最有力なのは、「Moonlight」「Manchester by the Sea」「ラ・ラ・ランド」の3作品。どれもすばらしく、それぞれにまったく違う映画なので、この3つに優越をつけるなんてありえないのだが、賞とはそういうものだ(ウディ・アレンは昔からそう主張しており、自分の作品がノミネートされた時も、オスカーには出席していない)。
この中で“突然どこかから出てきた”感があるのは、「Moonlight」。トロント映画祭で、反響が良いためどんどんと追加試写が組まれたあたりから筆者も感触をもっていたが、11月末、ほかに先駆けて発表されるゴッサム・アワードでいきなり作品賞を取り、フロントラインに躍り出た。
マイアミの恵まれない環境に育った黒人男性の、少年期、ティーンエイジャー時代、大人になってからを描くもので、主人公を演じる3人の俳優は、いずれも無名。少年期に主人公と関わりをもつ男性をマハーシャラ・アリが、母をナオミ・ハリスが演じている。じわじわと胸に迫り寄ってきて、最後に、悲しみと呼ぶのも違う、複雑な何かをぶつけてくる。見終わった後も、なぜか心を離れない。監督は、今作で初めて脚光を浴びることになったバリー・ジェンキンス。彼はすでにあらゆる監督賞を受賞し、作品は、ほかにL.A.批評家協会賞を受賞している。
一方、「Manchester by the Sea」は、今年1月のサンダンス映画祭から高い評価を受けていたものだ。
主演のケイシー・アフレックは、今のところ、主演男優部門の最有力候補と言っていいかもしれない。ここは意見が分かれるところと思うが、筆者自身の感想では、「Moonlight」以上に暗く感じた。どちらもかなり絶望的な状況にあるのだが、こっちのほうがより淡々と暗さを押し付けてくる感じである。
主人公リー(アフレック)は、ボストンに住む便利屋。兄が亡くなった時、彼は、兄の息子の保護者になることを余儀なくされる。独り身の彼にとって、それは青天の霹靂。甥のほうも、もう高校生とあって、簡単にその事実を受け入れてはくれない。ここまで説明すると、「ああ、このふたりが少しずつ心を寄せていく感動作なんだな」と思うかもしれないが、そう単純ではないのが、この映画の違いだ。それには、リーの過去も深く絡んでくる。
もともとはマット・デイモンが監督するつもりだったが、デイモンのスケジュールが忙しすぎて、脚本を書いたケネス・ロナーガンが自ら監督することになった。今作はナショナル・ボード・オブ・レビューの作品賞を受賞。L.A.批評家協会賞の作品部門では次点だった。
暗く静かなこの2作とまるで違うのが、「ラ・ラ・ランド」だ。「セッション」のデイミアン・チャゼル監督が、「セッション」より前から温めて企画が、このオリジナルミュージカル。現代のL.A.を舞台にしたラブストーリーで、歌、衣装、セットデザイン、すべてオリジナリティに満ち溢れている。
ビジュアル面で最高に楽しませてくれるのは言うまでもないが、この映画がここまで評価されたのは、キャラクターたちの感情に共感できるからだ。映画だからこそできることを、観客が自分自身の思い出に落とし込めるという稀な技を成し遂げてみせたチャゼルは、今受けている評価を受ける資格が、十分すぎるほどある。主演はエマ・ストーンとライアン・ゴズリング。ストーンはヴェネツィア映画祭で女優賞を受賞した。今作はまた、オスカー作品賞につながった例が多いトロント映画祭観客賞を受賞している上(『アメリカン・ビューティ』『スラムドッグ$ミリオネア』『英国王のスピーチ』『それでも夜は明ける』)、ニューヨーク映画批評家サークル、放送映画批評家賞の作品賞を受賞している。
これら3作はすべて、ゴールデン・グローブに作品部門でノミネートされている。ゴールデン・グローブは、ほかの賞と違い、ドラマ部門とコメディまたはミュージカル部門という、ふたつの部門があるため、「ラ・ラ・ランド」がコメディまたはミュージカルで受賞するのは、ほぼ確実。ドラマ部門は、「Moonlight」と「Manchester by the Sea」の争いとなる。
問題は、アカデミー会員がどれに入れるかだ。
「ラ・ラ・ランド」は、黄金時代のハリウッドミュージカルへの愛をたっぷりと感じさせるものである上、L.A.のあらゆるところでロケをしており、L.A.へのラブレターとも取れる作品。アカデミー会員の大多数はL.A.に住んでいるので、ぐっとくる部分は多いだろう。ただ、大きなハンディキャップは、昨日発表された映画俳優組合(SAG)賞のアンサンブル部門にノミネートされなかったことだ。SAGのアンサンブル部門にノミネートされなかった映画がオスカー作品賞を取った例は、「ブレーブハート」(1995)にさかのぼるまで、一度もないのである。また、ニューヨーク映画批評家サークルの結果がオスカー作品賞と一致したのは、過去20年で4回だけだ。
アカデミー会員は、暗くシリアスな作品を選ぶ傾向があるというのも、無視できない。「Moonlight」は、監督も主要キャストも黒人で、今年爆発した「白すぎるオスカー」バッシングを一蹴する上でもいいだろう。だが、投票するのは個人であり、誰が何に投票したのかが明らかになることはない。最終的には、より多くの人に、「自分はこれが好きだった」と思わせた映画が勝つのである。
早くに勢いを得た映画が、キャンペーン後半で失速するというケースも、多々ある。本当の情勢がわかってくるのは、年明けに、PGAやDGA、英国アカデミー賞などが発表されてからだ。今年こそはずれたものの、PGAの結果は、オスカーと重なることが非常に多い。
勝負はまだこれから。だが、これからの2ヶ月半ほど、この3作品に関わる人たちが、寝る時間を惜しむほど忙しくなるのは、間違いない。