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「和牛」解散の「まさか」。語っていた漫才への思い。そして、プレゼントされた革ベルトを見て思うこと

中西正男芸能記者
「和牛」の水田信二さん(左)と川西賢志郎さん(2016年、筆者撮影)

漫才コンビ「和牛」が来年3月末で解散することが12日、明らかになりました。

仕事柄、いろいろな芸人さんの話を日々聞いていますが、二人が所属する吉本興業からの発表を見て言葉を失いました。まさに「まさか」でした。

予兆がなかったわけではありません。11月18日、来年に予定されていた「アキナ」「アインシュタイン」とのライブツアー「アキナ牛シュタイン全国ツアー」の公演中止が発表されました。

すでにチケットが発売されている人気ライブの公演中止。何かよほど大きなことがなければ、こうはならない。誰かの体調不良。もしくは、コンビ内での大きな問題か。

そんなことが頭に渦巻いていたところ、全く別のところから、川西さんが昵懇の芸人仲間から依頼されたYouTube出演を断ったという話を聞きました。

YouTubeはたくさんお金がもらえるわけでもない。何か仕事上の大きなPRになるわけでもない。本人同士の信頼関係や絆で出演することが圧倒的に多い。

その出演を見合わせる。これは、ただ事ではない。そんな思いを抱き、懸案事項として頭に入れながら日々を過ごしていました。

二人ともとても芯がしっかりした人です。だからこそ「和牛」という看板が大きくなった。ただ、個が強いからこそ衝突することもしばしばある。そんな話も聞いてきました。

ただ、何があろうが、コンビ解散などありえない。

解散すれば漫才ができなくなる。漫才をやらない選択肢なんてとるわけがない。ただただそう思っていました。

過去に何度か拙連載でインタビューもしてきました。そして、ABCテレビの情報番組「おはよう朝日です」では7年間共演し、幾度となく食事にも行きました。

表現方法は違えど、川西さん、水田さんともに軸にあるのは漫才。それを痛感する言葉を聞いてきたので、そのイメージに揺らぎはありませんでした。

2017年に「M-1グランプリ」で2回目の準優勝となった後、取材をした際のメモには以下のような言葉が記されています。

「僕にとって『M-1』で結果を残すということは“免許”なんです。『舞台で一生漫才をやってもいいですよ』という。もちろん『M-1』をとらなくても漫才はできますし、そもそも、お医者さんや弁護士さんと違って免許でやる仕事でもない。でも、漫才をずっと続けていくため、僕にとっての唯一の免許が『M-1』なんです」(水田)

「自分にとって『M-1』で勝つこと、そして漫才をするということが“一番強い欲”やと思います。お金がほしいとか、有名になりたいとか、モテたいとか、もちろん、そういう欲もあります。ただ、あらゆるものを天秤にかけた時に、そこに勝る欲はないんです。ま、それを全うすれば、お金ももらえるし、有名にもなれるし、モテたりもするというのが向こう側に透けて見えるからかもしれませんけど(笑)。でも、やっぱり、やっぱり、一番強い欲が『M-1』であり漫才なんです」

夫婦のように十人十色の形はあります。ただ、25年お笑いの取材をしてきて感じるのは、お笑いコンビは仲良しこよしではないということです。シビアな表現になりますが、互いが互いの道具であり、メシのタネでもある。

もちろん、あらゆる経験や時を経て、そこに人間愛や慈しみが乗っかってくることも多々ありますが、基本的には「二人でいる意味があるから」組んでいる。それが僕の知る限り、多くのコンビのリアルです。

特に「和牛」は漫才への思いが強い。漫才によって「和牛」が「和牛」である割合も多い。

二人にとって「和牛」は実家であり、母体であり、芸能界を進むための船でもある。そこを無くす。そんな選択肢、何があってもとるわけがない。

仮に、何かしら大きな感情的しこりがコンビ間であったとしても、実家は実家として置いておけばいい。全く帰っていなくとも、近づきもしなくても、実家があるのとないのとではまるで違う。空き家になっていても、そのまま置いておけばいい。またいつか、戻ってくることもあるだろうから。

ただ、二人は実家を無くすことを決めました。頑張って作ってきた実家につるはしをふるって更地にする。

解散のコメントで二人が綴っている漫才への“温度差”。漫才への思いが強いゆえ、実家を空き家にしておくことが許せなかったのか。覚悟と苦悩が文字からにじみ出ているように感じました。

17年の「M-1」が終わってしばらくした頃、二人を食事に誘いました。これは何となくの不文律というか、普通はコンビ揃って食事に誘うことはあまりしないものなのですが、その時は「M-1」での「和牛」のネタに対して、関西の大御所の芸人さんからの愛ある伝言を言付かっていたこともあり、それを“言い訳”に二人一緒という形で声をかけました。

取材者と取材対象という枠を超えた、精いっぱいの「お疲れ様でした」。それを伝えるため、僕の行きつけの中ではとびっきりのお店である、大阪・法善寺横丁にある割烹に二人を招きました。

あれこれ食べ、二人ともよく飲むのでこれでもかと日本酒をあおりました。酒が作ってくれた気流に乗せるように、大御所芸人さんからのエール、そして烏滸がましさの極致ながら、僕が思っている二人への期待も伝えました。

正直な話、コンビ二人での食事は気まずく、尻のすわりも悪かったと思います。でも、それはそれは楽しそうに酒を飲み、この上なく真摯な目で、こちらの話にも耳を傾けてくれていました。

真っすぐな目線が見すえているのは将来の「和牛」であり、これから二人が作っていく漫才。それを感じていたからこそ、今回の発表には衝撃しかありませんでした。

普段はそんなしっかりした高級店ではなく、町中華などに誘い、気楽な酒を飲みました。料理上手な水田さんを連れて行くには気が引けるような大衆的極まりないお店でも、相好を崩して「ここの春巻き、メチャクチャ美味しいですね!」と大ジョッキをぐびぐび飲んでいました。

二人そろって僕の誕生日に渡してくれた黒い革ベルトは、今もスーツを着る時にはほぼ毎回使わせてもらっています。高級ブランドの品だけに強靭で、使えば使うほど味が増しています。

芸人の世界でどんどん自らの城を堅固にしていく二人。その年月の積み重ねが、勝手ながらベルトの変化とも共鳴している。ベルトを締める度にそんな思いを感じていました。

コンビのことはコンビにしか分かりません。二人が決めたことが全てです。外野が何か言う。その全てが野暮です。

二人は今後も芸人の道を歩みます。

その道に多くの笑いが生まれる。それをただただ願うばかりです。

芸能記者

立命館大学卒業後、デイリースポーツに入社。芸能担当となり、お笑い、宝塚歌劇団などを取材。上方漫才大賞など数々の賞レースで審査員も担当。12年に同社を退社し、KOZOクリエイターズに所属する。読売テレビ・中京テレビ「上沼・高田のクギズケ!」、中京テレビ「キャッチ!」、MBSラジオ「松井愛のすこ~し愛して♡」、ABCラジオ「ウラのウラまで浦川です」などに出演中。「Yahoo!オーサーアワード2019」で特別賞を受賞。また「チャートビート」が発表した「2019年で注目を集めた記事100」で世界8位となる。著書に「なぜ、この芸人は売れ続けるのか?」。

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1999年にデイリースポーツ入社以来、芸能取材一筋。2019年にはYahoo!などの連載で約120組にインタビューし“直接話を聞くこと”にこだわってきた筆者が「この目で見た」「この耳で聞いた」話だけを綴るコラムです。最新ニュースの裏側から、どこを探しても絶対に読むことができない芸人さん直送の“楽屋ニュース”まで。友達に耳打ちするように「ここだけの話やで…」とお伝えします。粉骨砕身、300円以上の値打ちをお届けします。

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