成果はウニとイチゴという22回目の日露首脳会談 プーチン露大統領の筆跡鑑定から占う北方領土の行方
22回目の安倍・プーチン会談
[ロンドン発]安倍晋三首相は10日夜、ロシアのウラジオストクでウラジーミル・プーチン大統領と会談しました。両首脳の会談は5月にモスクワで行って以来で、第1次安倍政権時代を含め22回目となりました。
共同通信によると、遅刻常習者のプーチン大統領はこの日も遅刻。首脳会談は2時間半遅れで始まったそうです。安倍首相は北方領土問題について「私たちの手で必ず問題に終止符を打つ」と変わらぬ決意を述べました。
一方、プーチン大統領は、北方四島はロシア領という姿勢を崩していません。両首脳は北方四島の共同経済活動についてプロジェクト候補5件の「ロードマップ」を承認しました。
(1)ウニなど海産物の共同増養殖
(2)イチゴの温室栽培
(3)ツアー開発
(4)風力発電の導入
(5)ゴミ対策
ウニとイチゴでは日露首脳会談の成果は乏しいと言わざるを得ません。来年6月の大阪での20カ国・地域(G20)首脳会合のためプーチン大統領が来日し、23回目の首脳会談が行われるそうです。
プーチン大統領の首脳外交
ウクライナのクリミア併合、シリア内戦への軍事介入、米大統領選への干渉に加え、英国での兵器級神経剤ノビチョクを使ったロシア人元二重スパイ暗殺未遂事件では市民1人が死亡、元二重スパイ父娘や警官ら4人が一時、意識不明の重体になりました。
プーチン大統領が権力基盤を支える情報機関や軍出身者の「シロビキ」の結束を強めるため、冷戦時代からの「仇敵」英国に亡命した元情報機関員の暗殺を企てるのは常套手段と言えるでしょう。
欧州連合(EU)からの離脱交渉をめぐり死に体のテリーザ・メイ英首相がいくら息巻いても、プーチン大統領は西側首脳との会談を積み重ねています。シリア内戦やウクライナ紛争、北朝鮮の核・ミサイル問題を解決するためにはロシアの協力が不可欠だからです。
7月15日、サッカー・ワールドカップ(W杯)ロシア大会の決勝が行われたモスクワでエマニュエル・マクロン仏大統領と会談
7月16日、ヘルシンキでドナルド・トランプ米大統領と会談
8月18日、ベルリン郊外でアンゲラ・メルケル独首相と会談
対ロシア制裁でEUとロシアの貿易は随分減ってしまいました。マクロン仏大統領も、メルケル独首相も、ウクライナ問題が少しでも前進すればロシアとの関係を改善したいというのが本音でしょう。
プーチン大統領の筆跡鑑定
新著『行間を読む』を出版した筆跡学30年のエマ・バチ氏がロンドンで記者会見したので、筆跡鑑定からうかがえるプーチン大統領の人物像を尋ねてみました。バチ氏は安倍首相の筆跡を鑑定したことはありません。
言葉は違っても文字の大きさや傾き、バランス、筆を運ぶスピード、筆圧、空白から、筆者の知能程度、感情、仕事上の倫理、コミュニケーション・スキルなどが浮かび上がってくるそうです。
バチ氏いわく。「プーチン大統領は知的ですが、感情が原動力になっている指導者です。祖国への、非常に強い忠誠心を持っています。連続した筆記体や署名には複数の角度と形が混じっています」
「プーチン大統領はかなりの完璧主義者です。彼の決意と野心はリーダーになることを運命付けています。彼の性格は非常に重要です。コイルが巻いたような、いささか誇張された筆の運び方はショーマンとしての一面がにじんでいます。ディフェンシブな面もうかがえます」
祖国や旧ソ連諸国のロシア系住民への攻撃にプーチン大統領は強く反応してくるということです。プーチン氏を大統領たらしめているのは祖国への忠誠心です。日本が四島返還にこだわる限り、北方領土問題の実質的な前進は期待できないでしょう。
トランプ・プーチン関係と「黄金シャワーショー」
英米の情報コミュニティーではトランプ大統領はプーチン大統領の手中に落ちているとの疑惑がくすぶり続けています。原点となった「あの文書」について、筆者は旧知のアンドリュー・ウッド元駐露英国大使に連絡を取ってみました。
「あの文書」とは、元英情報局秘密情報部(MI6)のクリストファー・スティール氏がトランプの反対陣営から依頼され、2016年後半に作成した報告書のことです。
トランプ大統領はモスクワの高級ホテルに複数の売春婦を呼び小便をかけ合う「黄金シャワーショー」をさせているところをロシア連邦保安局(FSB)に隠し録画され、ロシアの協力者になったという衝撃的な内容が含まれています。
「米大統領選の直後、米共和党のジョン・マケイン上院議員(今年8月25日に死去)から文書について尋ねられた。文書そのものは読んでいなかったが、概要は外務省の元同僚で作成者のスティールから聞かされていた。彼はプロフェッショナルで信頼に足る人物だとマケイン氏に伝えた」とウッド氏は振り返りました。
「文書は米連邦捜査局(FBI)にも読まれていた。文書の内容が真実かどうか断言することはできないが、スティールは信頼できる。私にはそれだけで十分だ」
ヘルシンキで開かれた米露首脳会談の後の共同記者会見を見て「あの文書」を思い起こさなかった人はおそらくいなかったでしょう。プーチン大統領に肩入れし過ぎるトランプ大統領の動機は常識ではとても説明できません。
トランプ大統領の筆跡鑑定
そんな疑惑が払拭できないトランプ大統領の筆跡について、前出のバチ氏は意外にもこんな見方を示しました。
「非常にユニークで書道のようです。アルファベットの筆記体を上・中・下の3つのゾーンに分割すると、トランプ大統領は真ん中のゾーンに収まるように書いています。彼はビジネス、つまりオカネを稼ぐこと、米国を昇進させることに強い忠誠心を持っています」
「グラフのような署名からもトランプ大統領が実は分析的で、注意深いプランナーであることがうかがえます。最終的に妥協するために議論を好みますが、彼の信念は安定していてぐらつきません。強いエゴがあります。大統領としての役割を含む日々の関心は、コントロールされたこれまでの自分の先例に従っているようです」
「全体として文章が書かれているラインは傾いていますが、一つひとつの文字が垂直に立っているように書かれていることは、大統領が人の意見には左右されず、自分の本能に従っていることを示しています。私ならトランプ大統領を押しすぎるようなことはしないでしょう。彼は周りの人がどう思おうが全く気にしない人だからです」
「彼は無謀ではありません。自分が何をしたいのかをよく知っている人です。トランプ大統領は制御しきれない危険な人と言われていますが、バカではありません。しかし強いエゴを持つナルシストであることは常に危険を伴います」
トランプ大統領とプーチン大統領の相性についてバチ氏はこう分析しました。
「筆跡から見るとトランプ大統領とプーチン大統領はともに非常に頑固でナルシストです。そして、ある種の質を共有しています。1つの硬貨の異なる裏と表で、これまでロシアを悪魔化してきた米国の対露外交を変える可能性があります」
「彼らはおそらくお互いのナルシズムを理解し、リーダーとしてのスキルと執着心を尊敬し合っています。トランプ大統領は掟破りですが、プーチン大統領は掟破りである必要はありません」
ロシアによる選挙干渉やスパイ活動、サイバー攻撃は何も今に始まったことではありません。原理原則に固執したバラク・オバマ前米大統領に比べて、ディール(取引)を好むトランプ大統領の方が米露関係は妥協的に安定する可能性があると言えるのかもしれません。
肉体的欲求に従う金正恩
子供の頃から父親、金正日の筆跡を一生懸命に真似てきたと言われる北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長はどうでしょう。バチ氏はこう言って表情を曇らせました。
「金正恩氏は、プーチン大統領よりもっと感情に突き動かされるタイプですが、官能的、肉体的欲求に左右される指導者で、核・ミサイルをめぐる米朝交渉の行方が心配です」
(おわり)