全国未経験、高校最後の夏は初戦コールド負け...海洋学部のドラフト隠し玉
衝撃の出会い
全国大会には1度も立ったことはない。小学2年生でチームに入ってから14年、地元・静岡で腕を磨いてきた大型内野手・加藤廉(れん)が10月26日のプロ野球ドラフト会議で指名を待っている。
中学時代の小笠浜岡リトルシニアでは関東大会出場が最高成績で、島田工高には「兄も行っていたし、卒業後は就職するつもりでした」と振り返る。1月の早生まれだったため成長は同学年の選手より当初は遅かったのかもしれない。だが父は島田市の記録をかつて持っていたほど足が速く、母もソフトボールで全国大会に出たという血筋の運動能力が徐々に野球でも窺えるようになった。
そして、181cmの大型遊撃手は目を惹く。県内で少しずつ評判になっていくと、噂を聞きつけて何度も足を運ぶ者が現れた。それが現在所属する東海大学海洋学部硬式野球部(静岡市清水区)の手塚慎太郎監督だ。
「僕が観に行った時にホームランを打ったんです。それでこれは良いと思いましたし、その次の試合では投手として“野手にしておくのはもったいない!”というボールを投げていました。衝撃の出会いでしたね」
2年春の覚醒と伸び悩み
筆者も高校3年夏の加藤の姿を観ている。長身だが軽やかな身のこなしが印象的だった。ただ試合は1回戦で進学校の浜松西に1対10のコールド負け。早々と高校最後の夏を終えたが、手塚監督の熱意を受けて大学進学を決めた。
大学では1年時こそ木製バットへの対応や投手のレベルに上手く対応できなかったが2年の春にブレイクを果たす。静岡学生リーグで打率.342を記録し新人賞を獲得した。冬場の振り込みや積極的な打撃が実る形となった。
そこから名前が広まっていかなかったのは、その後の伸び悩みがある。相手のマークも厳しくなり期待ゆえに硬くもなった。秋は打率1割台、3年時は春秋ともに打率が2割台前半で終えた。
それでもスカウトが練習にまで足を運んでくれた。「やるしかない」と志望進路をプロ一本に絞って、確実性の向上と逆方向へにも強い打球が飛ばせるように一心不乱に取り組んだ。しかし春のリーグ戦は新型コロナ禍によって中止を余儀なくされた。
育成から這い上がる先輩たちに続け
文字通り、自らの進路を切り拓くための「ラストチャンスの秋」となったが、そこで加藤は躍動する。「野球が好きですね。上手くなりたいという気持ちでずっとやってきました」と気持ちを切らさずにやってきた成果が表れ、打率.373を記録した。俊足も一塁到達で4秒を切るなどしてアピールした。
チームは3位に終わったため「大事なところで一本出なくて負けてしまった試合もありました」と悔しさを見せるが、スカウト陣が見守る中での打席にも「1打席1打席集中して打席に入ることができました」と振り返る。
一般的な注目度が高いとは言えない静岡学生リーグだが近年は、柿沼友哉(日大国際関係学部→ロッテ捕手)や大盛穂(静岡産業大→広島外野手)が育成選手から這い上がり一軍で活躍しており、昨年は国立大の静岡大から奥山皓太(阪神外野手)が育成指名でプロ入りを果たすなど好選手の輩出が続いている。加藤は「自分もその世界に行きたいです」と目を輝かせ、育成指名でもプロに進み、そこから這い上がるつもりだ。自分を見出してくれた手塚監督にも「恩返しして行きたいです」と感謝する。
手塚監督もまた「壁がその都度あったと思いますが、ひたむきに“なにくそ”という向上心を持って取り組んでくれました」と目を細める。
そしてその目線の向こうでは加藤が自主練習で力強い打球を各方向に飛ばしている。まだまだ伸びしろは十二分にありそうだ。
これまで日の目を見ることは極めて少なかったが、ドラフト指名があれば多くの実戦とともに下克上を目指す。その姿は弱小校や地方リーグの選手たちにも大きな希望を与えるに違いない。