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“日本ネタ”の報道が目立ちつつ、国のボーダーを超えて映画を見つめるきっかけに。今年のカンヌ国際映画祭

斉藤博昭映画ジャーナリスト
(写真:REX/アフロ)

第75回カンヌ国際映画祭が5/17に開幕したが、毎年、カンヌが一般レベルで話題になるのは「日本映画が何か賞を取るのか?」というあたり。ベルリン、ヴェネチアとともに世界3大映画祭のひとつであるカンヌだが、その華やかさ、注目度においてトップの地位を保つ。アカデミー賞が基本的にハリウッドの賞であるのに対し、カンヌは世界の映画が集まり、そこに出品された作品が賞を争う。話題性はアカデミー賞の方が高いのは事実だが、カンヌの受賞作がアカデミー賞へとつながるケースも多く、その動向は世界に注視されている。

カンヌの最高賞はパルム・ドールと呼ばれる。それに次ぐ2番手の賞がグランプリ。通常、グランプリと聞けば最高の栄誉のようだが、ちょっと違う。(かつてはパルム・ドールがグランプリと呼ばれた時代もあり、そこはややこしいが)

2年前のパルム・ドールは『パラサイト 半地下の家族』が受賞し、その後、同作は翌年のアカデミー賞作品賞という快挙につながった。このパルム・ドール、日本映画は過去に5回受賞。その5本は、1954年『地獄門』、1950年『影武者』、1983年『楢山節考』、1997年『うなぎ』、2018年『万引き家族』。1回に2作受賞という年も稀にあるが、過去74回の歴史で5回というのは、国別ではなかなかの成績かと。一方でグランプリは1990年『死の棘』、2007年『殯の森』の2回。

その他にも、2004年には『誰も知らない』の柳楽優弥が当時14歳で史上最年少の男優賞に輝き、昨年(2021年)は『ドライブ・マイ・カー』で濱口竜介と大江崇允が脚本賞を受賞して話題になった。これらメインの賞は、コンペティション部門から選出されるので、そのコンペに入るだけでも栄誉なのである。メインのコンペ以外にも、ある視点という部門があり、そこでも賞が授与される。さらにコンペに関係なく、プレミアとして話題作がカンヌでお披露目され、今年も『トップガン マーヴェリック』や『エルヴィス』などハリウッド大作が、初の公式上映をカンヌに選んだ。一年で最も賑やかな、映画の祭典であるのは間違いない。

こうしたカンヌのニュースが、日本ネタを切り口に取り上げられることが多いのは仕方がない。しかし今年は、その日本ネタにも少しばかり変化球が加わっているのも事実だ。

たとえば今年の映画祭のオープニング作品として上映されたのが、フランス映画『キャメラを止めるな!』。そのタイトルから明らかなように、日本映画『カメラを止めるな!』のリメイクである(しかも、オリジナル版にかなり忠実!)。日本からはオリジナル版でTVプロデューサーを演じた竹原芳子が出演。リメイク版でも同じくプロデューサー役。フランス映画だが、「カメ止め」のリメイク、竹原の出演ということで、日本でも大きく報じられることになった。監督は『アーティスト』でアカデミー賞を受賞した、ミシェル・アザナヴィシウス。

「日本映画ではない」が、もう一本、話題になっているのが、コンペに出品されてパルム・ドールを狙う韓国映画の『ベイビー・ブローカー』。『パラサイト 半地下の家族』のソン・ガンホのほか、カン・ドンウォン、ペ・ドゥナといった人気俳優、さらに歌手としても人気のIU(アイユー)ことイ・ジウンが共演し、置き去りにされた赤ちゃんと、その闇取引を巡って疑似家族の関係が育まれる感動作だが、監督を務めたのは是枝裕和。3年前の『万引き家族』に続き、2度目のパルム・ドールとなるか注目が集まっている。

韓国からは『オールド・ボーイ』のパク・チャヌク監督のミステリー『ディシジョン・トゥ・リーブ』もコンペティションに入っており、今年のコンペ21本のうち2本が韓国映画である。2年前の『パラサイト』に続いて、またも韓国映画が栄冠に輝くかもしれない……と書きつつ、カンヌ、というより国際的映画祭で「日本映画」「韓国映画」などとカテゴライズすることは、ほぼ無意味であろう。あくまでも『ベイビー・ブローカー』は是枝裕和監督作品、と認識されており、映画や作り手の“国籍”は基本的にあまり意味がない。この点は、たとえば米アカデミー賞の国際長編映画賞が各国の“代表作品”で競い合う、オリンピックのような形式と大きく違う。

そのほか、今年のカンヌには、ある視点部門で早川千絵監督の『PLAN 75』が出品。超高齢社会で75歳になると自らの生死を決断できる制度が施行されるというショッキングな物語。さらにカンヌの常連である河瀬直美監督の東京オリンピック記録映画『東京2020 SIDE:A』も公式上映される。このあたりが日本に関するニュース。

もちろん日本人だから、日本映画や日本の監督や俳優の動向に注視したい、応援したい、という気持ちもわかる。ただ、日本映画や日本の映画人が賞に絡まないと、映画専門の媒体以外ではほとんど報道されなかったりするのも、どうかと思う。一般レベルで「日本ネタ以外は興味がもたれない」という気持ちもよくわかる。しかし今年は『キャメラを止めるな!』や『ベイビー・ブローカー』のように、日本というトピックを取っかかりに、国のボーダーを軽々と超える作品が、ボーダーなき映画の魅力を伝えてくれる。自国の作品以外にも多くの人が目を向けるきっかけになってくれればと心から思う。

第75回カンヌ国際映画祭は5/28まで開催。パルム・ドールなど各賞は最終日に発表される予定。

カンヌでフォトコールに応じる『PLAN 75』の(左から)ステファニー・アリアン、早川千絵監督、磯村勇斗
カンヌでフォトコールに応じる『PLAN 75』の(左から)ステファニー・アリアン、早川千絵監督、磯村勇斗写真:ロイター/アフロ

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。連絡先 irishgreenday@gmail.com

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