度重なるケガを乗り越えて、ヨルダン戦で2ゴール。なでしこジャパンFW岩渕真奈の復活
【ドリブルから生まれたゴール】
2017年11月24日(金)にヨルダンの首都アンマンで、なでしこジャパンはヨルダン女子代表との親善試合を行った。
来年4月にヨルダンで開催予定のAFC女子アジアカップ(兼2019FIFAフランスワールドカップ・アジア最終予選)のシミュレーションを兼ねた今回のヨルダン遠征には、度重なるケガや手術を乗り越えて、強い覚悟で臨んだ一人の選手がいた。
FW岩渕真奈だ。
12月8日から日本で行われるEAFF(東アジアサッカー連盟)E-1サッカー選手権2017決勝大会(以下:E-1選手権)に向けてチーム作りが大詰めを迎えている中で、岩渕は本来の良さを取り戻し、チームの2-0の勝利に大きく貢献した。
日本は試合序盤から、自陣に引いてゴール前を固めるヨルダンに対し主導権を握りながらも、なかなかフィニッシュに至る糸口を見つけられずにいた。そんな試合展開の中で、岩渕は得意のドリブルを活かし、日本を勝利に導く2ゴールを一人で叩き出した。
混雑したヨルダンのゴール前を切り裂いた前半14分のドリブルが、先制点の引き金になった。
岩渕はペナルティエリアの右でMF中島依美のパスを受けると、ボールを奪いに来たヨルダンのディフェンダー2人を右、左、右、とインサイドの細かいタッチのドリブルでかわし、シュートまで持ち込んだ。
このプレーで、ヨルダンの最終ラインの選手たちは安易に岩渕の懐に飛び込めなくなった。
そんな中、岩渕は27分に再び、ドリブラーの真価を発揮した。
DF熊谷紗希からのロングパスをペナルティエリアの右隅で収めた岩渕は、ゴールを背にした状態から、アウトサイドでペナルティエリアの中央に向かってターン。ゴールに並行するようにドリブルしながら、相手ディフェンダーの背後からのスライディングタックルをもかわし、ゴール正面で左足を鋭角に振り抜いた。
強いシュートではなかったが、ボールは、ゴール右隅に吸い込まれていった。ヨルダンのセンターバックが岩渕に寄せるタイミングに迷い、その巧みなドリブルのコース取りによって相手GKが逆を取られた時点で、勝負は決まっていた。
「いい形でターンできました。シュートはショボかったけど(笑)、点が獲れてよかったです」(岩渕)
間髪あけず、その3分後には2点目を決めた。ヨルダンの選手が密集するゴール前をMF阪口夢穂とのワンツーで崩すと、GKの動きを見極めて、軽やかなステップから、今度は右足でゴール左隅に流し込んだ。
なでしこジャパンはこの2ゴール後、追加点こそ奪えなかったが、岩渕はドリブルとワンタッチパスを使い分けて日本の攻撃にアクセントを与え、守備でも積極的なアプローチを続け、90分間を思いきり走りぬいた。
これまでは、試合の流れを変えたり、拮抗した試合の糸口を見出すための切り札として起用されることが多かった岩渕にとって、1年半ぶりのゴールに、代表8年目にして初のフル出場が華を添えた。
しかし、手放しで喜んではいなかった。
「もっともっと点を獲りたかった。相手にパスを一本もつながせないくらいの気持ちでやらなきゃいけなかったと思います」(岩渕)
ヨルダンに2-0で勝利した試合後、岩渕の表情には嬉しさと悔しさが同居していた。
【度重なるケガからの再起】
思い返せば、岩渕は高倉ジャパンで「一番最初に点を獲った選手」だった。そのゴールは、2016年6月2日に行われたアメリカとの一戦で生まれた。
世界ランク1位の強豪を相手に、コロラド州デンバーのスタジアムに集まった2万人近い大観衆の中で、岩渕は魅せた。
シザース・フェイントを交えたドリブルから、ペナルティエリアの外で左足を振り抜き、逆サイドネットを鮮やかに揺らした日本の先制ゴールは、新生チームの船出として語り継がれるに相応しい迫力に満ちていた。
岩渕は、2011年のFIFA女子ワールドカップ優勝を、当時の代表で最年少の18歳で経験している。その後、2012年のロンドン・オリンピック銀メダル、2015年のFIFA女子ワールドカップ準優勝にも貢献した。
また、2013年からはドイツに活躍の場を移し、女子ブンデスリーガ1部のホッフェンハイムでプレー。未知の厳しい環境に飛び込んで実力を磨きながら、その後、名門のバイエルン・ミュンヘンに移籍してリーグ2連覇を達成するなど、プロとしてのキャリアも充実させてきた。
しかし、岩渕は誰もが認める実力と経験を持ちながら、度重なる膝のケガにも悩まされてきた。高倉ジャパンでも主力としての活躍が期待されてきたが、招集されてもベストコンディションではなく、アメリカ戦以来、出場機会も減り、結果的にゴールからも遠ざかってしまった。
そんな中、岩渕は今年3月にバイエルンを退団し、帰国を決断。同7月にINAC神戸レオネッサ(以下:INAC)に入団し、リハビリを続けながら実戦復帰を目指した。そして、9月上旬になでしこリーグの公式戦に出場すると、10月には7ヶ月ぶりに代表復帰を果たした。
コンディションは万全とは言えなかったが、それでも、高倉麻子監督は岩渕の実力と経験を高く評価し、ケガ明けでも招集に踏み切った。
今回のヨルダン戦で、高倉監督は2-0という結果について、
「相手との力の差を考えると、もっと自分たちの(プレーの)精度を上げて、得点という形で結果を出したかったです」(高倉監督)
と、厳しい表情を見せたが、収穫として岩渕の2ゴールを真っ先に挙げた。
【アイデンティティ】
岩渕はドイツから帰国後、高倉監督からある”宿題”を課されたという。
「高倉監督に『痩せなかったら(代表に)呼ばない』と言われていたんです(笑)。それで、痩せてからは周りからも『体がキレてきたね』と言われるようになりました。コンディションが戻ってきて、楽しくサッカーをやれています。日本に帰ってくる決断をして良かったな、と思います」(岩渕)
長いリハビリ生活を経たからこそ、ピッチに立つことの喜びを新たにし、海外生活を経験したからこそ、日本でプレーする良さもより実感できるのだろう。昼間に練習ができるINACの環境も、コンディションを高める上では大きいという。
最大の強みであるドリブルは、自分のコンディションを知るバロメーターでもある。
重心の低いドリブルから繰り出される懐の深い切り返しは、膝のケガと無関係ではなかったが、ケガからの復帰後もドリブルのスタイルは変えていないという。
「ドリブルも、切り返しも、足を振るタイミングも、ケガをする前から変わっていないと思います。変えられないんですよ」(岩渕)
それは、自身のアイデンティティとも言えるそのドリブルで世界と戦ってきたストライカーの矜持でもあるだろう。
ヨルダン戦で岩渕が見せたドリブルは軽やかで、一つのタッチにも、その次のプレーに対する無数のひらめきや可能性を予感させた。
【若手から中堅へ】
今年24歳になった岩渕は、高倉ジャパンでは中堅に属する年齢である。
若い選手たちに「ブッチーさん」と慕われる岩渕の表情には、かつて年上の選手たちに妹のように可愛がられてきたあどけない面影は、もう見られない。
そして、その引き締まった表情には、チームを引っ張る立場になった自覚が滲み、岩渕が若い選手に積極的に声をかける場面を見かけることも珍しくなくなった。
しかし、ピッチ上ではあくまでも自分の良さを出すことに集中し、ゴールを決めることに強くこだわる。
「それがFWですよね」
確信に満ちた目で、岩渕は言った。
次の活躍の舞台は、12月8日に初戦(対韓国)を迎えるE-1選手権だ。
「日本開催ですし、(2019年の)ワールドカップに行くためには勝たなければいけない相手との対戦なので、優勝したいですね。そのために、自分が点を獲ってチームに貢献したい。勝つことによって(チームも個人も)成長できると思いますし、その上で、内容も伴えば一番いいですね」(岩渕)
同大会で、なでしこジャパンは韓国(8日)、中国(11日)、北朝鮮(15日)と対戦する。アジアトップレベルのライバル国との対戦は、昨年5月に発足した高倉ジャパンにとって初めてであり、岩渕にとっては、2016年3月のリオデジャネイロ五輪予選以来となる。
同予選で3ゴールという結果を残した岩渕だが、結果的には、オリンピックへの切符を逃す悔しい思いを味わった。岩渕は、アジアで勝ち抜くということの厳しさを、肌で感じている選手の一人でもある。
度重なるケガによる長いリハビリから復帰し、着実にコンディションを戻しつつある岩渕は、E-1選手権で、再びスタンドを沸かせるプレーを見せてくれるだろう。岩渕の完全復活を見届けるのは、今大会の楽しみの一つでもある。