「ガザ攻撃」大学デモに介入、工作ネット「ドッペルゲンガー」「スパモフラージュ」の影響力とは?
「ガザ攻撃」米大学デモの混乱に、「ドッペルゲンガー」「スパモフラージュ」と呼ばれる影響工作ネットワークなどが介入している――。
ニューヨーク・タイムズなどの米メディアが、そんな指摘をしている。
米国内では、イスラエルによるガザ攻撃を巡って大学での抗議デモが急速に拡大する。
そんな中で、ロシアや中国などの影響工作ネットワークや政府当局者のアカウントから、社会の混乱や世論の分断を強調する発信が行われ、拡散されているという。
これらの影響工作ネットワークはこれまでも、ウクライナ侵攻やイスラエル・ハマス衝突などを巡って、プロパガンダ拡散に使われてきたことが明らかになっている。
その矛先が、抗議デモの高まりに向けられているようだ。
それらの工作ネットワークの狙いとは? そして、その影響力とは?
●「バイデン政権が情勢を複雑に」
米ジョージア州サバンナ市に拠点を置くというサイト「トゥルースゲート」は5月1日付で、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で起きた、ガザ攻撃への抗議グループと反対派の衝突を取り上げて、こう述べている。
サイトは「ファクトチェック」「検閲事例」などのジャンルを掲げており、体裁はニュースメディアを思わせる。
だが、メタが2023年11月に公開した「敵対的脅威レポート」によれば、これは「ドッペルゲンガー」と呼ばれるロシアの組織的な不正ネットワークを構成するサイトの1つだ。
この時に発表されたのは、「トゥルースゲート」など米国向けの12サイトのほか、ドイツ、フランス、ウクライナ、イスラエルを標的にした計32サイトで、2023年2月から次々に開設されている。
メディアサイトは通常、ページの末尾でサイトや運営元の説明メニューなどを記載する。だが「トゥルースゲート」には、手がかりとなる情報は一切ない。
その代わりに、「ロレム・イプサム」と呼ばれ、ページデザインなどで使用される、全く無意味なダミーテキストが掲載されている。
ニューヨーク・タイムズは5月2日付の記事で、このサイトを、親ロシアの影響工作の一例として紹介している。
影響工作の調査を続ける米クレムソン大学メディア・フォレンジックス・ハブや米ウェブ評価サイト「ニュースガード」、英シンクタンク「戦略対話研究所(ISD)」、米シンクタンク「民主主義防衛財団(FDD)」、豪シンクタンク「オーストラリア戦略政策研究所(ASPI)」、米情報セキュリティ会社「レコーディッド・フューチャー」が、これらの動きを追跡している、という。
やはり「ドッペルゲンガー」の1つとされる米国向けサイト「エレクションウオッチ」を見てみると、5月2日付で、よりストレートに「学生の抗議、バイデンの終焉」と題し、「彼の政策は国民が望むものではなく、国民はそれを容赦しない」としている。
「ドッペルゲンガー」は、ロシアによるウクライナ侵攻開始後の2022年4月ごろから、EUやウクライナを中心に活動が確認され、2023年7月末には関連団体などがEUの制裁対象になっている。
イスラエル・ハマス衝突勃発後の同年10月末から11月にかけて、「ドッペルゲンガー」は再び急速に勢いを増す。プロパガンダの焦点は、イスラエルのガザ攻撃を巡る「反ユダヤ主義」の増幅だ。
※参照:偽装メディア・偽スウィフト…親ロシア影響工作ネット「ドッペルゲンガー」にも生成AIの影(12/14/2023 新聞紙学的)
その照準の先にあるのが、2024年11月の米大統領選だ。「トゥルースゲート」「エレクションウオッチ」の、抗議デモとバイデン政権への言及が、その狙いを物語る。
NBCニュースは4月30日付で、2人の米情報筋の話として、「ロシアが米国の分断された論争を利用しようとしている」と指摘している。
その一例として、ロシア国営メディアの「スプートニク」が4月26日付で、「デモ参加者に対する、警察の致命的な暴力の脅威が迫っている」などとする記事を掲載したことを挙げる。
●「全体主義の露呈だ」
もう1つの影響工作ネットワーク「スパモフラージュ」は、中国政府とのつながりが指摘されている。
ニューヨーク・タイムズが取り上げる「民主主義防衛財団」の調査によれば、「スパモフラージュ」につながると見られるXアカウントから、警官隊による抗議デモの排除を受け、「全体主義を露呈」「世界一粗暴な警察」「追放、逮捕、弾圧!」などの同一文言の投稿が拡散したという。
「スパモフラージュ」は50以上のプラットフォームで展開されるという親中国の影響工作ネットワークだ。フェイスブックや米ネット調査会社「グラフィカ」が2019年から継続的に追跡を続けている。
メタは2023年8月29日に、フェイスブック上の「スパモフラージュ」に関連するアカウント7,704件、フェイスブックページ954件、フェイスブックグループ15件とインスタグラムのアカウント15を削除した、と発表している。
※参照:アメブロ、ピクシブ、楽天ブログ…「ハワイの山火事は気象兵器」中国発の陰謀論、日本も標的(09/15/2023 新聞紙学的)
前述の「戦略対話研究所」は4月1日付の論考の中で、「スパモフラージュ」の新たな戦略「マガフラージュ」について取り上げている。
「マガ(MAGA、メイク・アメリカ・グレート・アゲイン)」とは、前米大統領、ドナルド・トランプ氏のスローガンであり、トランプ支持者を指す言葉でもある。「マガフラージュ」とは、右派の米国人を偽装したアカウントを使って、米国内の分断を図るという戦略だという。
ウォールストリート・ジャーナルは5月3日付の記事で、米大学の抗議デモを巡って中国が掲げる論点は、「米国の人権のダブルスタンダード」だという。
同紙は、中国外務省の華春榮報道局長の「このような抗議デモが他の場所で起こったとき、米国の当局者がどのように反応したかを覚えているだろうか?」という4月28日付のXへの投稿を挙げる。
●EUの懸念
影響工作ネットワークの介入に神経を尖らせるのは、米国だけではない。
ガザ攻撃への学生らの抗議デモは、欧州などにも広がりを見せている。
EUは、6月に欧州議会選挙を控え、情報汚染への危機感も強い。前述のように、「ドッペルゲンガー」を制裁対象にしている。
またEUは4月30日、違法情報対策に関するプラットフォーム規制法「デジタルサービス法(DSA)」に基づき、メタに対する正式な調査開始を発表した。
すでに、Xに対する正式調査は、2023年12月に開始している。
●「影響を誇張すべきではない」
ニューヨーク・タイムズによれば、「ドッペルゲンガー」「スパモフラージュ」の介入は、米国社会の分断の拡大に主眼があり、直接的な暴力の扇動に当たるようなものは、今のところ確認されていないという。
そしてNBCニュースは、米政府当局者や専門家らの話として、介入の影響を誇張すべきではないと指摘。シンクタンク「ジャーマン・マーシャル財団」(前述の「民主主義防衛財団」は傘下組織)のブレット・シェーファー氏の、こんなコメントを紹介する。
影響力を誇張することもまた、情報空間の混乱を招く一因となる。
(※2024年5月7日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)