トランプ大統領の交渉術「ドア・イン・ザ・フェイス」に気をつけろ!
トランプ大統領は「不確実性」が持ち味
トランプ大統領の嚇(おど)かしが止まらない。トヨタにメキシコで自動車を製造するなら高関税をかけると脅したり、日本政府の為替政策を批判したりと、日本人からすると言いたい放題のように聞こえます。これまでのアメリカ大統領がとってきたスタンスと極端に異なるため、日本人のみならず、世界じゅうの誰もが大統領の発言に戸惑うことでしょう。
私は営業コンサルタントですから、客観的にこれを「交渉術」ととらえて分析したいと思います。
ご自身も言っているとおり、トランプ大統領はこれまで「不確実性」を武器にビジネスの主戦場を闘ってきています。自分の発言がどのシーンでどのような意図をもってするかを一定にしないため、常に交渉相手を混乱させ、先述したとおり戸惑わせるのです。
ひとつひとつの交渉で見てとれば、期待どおりに運ばないことはあるでしょう。しかしトータルで考えて自分が利すればそれでよし、というスタンス。交渉がヘタな日本人にとっては、非常に手ごわい相手と言えるでしょう。
「ドア・イン・ザ・フェイス」とは
トランプ大統領の交渉術は、いわゆる「ドア・イン・ザ・フェイス」と呼ばれるもの。本人が意識しているかどうかは別にして、客観的にはそのように見えます。
交渉術「ドア・イン・ザ・フェイス」とは、販売員が、個人宅のチャイムを鳴らし、家の人がドアを開けたらいきなり「顔」を突っ込むやり方です。家の人は驚いてドアを閉めようとしますが、ドアのすき間に販売員の「頭」が挟まって閉めることができない。
「奥さん、ドアを開けてください。開けてくれないと私の頭を抜くことができません。頭ではなくせめて足を挟みますので、いったんドアを開けてくれませんか」
販売員がこのように言って、ドアを開けさせるやり方が「ドア・イン・ザ・フェイス」です。家の人は、「ドアに頭を突っ込まれるより、足を突っ込まれたほうがまだましか」と受け止め、譲歩します。
通常、「ドア・イン・ザ・フェイス」を使うと、相手は確実に断ります。メキシコのペニャニエト大統領が壁建設の要求を断ったように。交渉する側は、それでも執拗に要求するのですが、相手は到底受け入れることができないので断り続けることになります。そこで、交渉側が一端譲歩すると、ついつい相手も譲歩したくなります。
「それならせめて、これぐらいはお願いしたい」
と要求レベルを下げられると、
「それぐらいなら、まだましか」
と意思決定してしまうもの。このような心理現象を「譲歩の返報性」と呼びます。相手が譲歩してきたので、こちらも譲歩するかという心理です。結果的に交渉する側が得しているのですが、こちらは頭が混乱しているので、冷静な判断ができなくなっています。
「度胸」よりも「異常性」が必要
「ドア・イン・ザ・フェイス」は簡単なようで、意外に難しいテクニックです。なぜなら、相手が開けたドアに「頭」を突っ込むぐらいの無茶なことができなければいけないからです。予想外の行動に相手が驚き、混乱し、心臓のドキドキ感が止まらないぐらいの感覚を覚えさせることで、相手の判断基準を歪められます。
これを戦略的にできる人は、かなり少ないでしょう。特に日本人は難しい。「覚悟」や「度胸」があっても、普通の理性があれば、そこまでの無茶なことは要求できないはず。ということは戦略ではなく、一般人とは異なるそもそもの性格、異質な素養がないとできない交渉術と言えます。トレーニングすれば身に付くということではなく、もともとの性根が曲がっていないと、このような相手を混乱させる交渉術は使えません。
トランプ大統領が手ごわいのは、意図的ではなく、戦略的でもなく、純粋な「異常性」を武器にしているからだと私は思います。経営者の中にも「素」の状態で、高度な交渉術を備えている人がいますが、常識的感覚が薄いので、交渉の余地がない人が多い。
「異常性」「確実性」を、無意識のうちに味方にしている人と交渉で闘うためには、勝とうとせず、負けないことです。トータルで利すればいいわけですから、ひとつひとつの交渉に執着はしないでしょう。冷静さを忘れず、長期的な視点での意思決定が必要です。いったん譲歩すると、譲歩した状態をまた新たな基準とされて、次の交渉の材料に使われてしまいます。