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米津玄師MV「Lemon」で踊るあの女性の正体は映画作家!吉開菜央のオリジナルな映像世界

水上賢治映画ライター
「吉開菜央特集 Dancing Films 情動をおどる」吉開菜央監督 筆者撮影

 はじめに触れておくと、現在ユーロスペースで「吉開菜央特集 Dancing Films 情動をおどる」が開催されている吉開菜央監督には、実は多くの人が出会っている。今夏、ついに6億再生回数を突破した米津玄師のMV「Lemon」を目にした人は、そこで踊るひとりの女性をよく覚えているのではないだろうか?エキセントリックな佇まいで独特のダンスを踊っている彼女こそが吉開菜央だ

米津玄師のMV「Lemon」で踊る女性、彼女こそが映画作家、吉開菜央

 彼女は振付師でダンサーで、そして映画作家という顔を持つ。本特集では彼女がこれまで発表した映像作品「Grand Bouquet」「ほったまるびより」「静坐社」「梨君たまこと牙のゆくえ」「みずのきれいな湖に」「Wheel Music」という6作を2つのプログラムに分けて上映。映画作家としての彼女の軌跡をたどる。

 その作品はひとことでいえば、オリジナル。ドラマのように筋立てた物語が展開するわけではないので、どういう作品かを言葉で説明するのはなかなか難しい。彼女の作品は、まずイメージを与えられて、そこに受け手がなにかしらの現在や過去の世界や社会とのつながりを見出し、それを身体で感じていくようなところがある。でも、前衛的ではあるが難解ではない。その中に映し出される世界は、私たちの暮らしや心模様へときっとつながる。

 ここでは吉開ワールドに迫る吉開監督へのインタビューを2回に分けてお届けする。

カンヌ国際映画祭監督週間短編部門に正式招待された「Grand Bouquet」

 はじめは2019年のカンヌ国際映画祭監督週間短編部門に正式招待された「Grand Bouquet」の話から。本作は、なにをしてもびくともしない謎の物体「黒い塊」に闘いを挑む女性が主人公。臆することなく彼女は巨大なパワーを秘めた「黒い塊」に立ち向かう。しかし、力は及ばず、なにかを破壊、奪われるように彼女の口からは大量の花が吐き出される。

 黒い塊に跳ね返され、苦しみを言葉にもできない彼女の姿は、#MeToo、暴力の連鎖といった社会的な問題を想起させる一方で、その中でも変わらない人間の営みや生命の継承があることを感じさせる。この作品のアイデアの出発点を吉開監督はこう明かす。

「自分の中にわいてきたイメージで、暴力から逃げないといいますか。暴力に対して抵抗して屈しない。蹴られようと殴られようと立ち上がる女性。ある種、彼女は大地のような存在で、そのズタズタにされた身体は土になりそこから花や木々が芽吹くようなことが思い浮かんで、プロットのようなものを書いたんです。ほんとうに数行の簡単なものを。

 それをちゃんと映像化したいと思ったんですけど、プロデューサーなど知人の何人かに説明したのですが、『よくわからない』と(苦笑)。

 そこで本腰を入れて脚本を書く中で、考えを突き詰めていくと、やはりこの作品の根底にあるテーマ『暴力』に突き当たる。なぜ、暴力は存在するのかとか、それに抗うことはできないのかとか、最初は人と人の関係の中で生じる暴力に考えが至りました。次に、身体的な暴力もあれば、精神的な暴力もあるなと。

 さらに考えを深めると、暴力ってなにも人間同士だけに生じるものではないと思って。人が自然環境を破壊するのも暴力だし、逆に自然が人間に牙をむくときもある。こうした考えをいろいろと最初のプロットのイメージに肉付けしていきました。そこにさらに現場で撮影する中で出てきたアイデアや感じたこともプラスしていったら、今のような作品の世界が出来上がっていきました。

 ですから黒い塊とひとりの女性の対峙というのは大枠としてあったことは確か。ただ、あとはけっこう流動的で。たとえば現場で園芸屋さんがもってきてくれた植物の根をみたら、人の血管のようにみえて、それをスタッフに説明して、このシーンにつながったから、ここに比喩的な表現として入れたいと指示して作品内に落としこむ。そういうことを積み上げて作り上げていった感じです」

「Grand Bouquet」より
「Grand Bouquet」より

 劇中で大きな存在感を放つ花を吐く女性という存在の背景には、レイ・ブラッドベリの傑作SF小説「華氏451度」が忍ばせてあると明かす。

「なんで花を吐くというアイデアを思いついたのか振り返ったとき、最初に書いたメモを読み返してみたら、そこに覚書みたいにレイ・ブラッドベリの『華氏451度』の小説の一節が記されていたんですね。『現代人というのは、土に根を張ってその養分と水を栄養にして生きている花とは違い、花が花を食べて生きているような時代にいる』といったようなことが。

エンターテインメントの存在意義を考える

 レイ・ブラッドベリがほんとうはどういう意味で書いたのかはわからない。ただ、この文言を前にしたとき、私は『本当にそうだな』と納得したんです。

 『華氏451度』は、権力側が自分たちにとって都合の良くない本を焚書する。つまりエンターテインメントの封印がひとつの大きなテーマになっている。

 当時、私はなんで自分は映画を作っているのか、人は映画を見るのか、と、すごく創作やアートに疑問を抱いていた時期でした。存在意義を考えていた

 極論になりますけど、そんなことより、自分で動物を殺して肉を食べたり、土を耕してお米を作ったりしたほうがよっぽど人の役にたつのではないかというようなことを思っていました。

 はっきりいってしまえば、本を読まなくても、生きていくことはできる。映画も同じで、見なくたって、命を存続することはできる。

 そんなときブラッドベリのその小説の一説を目にして、妙に納得したというか。私のあくまで解釈ですけど、現代人のほとんどが自分で自分の食べ物は作っていないわけです。でも、そのほとんどの人々が、日常的にエンターテインメントに触れている。現代人の体をスパンと切ってみたら、エンターテインメントだらけ。なにかしらのエンターテインメントを食べて生きている実感を得ているようなところがある。

 なんかそのエンターテインメントは花のような存在に思えて、それで花を吐くというところにつながったんですよね。

 だから、今は、エンターテインメントも生きる糧になると思っています。人間は死んだら灰になって何も残らないかもしれないけど、映画やアートは残っていく。見た人が、それをまた次の世代につなげたりする。300年、400年、1000年先に、タイトルは忘れられているかもしれないけど、その作品の片りんは残ってる可能性がある。

 そういうことを想像すると、アートや映画もまた人の命の源となりうるもので。そういうものを私は作っていると思えて、『この作品を完成させよう』と考えを改めたんです」

「Grand Bouquet」より
「Grand Bouquet」より

作品は思わぬ波紋を呼ぶことに。一部黒塗りの状態に

 こうしたアートや自然、生命に対しての畏敬の念も込められた作品であったが、思わぬ波紋を呼ぶことになる。当初、本作は2018年にNTTインターコミュニケーション・センター(ICC)にて委嘱を受けて制作されたが、一部の表現が問題視され、その部分が黒塗りの状態で展示されるという事態になってしまった。

「さきほど触れた『華氏451度』も検閲の話ですけど、まさか自分の作品でも同じようなことが起きるとは思っていませんでした。

 当時、ちょうど#Metooの運動がムーブメントになったときで、女性が暴力にさらされる内容ではあるので、確かにセンシティブなところがないわけではない。

 そういうところでなるべく周囲を刺激したくないのはわかりますが、最終的に指摘された部分についてはいろいろと説明されましたけど、それでもこの作品をそう解釈して問題視するのはどうなのかなと。もう済んだことですけど、ちょっと残念な出来事でしたね」

今回は黒塗りがない「完全版」上映

 こうした不測の事態はあったが、吉開は展示後、音響を劇場上映用にマスタリングし、黒塗りがない状態での「完全版」を完成させた。

 ただ、黒塗りがあったことが強調されると、なにかものすごく問題になるような作品と想像されてしまうが、おそらく実際に見ると、ほとんどの人はどこが問題なのかと思うに違いない。

 個人的な見解をいわせてもらえれば、「Grand Bouquet」は、生命が朽ちて最後に土に還る物語とでもいおうか。森羅万象の物語といっていいかもしれない。

「私自身が描いた大きなイメージは、そういうことに近いです。

 これまで作品を発表してきましたけど、だいたいいわれるんです。『よくわからない』と(笑)。確かにセリフはないし、字幕でなにか説明書きをしてもいない。言語で伝える要素がないので、そういわれるのはわからないことはないです。

 ただ、それでも私としては映像に可能性を見出したいといいますか。映像でなにかを物語りたい。その中で、『Grand Bouquet』に関しては、これまでに比べるとすごくわかりやすく、生命のめぐりを表現した作品ができた手ごたえが自分の中にあります」

(※次回に続く)

「吉開菜央特集:Dancing Films 情動をおどる」ポスタービジュアル
「吉開菜央特集:Dancing Films 情動をおどる」ポスタービジュアル

「吉開菜央特集:Dancing Films 情動をおどる」

渋谷ユーロスペースにて公開中。

Aプログラム(64分)『ほったまるびより』『静坐社』『Grand Bouquet』

Bプログラム(68分)『梨君たまこと牙のゆくえ』『みずのきれいな湖に』

          『Grand Bouquet』『Wheel Music』

12月19日(土) 20:40 Bプログラム

12月20日(日) 20:40 Aプログラム

12月21日(月) 20:40 Bプログラム

12月22日(火) 20:40 Aプログラム

12月23日(水) 20:40 Bプログラム

12月24日(木) 20:40 Aプログラム

12月25日(金) 20:40 Bプログラム

■トークイベント情報(本編上映後)

12月19日(土)ゲスト:大寺眞輔(映画批評家)、吉開菜央監督

12月20日(日)ゲスト:円香(魔女)、吉開菜央監督

12月23日(水)ゲスト:石川直樹(写真家)、吉開菜央監督

場面写真およびポスタービジュアルはすべて(C)Nao Yoshigai

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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