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クマの出没対策に、二つのマニュアル紹介

田中淳夫森林ジャーナリスト
人里でもこうした看板を見ることが増えた(写真:アフロ)

今年も早くもクマ(ヒグマ、ツキノワグマ)の人里出没がニュースになっている。すでに死傷者が出ているのだから、喫緊の対策が必要だろう。

 ただ世間の反応は真っ二つに分かれている印象がある。

 まず、もっと駆除に力入れろという強硬意見。もう一つはクマの駆除に無条件に反対し保護を訴える声である。

 だが,どちらも無理がある。前者は、やみくもな銃と罠に頼った駆除を主張しがちだが、人材、手間、費用などを含めて物理的に難しい。後者は、自分は安全圏に身を置きながら、クマなど野生動物を神聖視しており、獣害に遇われる地域の苦悩を無視している。

 もっと冷静になり、増えすぎた生息数を抑える対策と同時に、クマの人里への出没を減らす方法を考え、もし出くわした際はどうすべきかという点を具体的に身につけるべきではないか。

 同時に、クマなどの野生動物への対応知識と技術を身につけた人材の育成も必要だろう。

 実際の対応はいろいろ模索されているようだが、対策マニュアルを二つ紹介しておく。

 まずは環境省の出しているもの。

クマ類の出没対応マニュアル -改定版-

 やはり事前に出没に備えること、そしてクマが人里に出てこないようにするのが基本だ。そのためには、農山村の最前線における対策が必要となる。

 具体的には、餌となるものに近づけないこと。そして可能な限り除くこと。それは防護柵の設置のほか、果樹や農作物とその放棄残滓、生ゴミ、ペットフードの管理まで及ぶ。そのうえで都市部まで出てくる理由と対策を考えなくてはならない。

 次にクマが出没した際に取るべき行動。目撃時の連絡先や人員の配置、被害発生時の対応……もし鉢合わせした場合のことも取り上げている。彼らを刺激しない(人を襲う気にさせない)方策も知っておきたい。クマは必ず襲ってくるわけではなく、人を避けることも多い。いや、通常はそちらが普通だ。何が人に怒りを向けて襲うのかを知ることで、危険を抑えることができる。

 遭遇した際に、いきなり走って逃げるのはもっとも危険であることなども記されている。そして最悪襲われた際の防御方法も、一応触れている。そのように行動できるかは疑問だが。

 日本のクマに則した内容だが、どちらかというと個人の対応策というよりは、自治体の職員向きかもしれない。行政としてクマへのに向き合い方に重きを置いているように感じた。

 それに対して、より実践的なものがあった。ただし海外版。

『非致死的なクマ管理技術の手引き』である。

 カナダの市民団体製作のマニュアルだが、それを日本の<Bear Smart Japan>が翻訳したものである。イラストや写真も豊富。

 タイトルどおり、クマを殺さず人間との共存をめざしているが、何も駆除をすべて否定しているわけではなく、銃器の使用も容認している。ただ、できる限りクマを人間社会に近づけず、追い払うという理念で方策を練ったものだ。

 クマを銃で射殺する方法や捕獲方法、別方向に誘導する方法なども触れているが、騒音による抑止などもある。とくにベアドッグ(訓練したイヌによるクマの追い払い)は、今の日本ではほとんど行われていないが、可能性を感じる。

 北米を舞台にしているから、対象とするのはグリズリーとクロクマだ。ただグリズリーは、ヒグマとほぼ同種。クロクマはツキノワグマに近い種類で、体格は多少大きいが、生息環境も森林などで生態はツキノワグマと近そうだ。それぞれの対策が、日本の2種類のクマにも応用できるだろう。

 丸ごと使うのではなく、日本では取れない手段も紹介されているから、よく考えて選択肢に加えると参考になるかと思う。

 こちらの記事にダウンロードできるサイトが紹介されている。なお原文(英文)のサイトも紹介してある。

『非致死的なクマ管理技術の手引き_日本語訳』の公開について

 両者を読んで改めて思うのは、クマ出没対策とは、まずクマの生態を知り、人の行動はそれに合わせていくことの重要性だ。画一的な方法ではないのだ。

 どうも日本の場合は、冒頭の「駆除至上主義」と「保護至上主義」の両方とも、肝心のクマに関する知識をなおざりにしているように感じてしまう。さらに言えば、出没する地元の人々以外は、みな他人事のように思われる。

「駆除すればいいんだ」と言っても自身がやる気は毛頭ないだろうし、「保護しろ」と叫ぶものの、被害者には目を向けていない。それどころかクマの餌を心配してドングリを撒くような発想をしている。逆効果も甚だしい。

 日本でも野生動物の研究は結構行われてきて、それなりの知識の蓄積はある。完全でなくても、それらを習得することから始めるべきだろう。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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