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新型コロナウイルス蔓延の影響によるCO2削減は最大7%だけ

竹村俊彦九州大学応用力学研究所 主幹教授
(写真:アフロ)

新型コロナウイルスの世界的蔓延による社会経済活動の制限により、大気汚染が大幅に改善された、というニュースがありました。そうであれば、地球温暖化の主要原因である二酸化炭素の排出量も大きく減ったのではないかと考えた方が多いと思います。このことに関して、少し前に、「新型コロナウイルスと大気汚染と気候変動」という記事を書きました。その記事では、大気汚染物質も二酸化炭素も排出量は一時的には減少し、両者のバランスを考えると、温暖化を一時的に進めてしまった可能性もあることを解説しました。

これに関係して、専門家の査読を経た以下の論文が出版されました。

Temporary reduction in daily global CO2 emissions during the COVID-19 forced confinement(原文)

私の論文ではありませんが、今回はこの論文の解説をベースとして、さらに深掘りしていこうと思います。

CO2削減効果は最大7%だけ

この論文では、新型コロナウイルス蔓延に伴う行動制限により、国別(中国の場合は省別・米国の場合は州別)および排出源別に、二酸化炭素の排出量がどのぐらい減少したかを詳細に推計しています。各国で異なる行動制限のタイミング、交通量の変化、発電量の変化などを考慮しています。

その結果、1日ごとの二酸化炭素排出量の世界合計値が最小になったのは4月7日で、昨年(2019年)の平均的な排出量と比較して、17%の減少であったと算出されました。たったそれだけ?と思ったのではないでしょうか。だって、大気汚染物質がかなり減少したという人工衛星からの観測結果がありましたから。実は、この人工衛星観測は、二酸化窒素の濃度を示しています。二酸化窒素の主な排出源の1つは自動車です。今回紹介している論文の研究でも、地上や海上の交通からの二酸化炭素排出量は、昨年よりも4月7日で36%減少したと解析しています。しかし、発電所・工場・ビル・商業施設からの排出量削減は、それほど大きくなかったようです。ステイホームになったので、家庭からの排出量は逆に増えています。

さて、1日ごとに解析した場合の最大削減率は17%なのですが、結局、今年(2020年)1年間合計の二酸化炭素排出量は、どのぐらい削減されそうなのでしょうか。論文では、それも推計しています。ここで、以下の3つの状況を想定します。

1. 6月中旬に行動制限前の状況に戻る

2. 7月末に行動制限前の状況に戻る

3. 行動制限は段階的に緩和されるが、一定の制限(海外渡航制限など)が年内は続く

昨年(2019年)1年間の世界合計の二酸化炭素排出量と比較して、推計なので不確実性の幅はあるものの、1.の場合は4%減少、2.の場合は5%減少、3.の場合は7%減少と算出されました。これだけ世界中で行動制限して、経済も停滞したのに、二酸化炭素排出量の削減はこれだけか…、という印象を持ったのではないでしょうか。ちなみに、日本での二酸化炭素の排出量は、最大だった2013年度と比べて、2018年度には13.6%減っています。つまり、一時的で大規模な行動制限ではなく、継続的で着実な二酸化炭素削減対策が必要ということです。なお、この推計には、今後の第2波・第3波の感染流行や、行動制限後の経済刺激策は考慮されていないので、実際には削減率が変わることがあります。

継続できる行動変容は地球温暖化防止に活きる

パリ協定で掲げられている目標、工業化以前(化石燃料を使う以前)と比べて地球平均の気温上昇を1.5度以内に抑えるためには、2050年頃までに二酸化炭素排出量を正味ゼロにしなければなりません。2度以内に抑えるためには、2060〜2080年に排出量正味ゼロです。この論文でも議論されているのですが、目標達成のためには、エネルギーや交通のシステムの変革が必要です。つまり、再生可能エネルギーの促進など、脱炭素化を一層進めることが必須です。そうすると、個人でできることは限りがあるのかな、と考えてしまうかもしれません。しかし、今回紹介した論文の研究では、交通からの二酸化炭素排出量の削減が最も大きかったと解析されています。つまり、徒歩や自転車での通勤や、リモートワークによる出勤・出張移動の削減など、今回求められた行動変容は、二酸化炭素排出削減になることが実証されたのです。交通関係の職業の方々は複雑な思いかもしれませんが、運輸部門の脱炭素化をどんどん進めることが、本質的な方法ということです。

今回紹介した論文の研究をベースとして、新型コロナウイルス蔓延の影響による気候変動は具体的にどうだったのか、数値シミュレーションで解析する国際プロジェクトが動きだそうとしています。その研究結果が出てきましたら、また解説したいと思います。

九州大学応用力学研究所 主幹教授

1974年生まれ。2001年に東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。九州大学応用力学研究所助手・准教授を経て、2014年から同研究所教授。専門は大気中の微粒子(エアロゾル)により引き起こされる気候変動・大気汚染を計算する気候モデルの開発。国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書主執筆者。自ら開発したシステムSPRINTARSによりPM2.5・黄砂予測を運用。世界で影響力のある科学者を選出するHighly Cited Researcher(高被引用論文著者)に7年連続選出。2018年度日本学士院学術奨励賞など受賞多数。気象予報士。

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