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PM2.5と黄砂の「命にかかわる情報」提供は不十分

竹村俊彦九州大学応用力学研究所 主幹教授
(提供:イメージマート)

事前に予測されていたとおり、今週の火曜日(2024年4月16日)から、全国的に黄砂やPM2.5の濃度が高い状態が続いています。すでに、「黄砂とPM2.5の情報提供の問題点」という記事にて、濃度が高いときに情報が十分に広く行き渡らない問題を指摘しました。この記事では、健康への影響という観点から、情報提供の問題点をさらに考えます。地震・津波や大雨・洪水のときには、「命にかかわる情報」を伝えるという視点が重視されています。しかし、PM2.5や黄砂については、この視点が明らかに軽視されています。

黄砂飛来情報の数値は「視程」のみ

黄砂とPM2.5の情報提供の問題点」にて解説したとおり、黄砂が飛来することが予測される場合、また、実際に飛来した場合には、公的機関である気象庁から情報提供がなされます。今週も、日本各地で黄砂情報が気象庁から出されましたので、その情報は多くの方々に届いたと思います。

ただし、気象庁から提供される黄砂情報の数値は、「視程」のみです。視程とは、開けた場所で水平方向を見て、どのくらい先まで見通せるか、を距離で表した指標です。交通関係に対してはこの情報で十分ですが、どのくらいの視程だと、どのような人の健康に影響があるか、ということは、専門家以外にはわかりません。何よりも大切な「命にかかわる情報」が直接的に提供されていないということです。

気象庁は、自然現象を扱う機関ですので、健康に関する情報を直接提供することは難しいのが現状です。したがって、他の方法で広く注意喚起されればよいのですが、そのようにはなっていません。私は、メディアでご活躍されている気象予報士や記者の方々が、その役割を担うことを期待しています。しかし、黄砂が飛来するときには、車や洗濯物への付着の注意がなされている場合が多いです。車や洗濯物への注意は、「命にかかわる情報」ではありません。優先されるべきは、お子様や高齢者、呼吸器や循環器の疾患をお持ちの方は特に注意すべきであることを伝えることです。私も気象予報士なので、こうしてYahoo!ニュースで記事を書かせていただいて、微力ながら大切な情報をお伝えしようとしています。

PM2.5によって毎年700万人近くが早期死亡

今週は、黄砂の中でも微小な粒子や、人間活動によって排出される微粒子によって、PM2.5の濃度がかなり高くなりました環境省大気汚染物質広域監視システム「そらまめくん」にて、全国各地の過去1週間分の測定値を閲覧することができます。特に、17日午後や18日には近畿地方や東海地方、18日には追加して中国地方や東北南部で、それぞれ複数の地点で数時間にわたって、PM2.5濃度が1立方メートルあたり70マイクログラムを超えました。100マイクログラム超のデータも記録されています。

2024年4月18日21時のPM2.5濃度の観測値(環境省大気汚染物質広域監視システム「そらまめくん」より)。赤点の地点は1立方メートルあたり70マイクログラム超。(記事掲載後に追加しました)
2024年4月18日21時のPM2.5濃度の観測値(環境省大気汚染物質広域監視システム「そらまめくん」より)。赤点の地点は1立方メートルあたり70マイクログラム超。(記事掲載後に追加しました)

国連の世界保健機関(WHO)では、これまでの研究調査等によって、健康影響がほとんどないと考えられる濃度を考慮して、PM2.5については、1日平均値で1立方メートルあたり15マイクログラムを環境基準に設定することを推奨しています。ただし、この基準は強制するものではなく、各国のさまざまな状況に応じて設定する際の参考とするものです。この数値は、2021年に引き下げられました(厳しくなりました)。この引き下げは、PM2.5によって、世界で毎年700万人近くの人々が早期死亡しているという現状が改善されないため、各国に対策を促すという意味もあります。この早期死亡の人数は、新型コロナウイルスによる総死亡者数と同等です。その人数が「毎年」PM2.5によって早期死亡しているのです。

日本のPM2.5の環境基準は、1日平均値で1立方メートルあたり35マイクログラムに設定されており、WHOの推奨値と比較すると、必ずしも厳格に設定されている状況ではありません。かつ、PM2.5の高濃度に関する公的情報は、各自治体から提供されることになっていますが、35マイクログラムの2倍である70マイクログラムを超えた後に情報提供されるだけです。この数値は、すべての人に注意を促す目的で設定されています。つまり、お子様や高齢者、呼吸器や循環器の疾患をお持ちの方は、それよりも低い濃度で影響が出ることがあるということです(福岡市は進んでいて、影響の出やすい方々向けの情報も別途提供する体制になっています)。

さらに、情報を出すタイミングにも問題があります。実測で70マイクログラムを超えたことを確認してからでないと、公的情報は提供されないことになっています。黄砂については、公的機関である気象庁が、ソフトウェアを使った飛来予測をして、事前に情報が周知されるようになっています。一方、PM2.5については、ソフトウェアを使った予測情報は、公的機関から明確な情報提供がなされていません。

日本でも、PM2.5や黄砂が高濃度になった後の数日間は、救急搬送される患者数が、統計的に有意に増加するという研究結果がいくつも発表されています。救急搬送されるということは、急性疾患を引き起こし、命にかかわる状態になっているということです。呼吸器や循環器の疾患での死者が出ても、病院は当然いちいちプレスリリースはしません。だから、ニュースにならないだけなのです。

適切な注意喚起情報が広く伝われば、命にかかわる状態になる方々を減らすことが期待できます。その思いから、私は15年以上前から、独自に開発した大気中の微粒子全般の濃度を予測するソフトウェアで計算した情報を毎日無償提供しています。この情報は、Yahoo!天気アプリのPM2.5予測としても提供されています。このソフトウェアは、微粒子による気候変動を研究するために作ったものなのですが、それを流用して日々の予測情報に使っています。

PM2.5や黄砂の高濃度情報は、「命にかかわる情報」です。

九州大学応用力学研究所 主幹教授

1974年生まれ。2001年に東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。九州大学応用力学研究所助手・准教授を経て、2014年から同研究所教授。専門は大気中の微粒子(エアロゾル)により引き起こされる気候変動・大気汚染を計算する気候モデルの開発。国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書主執筆者。自ら開発したシステムSPRINTARSによりPM2.5・黄砂予測を運用。世界で影響力のある科学者を選出するHighly Cited Researcher(高被引用論文著者)に7年連続選出。2018年度日本学士院学術奨励賞など受賞多数。気象予報士。

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