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新型コロナウイルスと大気汚染と気候変動

竹村俊彦九州大学応用力学研究所 主幹教授
(写真:ロイター/アフロ)

私の主たる研究は、大気汚染を引き起こすエアロゾル(大気中の微粒子)による気候変動の解明です。エアロゾルというと、新型コロナウイルスがエアロゾル(この場合は具体的には唾が微粒子になった状態)に取り込まれて空気中を漂うことで、しばらく生存する可能性があることが指摘されたことでニュースになりました。

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また、大気汚染物質に長期的にさらされた人は、新型コロナウイルスによる死亡率が高くなるという指摘もなされています。

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私は医学の専門家ではないので、これらの件については言及しません。ここでは、新型コロナウイルスの世界的蔓延による社会経済活動の制限により、石油・石炭・天然ガスなどの化石燃料から大気中へ放出される大気汚染物質が大幅に削減されたことにより、大気汚染や気候変動がどうなったのか、また、今後どうなるのかについて、いろいろと考えてみましょう。また、大学教員・研究者として、新型コロナウイルス蔓延の影響を受けて考えたことを、おまけで記しておきます。

大気環境は一時的に改善された

新型コロナウイルス蔓延に伴う社会経済活動の制限により、大気汚染物質の濃度が下がったことは、現場観測や人工衛星からの観測によって把握されています。

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どこからの大気汚染物質の排出量が減少したのかを明確にするためには、今後の詳細な調査が必要ですが、人の移動を支えている運輸部門(自動車・航空機など)の利用削減が大きく寄与したことは予想できます。また、業種によっては、工場の操業停止も寄与している可能性があるでしょう。

日本への越境大気汚染の影響は?

PM2.5予測をボランティアで毎日運用して報道機関などへ情報提供している関係上、中国で都市封鎖が行われた影響により、日本へのPM2.5の越境飛来は減少したのではないか、という問い合わせを多く受けました。おそらくそうだと思うのですが、明確にするためには科学的な解析が必要です。例えば、「越境大気汚染の状況変化か?」で解説したとおり、中国ではPM2.5対策が進んで、ここ数年で排出量がそもそも削減されてきているので、その削減傾向と都市封鎖の影響を切り分けなければなりません。近いうちに、日本の研究者から科学的な分析結果が出てくるものと思います。

気候変動への影響は?

新型コロナウイルス蔓延により化石燃料の使用量が減少したことは、大気汚染物質だけではなく、温室効果ガスである二酸化炭素の排出量の減少ももたらしたことになります。ということは、大気汚染も改善した上に、地球温暖化も緩和できたのではないか!と考えたくなりますが、そう話は単純ではありません。ポイントは2つあります。

1. 大気汚染物質の減少は地球温暖化をもたらす

光化学オキシダントの主要物質であるオゾンは温室効果ガスですが、PM2.5などの大気中の微粒子は、正味で大気を冷却する効果があります(「PM2.5が引き起こす気候変動参照」)。両方とも、主な発生源は化石燃料の使用ですが、トータルとしてはオゾンの効果よりもPM2.5の効果の方が大きいと考えられています。ということは、大気汚染物質を減らすと、PM2.5の大気冷却効果を取り除く影響が大きく、地球温暖化をもたらします。

2. 大気中での寿命は大気汚染物質よりも二酸化炭素の方が圧倒的に長い

種類によりますが、大気汚染物質は大気中に放出された後、数時間〜1週間程度で大気中からなくなります。化学反応が起こりやすいことと、PM2.5などの微粒子の場合は重力や雨で落とされるためです。一方、二酸化炭素は化学的に安定で、かつ、気体なので重力では落ちてきません。いずれ、植物の光合成や海への溶解などで大気中から除去されますが、大気中での寿命は数十年から百年程度です。つまり、現在の大気中の二酸化炭素の濃度は、過去数十年の排出量の状況で決まっているということです。ということは、新型コロナウイルス蔓延により一時的に二酸化炭素の排出量が減少しても、二酸化炭素の濃度の状況には大きな影響は及ぼさないでしょう。これまでの急激な二酸化炭素濃度の増加傾向が、少しだけ緩む可能性がある程度でしょう。

1.と2.から、二酸化炭素の濃度の状況は変わらない一方、大気を冷却する効果のある大気汚染物質が急激に減少したので、地球温暖化を緩和したどころか、地域によっては数ヶ月程度の気温上昇をもたらした可能性があります。これは私の専門分野なので、詳細な研究をしないとならないですね。

少し話は逸れますが、1.と2.の説明から、公害対策のために大気を冷却する大気汚染物質の削減のみを先行して行い、温室効果ガスである二酸化炭素の排出量を増やし続けてきた先進国は、地球温暖化を一層加速させてしまったことになります。大気汚染対策と地球温暖化対策は、同時進行しなければならなかったのです。

大気汚染と気候変動の将来を先取り

今後、新型コロナウイルスの影響が改善してくると、化石燃料の使用量は少しずつ元に戻ってしまうでしょう。ただ、一時的ではありますが、大気汚染物質の排出量も温室効果ガスの排出量も大きく削減されたため、将来予想される状況を短期間だけ模したとも考えられます。以前、米国で同時多発テロが起こった直後、米国内の航空機がすべて欠航となったことから、飛行機雲がなくなりました。その状況と平常時とを比較することで、気候変動に対する飛行機雲の影響を調べる研究が多数行われたことがあります。今回の事例も、平常時ではあり得ない状況となったことから、今後、多くの研究成果が出てくるでしょう。

新型コロナウイルスの影響に伴い、私たちは多くの行動変容を求められましたが、大気汚染と気候変動は改善できるんだということにも多くの人々が気が付いて、この時に意識が変わり始めたと将来言えるようになっていればいいなあ、と思います。

また少し話が逸れますが、以前、子どもたちの安全を考えて、「気象観測データに基づいた適切な運動会の時期に関する提案」をしました。その際に、学校行事の年間スケジュールは綿密に決められているので、運動会の時期を変えるのは難しいのではないか、という意見も見受けられました。しかし、現在の新型コロナウイルスの影響による学校スケジュールの変更は、そんな懸念をするようなレベルではないことが起こっています。入学時期を変える議論まで始まっています。変えられないことはありません。

大学教員・研究者として考えたこと

以下はおまけです。私は、大型装置を手元で動かして実験する研究手法を用いていないため、在宅勤務での不都合は当面ほとんどありません。研究室のミーティングや学生の研究指導、講義や各種会議は、すべてオンライン会議システムで可能です。むしろ、通勤や出張をする必要がなくなり、移動の時間を節約できています。出張しなければ出席できなかった研究打ち合わせにも気軽に参加することができるようにもなりました。ただし、学会や研究会は、物理的に集まって実施した方がいいなあと思っています。研究発表を聴講するだけだったらオンラインで十分なのですが、休憩時間の研究に関する雑談から、アイデアが浮かんでくることが多々あったり、共同研究が始まることがあったりするからです。また、講義や研究指導については、学生の表情や雰囲気は重要な情報なので、基本は対面の方が良いと思います。今回のことで、真に必要な行動は何であるか、かなりはっきりしてきました。

九州大学応用力学研究所 主幹教授

1974年生まれ。2001年に東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。九州大学応用力学研究所助手・准教授を経て、2014年から同研究所教授。専門は大気中の微粒子(エアロゾル)により引き起こされる気候変動・大気汚染を計算する気候モデルの開発。国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書主執筆者。自ら開発したシステムSPRINTARSによりPM2.5・黄砂予測を運用。世界で影響力のある科学者を選出するHighly Cited Researcher(高被引用論文著者)に7年連続選出。2018年度日本学士院学術奨励賞など受賞多数。気象予報士。

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