悲惨な学校ウサギを診察した獣医師の告白 教育現場で「動物の命」をどう扱うべきか?
私は一人の獣医師として、子どもたちが、動物と一緒に生活をすることは、これから生きていく上で意義のあることだと理解しています。
幼児期、初等教育の過程で生身の動物と触れ合うことで、「小さい動物に対する慈しみ」「命のはかなさ」「死への畏怖」などを自然に理解しやすくなります。
どんな家庭でも動物がいた方がいいとは思いますが、住宅事情や家庭の事情などがあり、動物と一緒に暮らしたくてもできない子は、多くいるのでしょう。
それを踏まえた上でも、学校で動物を飼育する場合、教育現場のシステムを整えてからでないと、「動物の命が軽視」されないかと考えるのです。今日は、そのことについて解説します。
教育現場での動物飼育は学習指導要領でも、「生き物への親しみや生命の尊さを実感するために動物や植物の飼育・栽培をすること」が明記されています。
しかし、学校の先生が多忙のために、飼育することは、難しくなっているとのことです。多忙や働き方改革の視点はもちろんあるのでしょうけど、他にも問題があると私は感じています。筆者は、獣医師なので動物の側から見た学校飼育動物についての問題提起としてあるウサギの1例を紹介します。
ウジのわいたウサギが運び込まれる
もう数年以上前の出来事です。
診察室に、箱を持った男性が立っていました。動物病院は初めてという感じで、ちょっと不慣れな様子でした。「どうされましたか?」と尋ねたところ、「ウサギのお腹の辺りがなにかおかしい」と言って筆者に箱を渡してきました。箱からウサギを出すと、乳がんになっていて、自壊して膿みと血が滲んでいました。肉が腐ったニオイがしたためか、そこにはぎっしりウジがわいていました。
筆者は長い臨床経験がありますが、こんなにひどいウサギを見たのは初めてでした。飼育されている動物にウジがわいているのは、一般的にはネグレクト(飼育放棄)とも捉えられないほどの大問題ですね。以前、「昨夏、池田詩梨ちゃん衰弱死の家庭で13匹の猫がネグレクト… 改めて動物虐待を考える」を書きましたが、動物虐待には2種類あり、ネグレクトも立派な虐待なのです。
ウジをピンセットで全て取り去り、抗生剤と補液の注射をして返しました。聞くところによると、「そのウサギには、治療費などの予算がついていないので、なかなか連れて来られなかった」と言うことでした。そういう事情もあり、自腹で支払おうとする男性が気の毒になり、私もボランティアで治療をさせてもらいました。
それぞれの行政によって、学校飼育動物の取り組みが違うので、こんな悲惨なウサギは、この子だけであってほしいと思います。しかし、現実には全国各地でこういう事態が起きているのではないかという懸念が消えません。ニワトリとウサギが一緒に飼われて、ウサギが攻撃されてしまうケースも往々にしてあるようです。
このウサギは危篤で、今日、明日に亡くなるという状態でした。筆者が「この子をどこに置いておくのですか」と尋ねると、その男性は「子どもたちが悲しむので、校長室に置いておきます」と言うことでした。
ウサギの寿命は、数年で10年も生きる子はほとんどいません。ウサギの「老い」「死」などをどのように、子どもたちに伝えるのか、教育現場で話し合いがあるのか、疑問の残るところでした。以下は、学校飼育動物の問題点です。
学校飼育動物の問題点
・教職員の業務過多
引用した記事にもありますが、学校の先生方の業務が多く、ゆっくり動物を世話する時間が取れないようです。一方、動物は、365日、24時間生きています。土日はもちろん、責任ある人が、ちゃんとお世話ができないと、動物の命を軽視していることになります。
・教育現場に動物に詳しい人が少ない
動物には、5つの自由があり、その中で治療を受ける自由、その「種」の行動様式にあった生活をする(ウサギの場合は穴を掘る、おもちゃで遊ぶなど)自由などがあります。
教育現場にはその動物の特性や性質を熟知している人が、いないことが多いです。その場合は、飼育環境は悪くなります。筆者のところに、運び込まれた学校ではウサギなどの動物も加齢になれば、がんになることを知っていなかったようです。さらに、ウサギを雄と雌で飼っていて、不妊去勢手術をしないと増えて困っている学校もあったと聞きます。
・予算の問題
ウサギなどの小動物といえども「病気」もするし、「老い」もあります。予算がついていないと、動物病院に連れていくときに交通費などもかかります。もちろん、治療費もかかります。そのたび、担当者が自腹を切って、ボランティアとなると、動物病院に連れていくことに躊躇します。そして、上記のウサギのように悲惨な状態になるのでしょう。
解決に向けて
問題を解決してからでないと子どもたちはもちろん、飼われる動物たちがあまりにもかわいそうです。学習指導要綱にもある「生命の尊さ」を子どもたちが感じるために何が必要かを議論し、具体策を決める必要があるのではないのでしょうか。筆者は以下のような問題の解説策を考えてみました。
・研修を受ける
学校の先生は、業務が多忙なので、なかなかな難しいとは思いますが、動物の「習性」などの講義を受けてもらう。そして、命あるものなので、「動物の愛護精神」「老い」「病気」に対する考え方も研修を受けてもらう。
ウサギなどは、命あるものです。学校教育で「命の軽視」を子どもたちが、感じてしまうと問題ですね。動物愛護の精神をしっかり理解していない人も多いので、専門家から研修を受けることは大切です。
・獣医師や愛玩動物看護師(2023年ぐらいに国家資格になる予定)が、動物を飼っている学校を定期的に回ることを制度化
獣医師や愛玩動物看護師などの専門家が、学校を巡って適切に動物が飼育されているかチェックすることは大切ですね。外部の目が入ることで、学校側も適切飼育してくれると思います。
・地域の人や生徒と連携する
生徒の中には、動物の世話をすることが好きな子やその親が手伝ってくれる場合もあります。もちろん、学校で責任者を決めて、その下で、飼育を手伝ってもらうのはいいことですね。地域のボランティアを募るのもひとつの提案です。
・飼育動物に予算をつける
前述の通りですが、全部がボランティアになると、「命の軽視」です。ボランティアが行き届いているところはいいけれど、そうじゃないところも出てきます。
まとめ
子どもが、健やかに育って思いやりのある人になってもらうために、教育現場に動物がいることはよいことです。しかし、動物が適切に飼育されずに生命が不当に脅かされてしまう状況は本末転倒で、子どもたちが「命のはかなさ」「死への畏怖」などを実感する以前の問題です。この課題を解決する必要があると思うのです。
私は教育現場が萎縮して学校飼育動物が削減されるべきだとは思いません。動物が幸せに暮らせる環境を整えて欲しいのです。
そのために、飼育動物に対する予算もしっかりつけて、動物についての知識を先生にも生徒にも持ってほしいです。「病気」「老い」などを考慮しないで動物を飼育すると、「命の軽視」になるのではないか、と筆者は危惧します。