性器が男性の局部を…。衝撃作『歯まん』主演の女優、前枝野乃加に聞く
私は初めてのSEXで人を殺した――。自らの女性器が男性の局部を食いちぎってしまう女子高生を巡る映画『歯まん』が3月2日から公開される。
自主制作で撮影は2013年。一見エログロを連想させるダークファンタジーながら、異才の新鋭・岡部哲也監督が「生と性と愛」をテーマに掲げるラブストーリーでもあり、国内外の数多くの映画祭で高い評価を受けてきた。
満を持しての一般上映を前に、主人公の“歯まん”の女子高生を演じた前枝野乃加(撮影時は馬場野々香)と岡部監督に語ってもらった。
自主制作から6年、映画祭で評判を呼び劇場公開
6年越しの劇場公開。岡部監督は「2015年のゆうばり国際ファンタスティック映画祭で受賞(北海道知事賞)した後、すぐ公開できるだろうと楽観してました」と振り返る。しかし、後ろ盾のない自主制作映画のうえ、刺激の強い内容とあってか、「劇場に空きがない」「社内会議で配給の話が進まない」などと進展ないまま、2年が経つ。「諦めて次の作品を撮ったほうがいい」とも言われたそうだが、岡部監督は働き掛けを続けた。
その間、シッチェス・カタロニア国際映画祭やKINOTAYO映画祭などに招待されて評価をますます高め、2017年のカナザワ映画祭から半年ほどで配給会社が決まる。2018年のカリテ・ファンタスティック!シネマコレクションで喝采を浴びたのを受け、ついに一般公開に至った。
脱ぐことや濡れ場には抵抗ありませんでした
映画冒頭からラブホテルでの彼氏との初めてのセックス、そして、挿入された局部を意図せず“歯”が噛み切って、血しぶきが噴き出すシーンを見せる主演女優が、撮影当時22歳だった前枝野乃加だ。
小学生の頃にSPEEDに憧れて地元・大阪でヴォーカル&ダンススクールに通っていたが、レッスンを受ける中で「私は向いてないと気づいて挫折しました(笑)」と言う。だが、「エンタテイメントに携わりたい」との気持ちは持ち続け、スカウトされて女優に。『歯まん』での主演は、岡部監督との面接を経て決まった。当時は大学を卒業する直前。
「周りの友だちが就職する中、私は役者の道を選びましたけど、『4月になって、みんなが会社に行くときに、自分は何をしているんだ?』という状況でした。女優として何とかしないと……という気持ちは大きかったです」
面接は渋谷の喫茶店で行われた。台本を読んで話をして、同席した俳優とその場で軽いエチュード。前枝は「いまだに監督がどこで私を見つけてくれたのか知りません(笑)」と言うが、岡部監督によれば「事務所のHPを見て連絡をしました」とのこと。
そして、面接での彼女について「エチュードで瞬時に感情を高めてボロボロ泣き出した後、ケロッとした顔で『あそこの歯ってどうするんですか?』と質問されたのが印象に残ってます」と話す。
主演に選んだポイントには「言ったことをすぐ体現してくれる器用さ。表情が多彩。高校生に見える」などを挙げる。さらに、「こう言ったら失礼ですが、『歯まん顔かな』と直感的に思ったのです。長い髪が美しくて危険。少女性も持ち合わせていたのが決め手でした」とも。
女優としては覚悟が必要な作品に思えるが、前枝は「脱ぐことや濡れ場には抵抗ありませんでした」とあっさり言う。
「当時のマネージャーさんと『今後マイナスになるならやるべきでない』と話しましたけど、岡部監督の作品への真剣な想いは伝わってましたから。口数は多くない方ですが、『歯まん』というタイトルを『決定ですか?』と聞いたら『変えません』と言われて、不器用でも強い意志を感じました。逆に、きれいな言葉で旨いことを言う人だったら、私は乗らなかったかもしれません」
撮影に入ると、前枝は初の映画で濡れ場を演じ切ったことも含め、岡部監督を「とても度胸がある」と唸らせる。
「現場で本番になって、いきなり脱ぐと恥ずかしいじゃないですか。だから待っている間も全裸でいたら、怒られました(笑)」
過密な撮影で悩む暇もなかったからできたのかも
とはいえ、『歯まん』では、ただ濡れ場があるわけではない。彼女が演じた遥香は、自分の性器が男性の局部を食いちぎり、殺してしまうことにおののき悩み、それを誰にも言えない不安と孤独で蝕まれていく。さらに性的暴行を受けて、相手を死なせることと二重の恐怖に泣き叫ぶ場面があったりと、観ていて胸が痛くなるところも多いのだが……。
「撮影は10日間くらいの過密スケジュールで大変でしたけど、悩んでいる暇もなかったのは良かったと思います。振り返ると、余裕があったら撮れなかったかもしれないシーンもありました」
「中でも、八百屋のオヤジとの(暴行)シーンは思った以上に辛くて、撮り終わった後も涙が止まりませんでした。体にも生傷ができて、口が切れて血が付いていたり。演じられた宇野祥平さんが『大丈夫?』と声を掛けてくれたんですけど、怖くて直視できなくて。大先輩にちゃんとご挨拶できないままで、申し訳なかったです(笑)」
「だけど、撮る前に私からも『思い切りやってください』とお願いしました。宇野さんに手加減されたら、私もあのリアクションはできなかったと思います。作ったものは画面を通してバレるじゃないですか。生々しいシーンだからこそ、作らずにその瞬間の感情を出したほうがいいと思いました」
撮影中、岡部監督は前枝からたびたび「性器に歯がある子の気持ちがわからない」「人を殺した気持ちがわからない」と聞かれたそう。「でも、『こんな状況を想像してみて』と要求すると、シーンによって全然違う表情を見せてくれました」と言う。
また、「根が明るいから、鬱屈したシーンを撮影しても気が滅入らない」と称賛を惜しまない。そのネアカぶりは、遥香を演じるうえで大きかったようだ。
「私は役を引きずるタイプではないです。さっき言ったシーンでも、その後にまだ撮影があったし、役にずっと入っているとできないから、その都度切り替えるようにしています。待っている間は、(遥香が惹かれていく)裕介役の小島祐輔さんとしょうもない話をしてました(笑)」
「ただ、最後に撮ったのが序盤のラブホテルから逃げるシーンで、真冬に雨を降らせてビショ濡れになりながら、ロケなのでシャワーをすぐ浴びることもできず、そのまま車に乗ったのは体的に辛かったです(笑)」
悲しみと快感…自分があんな表情をしていたとは
殺したいほど人を愛する。殺されても良いと思うほど人を愛する。命がけでSEXする。そんな狂気のラブストーリー……。岡部監督がそう称する『歯まん』。前枝も完成披露試写会で「愛している人に殺されたい感覚はわかる」と発言した。
「撮っていたときは遥香のことで精いっぱい。今になって作品を客観的に観たら、そういう感情もあるかなと。『死んでもいいから』と言われるような愛には、なかなか出会えないでしょうけど」
鮮烈なラストシーンでは、岡部監督が遥香の表情に特にこだわりを持ち、「カットを長くして、遥香の呼吸を感じて同じ時間を共有して、感情移入してもらえるように編集しました」と語る。その遥香=前枝の表情は脳裏に強く焼き付く。
「悲しみと振り切った快感。表裏一体で両極端な感情がマックスになった状態だと思っていました。完成した映画を自分で観て、『私はこんな表情をしていたのか!』とビックリしました」
6年越しの劇場公開に、岡部監督と同様、感慨は深い。
「自主制作で撮影段階では劇場公開できるかわからなかったので、『やっと……』という気持ちです。ゆうばり映画祭のときは感想を聞くのも怖かったけど、今は純粋に聞いてみたくて」
「ただ、万人受けする作品ではないので。人それぞれの受け止め方があるのは、いいことだと思います。すべての人が手放しで評価すると『どうなの?』と思っちゃうときもあるので(笑)」
ちなみに、彼女は所属していた事務所が2016年に倒産し、他からの誘いもありながら、現在はフリーランスで活動している。
「急な倒産で、ビジネス的なことを何も知らないまま、ほっぽり出されて(笑)、『請求書って何? メールってどう書くの?』というところから勉強しました。今後は『ご縁があれば』としか言えないですね。信用問題もありますし、事務所に入ったほうがやりやすいとは思いますけど、私はマイペースなので(笑)」
岡部監督の言う根の明るさと、役者としての芯の強さを感じさせる前枝野乃加。観るうえで好きな映画には『バック・トゥ・ザ・フューチャー』や『スター・ウォーズ』を挙げて「派手でわかりやすいエンタテイメントで何回観ても面白い」と言う。
『歯まん』とは真逆の路線だが、邦画では岩井俊二監督のファン。「『スワロウテイル』でも『花とアリス』でも、人間の心情が丁寧に描かれているのに惹かれます」とのこと。
この『歯まん』をきっかけに彼女への注目が高まりそうだが、自身は今後、どんな作品に出演していくのだろうか?
「偉そうなことは言えませんけど、もうアラサーですし(笑)、若い頃のように『売れるためなら』みたいなことは考えなくなりました。メジャーでもインディーズでも、作品への熱意のある方たちが集まった現場にいたいです」
前枝野乃加(まえだ・ののか)
1990年7月2日生まれ、大阪府出身。2009年より女優活動を開始し、2014年より舞台『人狼 ザ・ライブプレイングシアター』にレギュラー出演中。その他の主な出演作は、舞台『下天の華』、『オレンジノート』、『WAR→P! to ロードス島戦記』、鳴ル銅鑼「独立宣言」MVなど。映画『歯まん』で初主演。
『歯まん』
監督・脚本/岡部哲也
配給/アルゴ・ピクチャーズ
3月2日(土)よりアップリンク渋谷ほか全国順次上映