五輪出場は通過点、超攻撃的カーリングで平昌のメダルを狙うSC軽井沢クラブの挑戦
20年ぶりの五輪出場
2017年4月5日。日本の男子カーリング界にとって、20年ぶりの歓喜の瞬間が訪れた。カナダ・エドモントンで開催された世界選手権。日本代表のSC軽井沢クラブが、ラウンドロビン5日目の日程を消化した時点で来年の平昌五輪の出場権を獲得したのだ。
待ってましたとばかり、現地に駆けつけた通信社や新聞社はこぞって速報を打った。
「カーリング、日本男子が五輪出場権獲得」(共同通信)
「日本男子の五輪出場決定=長野大会以来20年ぶり」(時事通信)
「男子カーリング、五輪出場権獲得長野以来、自力は初」(朝日新聞)
「カーリング男子、2度目の五輪決める…長野以来」(読売新聞)
SC軽井沢クラブの面々のスマホやSNSには、日本から数10件のお祝いメッセージが届いたという。地元軽井沢の駅前では、信濃毎日新聞が刷った号外が舞った。ホッケー、女子カーリングに続き、3組目の平昌五輪出場権獲得を、日本中が喜んだ。
素直に喜べない事情
しかし、選手本人たちの口は決して滑らかとは言えなかった。07年のチーム結成時から宿願だったはずの五輪出場。だが、平昌行きが決まった予選5日目にはカナダに2-10で完敗、翌6日目のラウンドロビン(※1)最終日にもスイスと中国に連敗を喫した。通算成績は5勝6敗と負け越し、最終順位も昨大会の4位を下回る7位で大会を去ることになってしまったからだ。
(※1 ラウンドロビン 総当たりのリーグ戦。上位4チームが決勝トーナメントに出場する方式で、五輪や日本選手権と共通。)
そもそもSC軽井沢クラブのメンバーは、カナダへの渡航前から「五輪出場権は最低限の義務」「平昌を狙っているわけではなく、狙っているのはあくまで世界選手権での表彰台」「去年以上の成績を残した結果、五輪が決まればいい」などと公言していた経緯がある。
五輪出場よりも、カーリング男子代表として世界大会で初のメダルを狙う――そのためにピークをこの4月に持ってきたはずだった。それでも7位。順位に選手たちが納得していないのは明らかだった。
平昌出場が確定した直後、スキップ(※2)の両角友佑が「もっと(喜びが)込み上げてくると思っていたけれど、あんまり実感がない」という率直な感想を漏らしたのもそのあたりに理由があるのだろう。
(※2 スキップ 作戦面でチームの指揮を執る司令塔。カーリングはスキップの名前がチーム名として呼ばれる。)
「下手クソなんです」
もちろん、五輪行き決定が嬉しくないわけではない。平昌に向けてポジティブなコメントを求められると、「歴史を作ったチームの一員でいることは誇らしい」(リード(※3)の両角公佑)、「ソチ五輪からの4年間で積み重ねてきたことがつながったと思う」(サードの清水徹郎)といった具合に語ってくれた。
(※3 リード 1番目に投げる選手。セカンドは2番手、サードは3番手。)
しかし、続けて出た言葉は、歓喜や安堵よりも反省や悔悛が強く響くものだった。「同時に課題もたくさん見つかった。(7位は)実力通りですし、負け越している。下手クソなんです。カーリングが上手いチームになりたい」(両角公)、「まだまだ単純に実力が足りない」(清水)。
ただ、順位や数字に表れない収穫や手応えもあった。
「両角(友)の指示通りのウェイト(※4)で投げて決めれば勝てるんだ、ということを今回、過去の世界戦よりも強く感じた」とは大会後のセカンド山口剛史の弁だ。
(※4 ウェイト ストーンの滑る速さのこと。)
攻撃的カーリングを貫く
SC軽井沢クラブはチーム結成以来、「攻撃的カーリング」を標榜してきた。失敗すれば大量失点を奪われるが、決まれば一気に優位に立てるハイリスク・ハイリターンのショットを好み、スリルに満ちたゲームを目指している。
SC軽井沢クラブ発足時の国内のカーリングは、どちらかといえば保守的な戦術が主流で、まずは相手の危険なストーンを除去することが優先されていた。両角友は「そういう地に足をつけたカーリングもあるし、それを否定するわけでは一切、ないけれど」と前置きをした上で、「僕らにそれは向いていない。チーム結成以来、毎シーズンのカナダ遠征で体感した強いチームのカーリングは、ショットが決まればお客さんも湧くし、チームは大きなメリットを得る。そういうものでした」と強調する。
相手の危険なストーンはいたずらにテイク(※5)せず、時には恐れずにタップ(※6)、あるいはフリーズ(※7)し、攻撃の足がかりに利用するケースが増えていった。その過程でミスがあれば大量失点に繋がり負けてしまう。特に日本選手権で3連覇を果たしながらも、アジアや世界で結果が出ず、五輪出場も逃した2010年バンクーバー前後は勝てないシーズンが続き、かなり悩んだという。
(※5 テイク 既にアイス上にあるストーンを狙って弾き出すショット。)
(※6 タップ 既にアイス上にあるストーンに当ててずらすショット。)
(※7 フリーズ 既にアイス上にあるストーンにぴったり寄せるショット。最も難易度が高い技術の1つとされる。)
山口が苦笑いで振り返ってくれたことがある。
「結果が出ていないのに攻撃的なスタイルを変えない。最初は両角(友)の戦術について『頭がおかしい』とまで思ってましたし、その頃は『どうせ決まらないんだろうな』という気持ちで難しいショットに挑んでました。もうちょっとリスクを減らしてもいいんじゃないか、そう提案したこともあります」
それでも両角は折れなかった。
「本当に徐々にですが、『決まったらチャンスだな』と考えるようになっていって、今は『決めたら気持ちいいだろうな』と想像しながら投げています。両角の『いやらしい』攻撃的戦術でなければ、世界では勝てないと思うようにもなりました」
見ていて面白いカーリング
両角友自身が意識しているかどうかは分からないが、彼と話しているといつも「見ていて面白いカーリングをしたい」という信念めいたものを感じる。彼の「見ていて面白いカーリング」とは、おそらく山口が言うところの「いやらしい」攻撃的戦術と合致するだろう。1投ごとに攻守が目まぐるしく入れ替わり、チャンスとピンチが表裏一体となったようなゲームだ。
今大会、アメリカ戦やスコットランド戦など、あと1歩で勝利を逃したゲームがあった。観戦した関係者やファンの中には「攻撃的も悪くないが、時には一歩引いてリスクを減らすことも必要なのでは」という声も散見された。
至極建設的な意見だったので、大敗したカナダ戦の夜、両角友にぶつけてみた。日本の司令塔は少し考えたあと、「アイスの状況や調子の良し悪しで作戦を変えたくない。最後に頼れるのは個人の技術だと信じています。今までもこれからも挑戦者でいたい」と、静かに語った。その足で、彼はナイトプラクティス(※8)のためにアイスに向かっていった。
(※8 ナイトプラクティス その日の競技終了後に、希望したチームがアイス上で練習すること。)
そのアイス上には各国の選手やスタッフの姿があったが、多くても各国3人までだ。ストーンのクセをチェックするのがナイトプラクティスの主な目的で、普通はコーチとフィフスの選手がその役割を担う。
しかし、日本だけは全員が参加し、短い時間で黙々とストーンを投げ込んでいた。SC軽井沢クラブの目指してきた攻撃的カーリングの土台を支える、個人の技術をさらに磨くためだ。
今度は男子も主役に
「僕のゴールは男子カーリングをメジャースポーツにすること」とかねてから言い続けてきた山口。彼は大会中、「これだけ多くのメディアが来てくれて、ほとんどの試合で生放送があった。男子カーリングも変わってきた」と近年の変化を語ってくれた。かつては誰も注目していなかった、というのは言い過ぎかもしれないが、確かに実際に注目されるのは「カーリング娘」ばかりだった。
「男子? え、男子もカーリングやってるの?」と失礼な質問を受けた経験も一度や二度ではない。だが、そんな時代は過去のものとなりつつある。
だからこそ、この注目度やサポートを一過性のものにしないためにも、男子カーリングを高みに押し上げていく重責が今後のSC軽井沢クラブにはかかってくる。
「五輪で活躍して次の環境を作らないといけない」という両角佑の言葉は、日本代表としての自覚の現れだ。今大会で彼らは本当に多くのことを経験した。刻一刻と変化していく曲がるアイスへの苦慮、観衆が生む大歓声や緊張感への戸惑い、各選手が感じた個々の課題――。
それらを糧にして、また、両角友が「軽くいなされました。全然、本気を出してもらえなかった」と振り返ったカナダ戦の大敗、列強国に喫した5つの惜敗、その全てが平昌五輪での反攻の伏線となることを切に願う。
攻撃的カーリングを上回る、超攻撃的カーリングへ。彼らの新しい挑戦はもう始まっている。平昌五輪まで、残すはあと10カ月だ。
【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】