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フォルティウスのあの看板選手がカムバックして好調を維持、カーリング界に連綿と続く「母は強し!」

竹田聡一郎スポーツライター
アドヴィックス杯決勝でストーンを投げる吉村(C)北海道カーリングツアー2024

 吉村紗也香がアイスに帰ってきた。

 北海道カーリングツアー、稚内みどりチャレンジカップのフォルティウスの初戦は8月9日。妊娠、出産を経て対外的な実戦という意味では2023年元日の「ニューイヤーカーリング in 御代田」プレーオフ以来、585日ぶりだ。

 その復帰第一投から魅せた。ハウスの狭いところをタップで自石を押し複数得点の契機を作ると、続く2投目では「スピナー」と呼ばれるストーンに意図的に超過回転をかけて独特の軌道を生むショットにトライ。3点目とは惜しくもならなかったが、復帰2投で、技術の高さと勝負強さ、探究心と遊び心などなど、多くのものを詰め込むパフォーマンスで国内カーリング界屈指の千両役者っぷりを示した。

 試合後の取材で「復帰への不安はあったか?」と質問され、「不安も緊張感もありましたが、どちらかといえばカーリングがまたできるワクワクや嬉しさのほうが強かった」と笑顔を見せた。

 また、「自分の中で(精神的に)どっしりした」とも言う。確かにピンチを迎えた場面でも、そこに過度の緊張感や悲愴感はなく、ショット前に近江谷杏菜と小野寺佳歩のスイーパーとタッチを交わすルーティーンも加え、チームショットで局面を打開するエンドが増えた。

 バージョンアップを加えたフォルティウスは、この稚内みどりチャレンジカップを近江谷ー小野寺ー小谷優奈ー吉村という基本布陣で戦いながら小林未奈をリードバイスで起用するパターンも試しつつ、5戦全勝で決勝まで駒を進める。決勝では中部電力に競り負け準優勝に終わったが、吉村は決定力の高さとスキップワークが評価され、大会MVP「スポーツナビ賞」を受賞した。

男子は清水徹郎(コンサドーレ)がスポーツナビ賞を受賞、吉村と同じくフィニッシュの精度が評価された (C)北海道カーリングツアー2024
男子は清水徹郎(コンサドーレ)がスポーツナビ賞を受賞、吉村と同じくフィニッシュの精度が評価された (C)北海道カーリングツアー2024

 続く北海道ツアー第二戦のアドヴィックスカップでも吉村とフォルティウスは好調を継続。再び予選を全勝で通過すると、準決勝でロコ・ソラーレ、決勝では中部電力にリベンジする形で全勝優勝。「チームとして学びながら戦っていくシーズンになる」と今季について語っていたように、ここでも複数ポジションを試し2026年ミラノ・コルティナ五輪につながる重要なシーズンを占いながらも結果を出す、シーズンスタートとしては最高の滑り出しとなった。

 第三戦のアルゴグラフィックスカップでは中部電力と北海道銀行に惜敗し、クオリファイ(決勝トーナメント)には届かなかったが、北海道ツアーを通して「手応えのある3大会だった」と収穫を口にした。

アドヴィックスカップは今季初優勝。左から船山コーチ、近江谷、小野寺、小谷、吉村、小林  (C)北海道カーリングツアー
アドヴィックスカップは今季初優勝。左から船山コーチ、近江谷、小野寺、小谷、吉村、小林  (C)北海道カーリングツアー

 復帰に際して本人に不安や焦りがなかったわけではない。 

 昨年12月の男児出産後、まずはストレッチや体幹トレーニングでリハビリを始め、今年の2月には氷上トレーニングを開始。ホームリンクのどうぎんカーリングスタジアムが改修中で、雨竜郡にある妹背牛町に通いトレーニングを続ける春を過ごした。4月はオフアイスで基礎体力を取り戻し、5月は再びチームトレーニングに費やした。

「これまでは自分のペースでトレーニングができていたけれど(育児で)どうしても時間の使い方は限られてくる。(練習やトレーニングを)もっとやりたいけれど、できない。そういう焦りはあったかもしれませんが、チームに支えられてなんとかやってきました」

 吉村がそう感謝するのは、出産や育児の先輩である船山弓枝コーチや吉村の身体のケアを8年以上してきた松井浩二チームトレーナーだ。「限られた時間で、どれだけトレーニングの内容や鍛える箇所に意識を向けることができるか」というアドバイスを受け、時間よりも密度や濃度にこだわった。それがこの夏に実った。

 585日のブランクについて「(自分の)感覚についてはそこまで大きく違和感はなかったです」とデリバリーやリリースについてはクリアしながらも、「個人的にはウェイトコントロールが課題です。投げたいウェイトをでしっかり投げられるように」と自身に難しい宿題を課した。

 それにも理由がある。

 昨季、産休でチームを離れていた間、小谷にはスキップとフィニッシュが、小林にはリードとハウスマネジメントというタスクがそれぞれ任せられた。そのタスクが彼女らを成長させ、同時に母となる吉村には出産への安心感と、選手としてはいい意味での危機感も与えた。

「戻ってもポジションがあるわけではない」

 これも彼女が復帰初戦後に語っていたことだ。昨季、エース不在でもチームYoshimuraはツアー大会で3度の優勝を含む出場13大会中12大会でクオリファイを果たし、世界ランキング20位以内を堅持する。グランドスラム出場まで視野に入る好位置だ。吉村の産休をマイナスではなく強化の契機と捉えたチームの成功でもあり、小谷と小林は推進力となった。

 その「頼もしくなった」「心強い」と吉村が賛辞を送ったチームメイトと共にまずは北海道ツアーで1勝を挙げ、9月上旬に彼女自身2年ぶりとなるカナダ遠征に発った。愛息とはまたしばしのお別れだが、「家族と離れて好きなカーリングをやらせてもらっていることで、結果を出すことに自覚が強くなった」と自覚は十分だ。カナダ遠征初戦となったオンタリオ州での「Stu Sells Oakville Tankard」では、イタリア代表チームに快勝するなど健闘したがベスト8に終わる。

 現在は同じくオンタリオ州の「AMJ Campbell Shorty Jenkins Classic」に参戦中で、国内外のライバル相手に研鑽を重ねている。大きな目標は来年2月に横浜市の横浜BUNTAIで開催される日本選手権での優勝。そして世界選手権(韓国・議政府)経由でのイタリア、ミラノ・コルティナダンペッツォ行きだ。

「負けたら終わり。勝つことに重きを置いてやっていきたい」と力強く言い放ち、「向かうべき道には乗っている」とも断言した吉村。船山弓枝コーチも、小笠原歩(日本カーリング協会理事)も、本橋麻里(一般社団法人ロコ・ソラーレ代表理事)も、母になってなお強さを求め、結果を出してきた。日本カーリング界に連綿と続く「母は強し」。彼女がそれを体現し続けるシーズンになれば、おのずと大願は近づいてくるはずだ。

スポーツライター

1979年神奈川県出身。2004年にフリーランスのライターとなりサッカーを中心にスポーツ全般の取材と執筆を重ね、著書には『BBB ビーサン!! 15万円ぽっちワールドフットボール観戦旅』『日々是蹴球』(講談社)がある。 カーリングは2010年バンクーバー五輪に挑む「チーム青森」をきっかけに、歴代の日本代表チームを追い、取材歴も10年を超えた。

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