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ロシアのプロパガンダに加担するスポーツ紙の「こたつ記事」

藤代裕之ジャーナリスト
ロシアのプロパガンダを担っているとされるメディアを情報源とした記事=筆者作成

情報戦が繰り広げられているロシアのウクライナ侵攻に対し、スポーツ新聞とポータルサイトが不確実情報の拡散に手を染めている。

「フェイク」メディアを情報源に記事化

中日新聞社が発行する「中日スポーツ」は、2月25日に「チェルノブイリ原発、再び放射能汚染の危機か ロシア軍が反応炉と核廃棄物の貯蔵施設を破壊、放射能レベル上昇の報道も」というタイトルの記事をヤフーに配信した。この記事は、イギリスの「デイリー・メール」などを情報源としている。「デイリー・メール」は、センセーショナルな報道を行うタブロイド紙で、信頼性が低いことで知られる。英語版Wikipediaのソースとして「非推奨」となった最初のメディアだ。

3月11日には「米国がウクライナで「日本の731部隊似」の研究 露通信社報じる」というタイトルの記事をヤフーに配信した。この記事は、ロシアの政府系メディア「スプートニク」を情報源としている。「スプートニク」は、2017年のフランス大統領選挙でフェイクニュースを拡散していると指摘されており、フェイクニュースや陰謀論によりロシアのプロパガンダを担っているとされる。2月末にはEUが禁止措置を講じ、GoogleはEU域内の検索結果から「スプートニク」のコンテンツを削除している。

中日スポーツの記事は、取材による新たな情報がないまま「スプートニク」の記事内容をそのまま掲載している「こたつ記事」だ。EUで禁止措置を講じているといった読者に注意を促す情報も書かれておらず、ロシアのプロパガンダに加担していると批判されても仕方がないだろう。

偽情報をニュース化させないことが重要

ニュースを作る過程こそが情報戦に狙われやすい。フェイクニュース研究の調査で訪問したバルト三国のリトアニア国防省で聞いた、ロシアの情報戦事例を紹介する。

軍事演習「Saber Strike 2018」で、装甲車の事故があり兵士が負傷した。すぐさま、NATOの演習で子供が亡くなった、という正体不明のサイトが立ち上がり、偽情報がソーシャルメディアで拡散した=下記写真。対策のポイントは、この偽情報を主要メディアのニュースにしないようにすることだ。

リトアニア国防省から紹介された情報戦の事例。事実をもとに偽情報を作り出す=筆者作成
リトアニア国防省から紹介された情報戦の事例。事実をもとに偽情報を作り出す=筆者作成

演習はメディアの注目も高く、事故があれば警察や軍に取材する。その時に、偽情報をメディアが速報すると騒ぎは大きくなり「事実化」する可能性がある。これがロシアの狙いだ。そこでリトアニア国防省は、フェイクニュースを確認すると関係各国に連絡し、警戒を呼びかけた。

参考(PDF):藤代裕之「欧州民主主義国家を襲うフェイクニュースの脅威」『外交』2019年54号 http://www.gaiko-web.jp/test/wp-content/uploads/2019/04/4-4p40-43.pdf

「こたつ記事」の見直しが急務

ニュースを作る過程が危険なのは国内も同様であり、編著『フェイクニュースの生態系』で指摘した通りだ。中でも、正確性よりも早く、手軽にページビューを稼ぐことができる「こたつ記事」の問題が大きいことは、書籍だけでなく新聞協会の会合や「Disinformation対策フォーラム」でも指摘しているが、改善される気配はない。

だが、今回のケースでその危険性ははっきりした。「こたつ記事」は情報戦に脆弱であり、社会的な混乱を助長している。3月11日の記事は14日午前中に中日スポーツとヤフーから削除されたが、一度ネットに情報が拡散すれば修正は困難である(だからこそロシアは偽情報を仕込む)。

メディア各社やヤフーは、フェイクニュース対策コンテンツを制作しているが、その前に自らが不確実な情報を拡散しないようにするのが先だ。特に危険性の高い「こたつ記事」の見直しは急務である。

中日スポーツは「デジタル部門の記者とデスクが、ロシア政府系プロパガンダメディアとして認識できておらずネット配信してしまったのが経緯です。公開後、自社の外報部門などから当該記事の公開は検討した方がよいとの指摘を受け、「スプートニク」がどういうメディアなのかという言及も記事になかったことも考え、記事公開を取り消しすべきと判断しました。報道引用に関しては、ウクライナ問題をはじめ深刻な事案では特に、海外メディアの報道内容を取り上げる時には複数のソースにあたるなどして記者がまず事実確認することを原則とし、デスクがチェックしての配信を徹底するよう指示しました」と回答した。

参考:メディアやポータルサイトが不確実情報やプロパガンダを拡散している中で、個人のメディア・リテラシーを強調することはフェイクニュースの危険性を高めるだけだ。藤代裕之「ウクライナ危機とメディア・リテラシーの逆効果」

https://news.yahoo.co.jp/byline/fujisiro/20220225-00283875

(23日)中日スポーツからの回答を追記しました。

ジャーナリスト

徳島新聞社で記者として、司法・警察、地方自治などを取材。NTTレゾナントで新サービス立ち上げや研究開発支援担当を経て、法政大学社会学部メディア社会学科。同大学院社会学研究科長。日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)代表運営委員。ソーシャルメディアによって変化する、メディアやジャーナリズムを取材、研究しています。著書に『フェイクニュースの生態系』『ネットメディア覇権戦争 偽ニュースはなぜ生まれたか』など。

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