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世界大会「ワールド チョコレート マスターズ2022」日本代表がクラウドファンディングで目指すのは

平岩理緒スイーツジャーナリスト
8/1より募集開始(画像提供:株式会社パティスリーカルヴァ)

10月開催の世界最高峰のコンクール「ワールド チョコレート マスターズ2022」に挑む日本代表選手とは?

「ワールド チョコレート マスターズ2022」に出場する各国の代表選手達(画像提供:バリーカレボージャパン株式会社)
「ワールド チョコレート マスターズ2022」に出場する各国の代表選手達(画像提供:バリーカレボージャパン株式会社)

「ワールド チョコレート マスターズ(WORLD CHOCOLATE MASTERS)」とは、スイス・チューリッヒに本拠をおく世界最大手の業務用チョコレートメーカー「バリーカレボー(Barry Callebaut)」社、その中のグローバルプレミアムブランド「カカオバリー」が主催する、世界最高峰のチョコレートのコンクールの1つだ。

次回のワールドファイナルは、2022年10月29日~31日の3日間、フランス・パリで開催。舞台となるのは、毎年約12万人の来場人数があり、日本からも熱心なチョコレートファンや百貨店の菓子バイヤーらが訪れる世界最大級のチョコレートの祭典「SALON DU CHOCOLAT(サロン・デュ・ショコラ)」内の特設会場だ。

2021年8月に開催された国内予選大会を経て日本代表に選出されたのは、神奈川県鎌倉市の「パティスリー カルヴァ」オーナーシェフの田中二朗(たなかじろう)氏。1979年生まれで、「東京プリンスホテル」「パティスリー アテスウェイ」を経てフランスで修業し、2009年に地元・大船に「パティスリー カルヴァ」をオープンした。2017年には北鎌倉に「ショコラトリー カルヴァ 北鎌倉 門前」をオープン。2021年7月には、チョコレート専門店の2店舗目となる「ショコラトリー カルヴァ FOOD&TIME 伊勢丹 大船店」を大船駅直結の商業施設「GRAND SHIP」内にオープンしている。

大船駅から徒歩3-4分の場所にある「パティスリー カルヴァ」は、パン職人である兄の「ブーランジュリー カルヴァ」と共に2009年にオープンした(筆者撮影)
大船駅から徒歩3-4分の場所にある「パティスリー カルヴァ」は、パン職人である兄の「ブーランジュリー カルヴァ」と共に2009年にオープンした(筆者撮影)

日本人代表選手は「ワールド チョコレート マスターズ」第1回から出場していて、2007年・2009年の優勝も含め、日本のチョコレート職人の技術力の高さを世界に示してきた。

そんな歴代選手達も、今回の国内予選の審査に携わっていて、田中氏の実力を改めて高く評価する。

2021年8月に開催された国内予選に挑む田中氏(画像提供:一般社団法人 日本洋菓子協会連合会)
2021年8月に開催された国内予選に挑む田中氏(画像提供:一般社団法人 日本洋菓子協会連合会)

国内予選にも、本戦と共通の「#TMRW_TASTES_LOOKS_FEELS_LIKE」(TMRW=TOMORROW)、つまり「明日」というテーマが与えられていたが、これに向き合った田中氏の作品は、世界の人々が心身共に「美味しい」と感じられるチョコレートを、「Delicious(デリシャス)」と「Elegant(エレガント)」を掛け合わせた「deligant(デリガント)」という新しい言葉で表現。テーマの解釈の深さと卓越した技術、現代のフードロスや多様性社会への配慮など、細部まで行き届いたパフォーマンスを発揮した。

国内予選での田中氏のチョコレート細工作品(画像提供:一般社団法人 日本洋菓子協会連合会)
国内予選での田中氏のチョコレート細工作品(画像提供:一般社団法人 日本洋菓子協会連合会)

今後、クラウドファンディングのプロジェクトページでも、歴代選手達へのインタビュー動画を順次公開予定だ(画像提供:ワールド チョコレート マスターズ日本運営委員会)
今後、クラウドファンディングのプロジェクトページでも、歴代選手達へのインタビュー動画を順次公開予定だ(画像提供:ワールド チョコレート マスターズ日本運営委員会)

==「優勝できるとしたら、今、日本には二朗しかいない。」(2007年第2回出場・優勝「洋菓子マウンテン」オーナー 水野直己氏談)

==「ダントツです。時空がちがう所にいた。」(2005年第1回出場・3位「アステリスク」オーナー 和泉光一氏談)

このように期待の高まる中、大きな課題として浮かび上がってくるのが、大会準備や渡航などにかかる膨大な費用である。

スポンサーへの依頼とクラウドファンディングの実施、その奥に秘められた思い

そもそも歴代の出場選手達は、世界コンクールにかかる費用をどのようにしてきたか、といった話は後章に譲り、まずは2022年8月1日から、クラウドファンディングのポータルサイト「CAMPFIRE(キャンプファイヤー)」でスタートした「ショコラティエ世界大会優勝への挑戦」プロジェクトについて、なぜ実施することにしたのか、このプロジェクトを通じて何を目指すのかという話を、田中氏に伺った。

「ショコラティエ世界大会優勝への挑戦」プロジェクト はこちら。

「ショコラトリー カルヴァ」で販売中の「ワールドチョコレートマスターズ “CALVAスペシャルエディション”」(10個入税込5400円)(画像提供:田中二朗氏)
「ショコラトリー カルヴァ」で販売中の「ワールドチョコレートマスターズ “CALVAスペシャルエディション”」(10個入税込5400円)(画像提供:田中二朗氏)

その前段として、「ショコラトリー カルヴァ」では、2022年2月に、「ワールドチョコレートマスターズ ”CALVAスペシャルエディション”」というボンボンショコラ10個入箱のセットを発売。

パッケージには、ファイナリストのみが使用できる「WORLD CHOCOLATE MASTERS」の公式ロゴと「CALVA」のロゴをデザインした帯を使用。商品代金の一部を、ワールドファイナル出場のための応援金にすると謳い、現在も店舗およびオンラインショップで販売している。

「ワールド チョコレート マスターズ2022」協賛企業の1つ「中沢乳業」は、2022年6月より大会ロゴと田中二朗氏が教えるオリジナルレシピ動画へのリンクQRコードを掲載した生クリームを発売(筆者撮影)
「ワールド チョコレート マスターズ2022」協賛企業の1つ「中沢乳業」は、2022年6月より大会ロゴと田中二朗氏が教えるオリジナルレシピ動画へのリンクQRコードを掲載した生クリームを発売(筆者撮影)

田中氏は、これまでにも何度か、日本代表として世界コンクールへの出場を経験してきた。その際に直面したのは、やはり、準備や渡航、荷物の空輸などの費用をどう工面するかという課題だった。その中で、スポンサー企業に無理な負担を強いるのではなく、応援してメリットがあったと喜んでもらえるよう、お互いにWin-Winとなるようなやり方はないかとずっと考えてきたという。

それには、このようなコンクールの話題が業界内でしか伝わらないというのではなく、もっと広く一般の方々にも知っていただき、メディアも巻き込んでいく必要があると悟ったという。

そんな思いが形になった1つが、2022年6月、「中沢乳業」から発売された「中沢フレッシュクリーム36%」だった。協賛企業の1つである「中沢乳業」の社長に、「ワールド チョコレート マスターズ」の認知をもっと広めるために、量販店向けの商品に、大会ロゴや概要などの広告を掲載してほしいと依頼したそうだ。「中沢乳業」としても初の試みだったが、快諾してもらい、すぐに商品化してもらったという。掲載されているQRコードの1つは、「ワールド チョコレート マスターズ」に関する説明ページにリンクし、もう1つは、田中氏によるこの企画のためのオリジナルチョコレート菓子のレシピ動画にリンクしている。

「スポンサー企業も、製菓業界の内部だけで募るというのではなく、それこそ自動車メーカーとか、他業種の方々にもこの大会について伝えていきたい。」という田中氏。大会で手掛ける作品のことだけではなく、この大会への関わりを、菓子業界や社会にどのように還元していくか、ということにまで思いを馳せる、ますます多忙な日々だ。

2021年7月にオープンした「ショコラトリー カルヴァ FOOD&TIME 伊勢丹 大船店」のショーケース。抹茶、ほうじ茶、柚子、日本酒、紫蘇など和の素材使用のボンボンショコラも多い。(筆者撮影)
2021年7月にオープンした「ショコラトリー カルヴァ FOOD&TIME 伊勢丹 大船店」のショーケース。抹茶、ほうじ茶、柚子、日本酒、紫蘇など和の素材使用のボンボンショコラも多い。(筆者撮影)

さらに、「クラウドファンディング」については、国内予選で2021年8月に代表に選考された後、12月頃には既に実施しようと考えていたそうだ。

「実際、準備のために膨大な費用がかかるので、資金を集めるというのはもちろん大きな目的なのですが、もう1つ、『ワールド チョコレート マスターズ』について皆さんに知っていただきたいという目的があります。」と田中氏。

近年、注目度が高まり、大ヒット商品も生まれている「クラウドファンディング」の“応援購入”だが、募集期間が終わってもプロジェクトは実績としてそのまま残される。反響が大きく、随時、情報更新された活気のあるプロジェクトのページは、その後も長く、検索エンジンでもかなり上位ヒットすることが多い。

「ワールド チョコレート マスターズ」歴代選手としてはもちろん、様々な世界コンクールへの挑戦の中でも、私が把握する限り、これだけ本格的な活用は初の試みだが、今後、出場を目指す若い菓子職人達にとっても大いに参考となるだろう。

どのように伝えるか精査を重ねたという募集内容からも、真摯な思いが伝わってくる。

募集は9月15日まで。リターンの内容は、大会作品のチョコレートのフルコース体験や、チョコレートや店のお菓子を購入できるといったものはもちろん、製菓業界従事者や製菓学校の学生を対象に、1000円という手頃な価格で、田中氏のオンライン講演会に参加できるというものもある。この大会への出場を経て得られたものを、若いパティシエやショコラティエ達に還元し、後進を育てたいという気概の感じられるプロジェクトだ。「自分の成功例を見ることで、若い職人達が自分もやってみたい、と思うようになってくれたらいい。」と話す田中氏に、より多くの賛同者が得られることを願いたい。

世界大会にかかる膨大な費用をどのように捻出するか?

前回大会の「ワールド チョコレート マスターズ2018」ワールドファイナルで、日本代表の垣本晃宏氏が完成させたチョコレートの大型工芸作品(筆者撮影)
前回大会の「ワールド チョコレート マスターズ2018」ワールドファイナルで、日本代表の垣本晃宏氏が完成させたチョコレートの大型工芸作品(筆者撮影)

「ここ最近の大会では、選手に課せられた部門の複雑さなどで膨大な資金が必要なのは間違いなく、各国のレベルも確実に上がっています。」という水野直己氏は、2007年に選手として出場しただけでなく、前回の「ワールド チョコレート マスターズ2018」ワールドファイナルでは「アーティスティック部門審査員長」を務め、直近の審査状況も把握している。

パティシエの世界大会には、3人や2人といったチーム戦で闘われるものも幾つかあるが、「ワールド チョコレート マスターズ」は個人戦であるうえに、課題数が多い。2018年大会の時には、大型の工芸作品と小型のデザイン作品、トラベルケーキ、スナック、ボンボンショコラ、タブレット、フレッシュペストリー、さらにテーマに沿った英語でのプレゼンテーション動画と、準備しなくてはならないことが山ほどあり、しかも2日間の選考を通過した上位選手のみが3日目の最終課題に挑戦できるという厳しいシステム。数ある世界コンクールの中でも熾烈を極める内容だった。

大会の規模が格段に大きくなったターニングポイントは2015年の第6回からで、それ以前は2年に1度のコンクールだったが、これ以降は3年に1度の開催となった。この後、ホテルやメーカーなど企業に所属することなく、個人事業者として参加するのは、田中氏が初めてとなる。

2007年の大会で日本人として初優勝を飾った水野氏は、当時を振り返って、

「私が出場した頃の状況ですが、スポンサー企業から、私の渡航費、滞在費などを負担していただきましたが、道具、備品など準備にかかるものは全て自腹。助手なども無しで1人で渡仏しました。現地での事前準備や会場設営などは、スポンサー企業の方々につきっきりでサポートしていただきました。今では考えられないほどプライベートなチームの頃です。」と話す。

その次の大会以降、助手を連れていく流れになったという。現地で準備することも多く、遠く離れた日本からの渡航で、税関で荷物が止まって届かないとか、ロストバゲージといったトラブルもあり、やはり助手の存在は不可欠だ。

「ワールド チョコレート マスターズ2018」ワールドファイナルへの出場にも、多くの企業や歴代出場選手達、関係団体のサポートがあった(筆者撮影)
「ワールド チョコレート マスターズ2018」ワールドファイナルへの出場にも、多くの企業や歴代出場選手達、関係団体のサポートがあった(筆者撮影)

大会主催者からの費用面でのサポートはあるのだろうか?

「バリーカレボージャパン株式会社」が運営するプロ向けのテクニカルサポートセンター「チョコレートアカデミー東京」責任者であり、「ワールド チョコレート マスターズ」運営側として携わってきた尾形剛平氏に尋ねたところ、

「渡航費や荷物の発送料は、本人分はカカオバリーが負担するのですが、アシスタント分や、お店のスタッフなど応援団の渡航費などは自費で持ちます。また、型の作成や、プレゼンテーション動画を作成するためのデザイナー雇用費用、撮影など、多くの予算が必要となっています。これまでは各個人が資本家やスポンサーを募るか、所属企業が出資されて、会社の宣伝広告費として、原材料は開発経費として、海外渡航先などの交通費は出張経費などとして処理されてきたと察します。」という。

たとえば、選手がホテルに勤務していた場合、外資系ホテルであればフランスの系列ホテルと連携して、本人や助手の分も含めて宿泊を手配してもらえるなど、滞在費のサポートが得られる場合もあるが、「街の菓子店」のオーナーではそれもなかなか難しい。

また、宿泊以外でも、現地で作業できるような拠点を手配したり、メディアへのリリース発信や取材対応をしたりと、様々な事務作業が発生する。個人の選手が、店のスタッフ達が手伝ったとしても、日常営業の業務とも両立させながら全てこなすのには限界がある。

このような状況を踏まえ、2022年5月には「ワールド チョコレート マスターズ日本運営委員会」が設立された。日本人として初めて「ワールド チョコレート マスターズ」に出場し、最も長くこの大会に関わり、後進のサポートに尽くしてきた「アステリスク」(東京都渋谷区)オーナー和泉光一氏が代表を務め、前出の「洋菓子マウンテン」(福知山市)オーナー水野直己氏、「ラヴニュー」(神戸市)オーナー平井茂雄氏、「ショコラトリー ヒサシ」(京都市)オーナー小野林範氏ら歴代出場者が参加すると共に、「バリーカレボージャパン株式会社」「日仏商事株式会社」「一般社団法人 日本洋菓子協会連合会」「協同組合 全日本洋菓子工業会」がメンバーとなっている。

6月からは運営委員会による公式Instagram( @jp_wcm_official )も稼働し始め、「ワールド チョコレート マスターズ」の認知を広げるべく、この大会の見どころや、歴代選手や田中氏へのインタビュー、出場選手や審査員、協賛企業などの紹介を投稿している。このようなSNS投稿を通じて、より幅広い世代からの興味関心や、出場選手への声援が得られることに期待したい。

若手菓子職人対象のコンクールで審査員を務めるなど、後進の育成・サポートにも熱心な田中二朗氏(筆者撮影)
若手菓子職人対象のコンクールで審査員を務めるなど、後進の育成・サポートにも熱心な田中二朗氏(筆者撮影)

田中氏は、前回の「ワールド チョコレート マスターズ2018」国内予選にも参加し、僅差で2位という結果に。実はもう、その後にこの大会への出場を目指すつもりは無かったという。

しかし、そんな田中氏の気持ちを転換させた大きな出来事が2つあった。

1つは、親しかった友人を病気で亡くした時、たまたま店の焼き菓子が贈られていて、それを食べたいと望んでくれ、「やっぱり美味しいね」と笑顔を見せて最期を迎えたということを、ご家族からの連絡で知ったこと。「最後に彼女を笑顔にしてくれてありがとう」と言われ、日常作っている普段の菓子を、そのように人生の最期に食べてもらえるということがあり得るのだと、改めて感じたそうだ。

もう1つは、台風で被害を受けた被災地に菓子を贈った際、感謝のメールなどを受け取った一方で、後日、健康上の問題があって食べられなかった子供がいたことを知ったという出来事。「世界大会なんてやってきたくせに、子供1人を笑顔に出来なかった、ということが胸に刺さって悔やまれた。」という。

自分が作る菓子は、1人1人に合った美味しいものでありたい。それだけではなく、相手にとって必要なことに配慮された、エレガントに感じられるものにしたい。その思いが、まさに今回の大会テーマである「#TMRW(=TOMORROW)」とリンクしたという。だから再び、挑むことに決めた。

「今の時代は、SNSを使って大船から発信する、ということもできるけれど、自分は世界を巻き込みたい。優勝して、表彰台の一番上から“メイドインジャパン”の発信をするのとでは全く意味が違う。」と意気込む田中氏。クラウドファンディングやSNSを通じて、そして大会の時にはライブ映像を通じて多くの応援があれば、田中氏はもちろん、これから世界に羽ばたこうとしている若い世代の方々にとっても、何よりの励みとなることだろう。

スイーツジャーナリスト

マーケティング会社勤務を経て、製菓学校で菓子の基礎を学び、スイーツジャーナリストとして独立。月200種類以上の和洋菓子を食べ歩き、各種媒体で発信。商品開発コンサルティング、イベント企画や司会、製菓学校講師、コンテスト審査、スイーツによる地方活性化支援など幅広く活動。スイーツ情報サイト「幸せのケーキ共和国」主宰。「All About」スイーツガイド、「おとりよせネット」達人、日経新聞のランキング選者等も務める。著書『東京最高のパティスリー』(ぴあ)、『まんぷく東京レアもの絶品スイーツ』(KADOKAWA)、監修『厳選スイーツ手帖』『厳選ショコラ手帖』(共に世界文化社)等。

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