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日本人を対象にした「アイコス」分析の最新研究

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 英国の研究者が、加熱式タバコ(加熱式たばこ)や電子タバコなど複数のニコチン伝送システムの分析研究を比べたところ、ニコチン添加式電子タバコより加熱式タバコのほうが発がんリスクが高かったことがわかったという(※1)。これは先日、記事にしたが、評価した研究がフィリップ・モリス・インターナショナル(以下、PMI)のアイコス(IQOS)のプロトタイプで古いデータだった。

日本人を対象にした試験

 今年に入ってすぐ英国のオックスフォード大学出版が出している医学雑誌『Nicotine & Tobacco Research』オンライン版に、加熱式タバコに関する新たな論文(※2)が出たので紹介する。これも前述した研究が引用したものと同じPMIの研究グループ(別著者)によるものだが、日本人を調査対象にし、メンソールのシステム2.2(PMI製、以下、加熱式タバコ)について有害物質(harmful and potentially harmful constituents、HPHCs、※3)を測定した。

 治験は2013年8月から2014年7月にかけて東京で行われた。自己申告で紙巻きタバコのメンソール(ニコチン1ミリグラム以上、タール1〜5ミリグラム)を吸う日本人参加者(23〜65歳の男女)160人を対象に、加熱式タバコ群(78人、内2人脱落)、紙巻きタバコ群(42人、内1人脱落)、禁煙群(ベースライン日以降は禁煙、40人、内2人脱落)に無作為に振り分けて調べたという。

 参加者は全員1日19本までの喫煙者で、それぞれ自分のペースで吸ってもらった。加熱式タバコの成分は、メンソール2.62ミリグラム、ニコチン1.21ミリグラム、グリセリン3.94ミリグラム(いずれも1スティックあたり)でそれを最大350℃加熱した。また、紙巻きタバコ群が吸うのは、自分が普段吸っているメンソール系に限定している。

ニコチン量はむしろ多い

 これらの対象群の有害物質の数値をそれぞれベースライン日、5日目、90日目に測定した。ベースライン日の加熱式タバコ群、紙巻きタバコ群、禁煙群それぞれの喫煙本数は13.1±3.83、12.5±3.87、12.8±3.95だった。調査基準はカナダ保健省の機械喫煙法(HCI法)を使い、呼気と一酸化炭素と尿中のコチニン(ニコチンの代謝物で喫煙のバイオマーカー)の濃度を測定している。結果は以下のグラフに示す。

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加熱式タバコのデータと比べると発がん性のある4-(メチルニトロソアミノ)-1-(3-ピリジル)-1-ブタノンは禁煙群とほぼ同じ程度に下がっている。同じく発がん性のあるN-ニトロソノルニコチン、3-ヒドロキシプロピルメルカプツール酸はそれほどでもない。タバコ葉が燃焼して発生し、強い毒性を持つアクロレイン(acrolein)の尿中代謝物が3-ヒドロキシプロピルメルカプツール酸(3-hydroxypropylmercapturic acid、3-HPMA)だ。「Cr」はクレアチン濃度で尿サンプル中の量(gCr)を目安とした単位。Via:Frank Ludicke, et al., "Effects of Switching to the Tobacco Heating System 2.2 Menthol, Smoking Abstinence, or Continued Cigarette Smoking on Biomarkers of Exposure: A Randomized, Controlled, Open-Label, Multicenter Study in Sequential Confinement and Ambulatory Settings." Nicotine & Tobacco Research, 2018より引用改変

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一酸化炭素中毒などを引き起こす血中の一酸化炭素ヘモグロビン(carboxyhemoglobin)、閾値なしの発がん性が明かなo-トルイジン(o-Toluidine)の量は加熱式タバコで禁煙群とほぼ同じだが、ニコチンはむしろ紙巻きタバコ群よりも多くなっている。Via:Frank Ludicke, et al., "Effects of Switching to the Tobacco Heating System 2.2 Menthol, Smoking Abstinence, or Continued Cigarette Smoking on Biomarkers of Exposure: A Randomized, Controlled, Open-Label, Multicenter Study in Sequential Confinement and Ambulatory Settings." Nicotine & Tobacco Research, 2018より引用改変

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心血管疾患のリスクを高める血管の内皮機能不全の状態、酸化ストレス、血小板を集めてアテローム血栓性脳梗塞や虚血性心疾患などのリスクを高める血小板活性化因子(platelet-activating factor)も評価した。こちらのほうは、酸化ストレス以外、それほどの違いはなさそうだ。サンプル数が少ないせいかもしれないし、酸化ストレスなどは喫煙以外の要因が影響しているのかもしれない。Via:Frank Ludicke, et al., "Effects of Switching to the Tobacco Heating System 2.2 Menthol, Smoking Abstinence, or Continued Cigarette Smoking on Biomarkers of Exposure: A Randomized, Controlled, Open-Label, Multicenter Study in Sequential Confinement and Ambulatory Settings." Nicotine & Tobacco Research, 2018より引用改変

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組織の突然変異の割合から発がん性を評価するエームズ試験(Ames assay values)のデータ(中央値)もある。これもサンプル数が少ないせいか、データにばらつきが出ているようで、90日目の数値はどの群も最大値が高い。Via:Frank Ludicke, et al., "Effects of Switching to the Tobacco Heating System 2.2 Menthol, Smoking Abstinence, or Continued Cigarette Smoking on Biomarkers of Exposure: A Randomized, Controlled, Open-Label, Multicenter Study in Sequential Confinement and Ambulatory Settings." Nicotine & Tobacco Research, 2018より引用改変

 この論文では、もちろん数値は紙巻きタバコに比べれば低いが、いわれるほど加熱式タバコからの有害物質が少ないわけではないことがわかる。また、ホルムアルデヒド(メタノール)、ブタン、ヒ素、カドミウムなどの数値は出していない。

 さらに、物質名が紛らわしく、3-ヒドロキシプロピルメルカプツール酸がアクロレインの代謝物という説明もなく、逆にアクロレインの数値が低くなったというような表現もある。そもそもなぜメンソールで比較したのか、よくわからないが、そこに選択バイアスがなかったかどうか疑問も感じる。いずれにせよ、この論文はアイコスを作っているPMI所属の研究グループによるものということに注意したい。

※1:William E Stephens, "Comparing the cancer potencies of emissions from vapourised nicotine products including e-cigarettes with those of tobacco smoke." BMJ, Tobacco Control, Vol.27, Issue1, 2018

※2:Frank Ludicke, et al., "Effects of Switching to the Tobacco Heating System 2.2 Menthol, Smoking Abstinence, or Continued Cigarette Smoking on Biomarkers of Exposure: A Randomized, Controlled, Open-Label, Multicenter Study in Sequential Confinement and Ambulatory Settings." Nicotine & Tobacco Research, doi:10.1093/ntr/ntw287, 2018

※3:monohydroxybutenyl mercapturic acid (MHBMA), 3-hydroxypropylmercapturic acid (3-HPMA), S-phenylmercapturic acid (S-PMA), total 4[methylnitrosamino]-1-[3-pyridyl]-1-butanol (total NNAL), and carboxyhemoglobin (COHb). Secondary endpoints to assess exposure reduction to HPHCs were: total 1-hydroxypyrene (total 1-OHP), total N-nitrosonornicotine (NNN), 4-aminobiphenyl (4-ABP), 1-aminonaphthalene (1-NA), 2-aminonaphthalene (2-NA), o-toluidine, 2-cyanoethylmercapturic acid (CEMA), 2-hydroxyethyl mercapturic acid (HEMA), 3-hydroxybenzo(a)pyrene (3-OH-B[a]P), 3-hydroxy-1-methylpropylmercapturic

acid (3-HMPMA), and nicotine equivalents (NEQ).

※:この論文が出た『Nicotine & Tobacco Research』は、2016年のインパクトファクター4.609。

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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