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新型コロナ感染症:封じ込めに「メディアと受け手」はどう対処すべきか

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 マスクやトイレットペーパーなどの買い占めがなくならない。情報が錯綜し、混乱し、氾濫する中、既存メディアやネットメディアを含めたメディアの役割と受け手のリテラシーはますます重要になっている。

医薬・健康情報とメディアの役割

 メディアからの報道は、科学と大衆の情報ギャップを埋める重要なチャネルであり、政治行政などの意思決定者を含むほとんどの人は、科学に関する情報を主にまたは独占的にもメディアから入手している。

 だが、医薬・健康に関するジャーナリストは、医師や研究者など専門性の高い情報源に強く依存している(※1)。伝染性の感染症の大規模な拡大が社会にとっての共通の敵である場合、疫学や公衆衛生の専門知識は疑問視されない一方、受け手である大衆のヘルス・リテラシー・レベルは多様だし、メディア側の伝え方にも多くの課題がある(※2)。

 そのため、メディアからの科学情報について多くの議論が起きている。2004年にカナダの研究グループが新聞記事(627件)と査読済み論文(111件)を比較した研究(※3)は、新聞記事の約11%に誇張された内容がみられたものの、多くの科学報道は正確であると見なされると結論付けた。

 また、米国、ドイツ、フランス、英国、日本などの研究グループが、それぞれの国の科学者や研究者の側のメディアが報じる内容に対する満足度を調査したところ、彼らはほぼ伝えられる内容には満足していることがわかったという(※4)。ただ、日本の科学者や研究者は欧米に比べて否定的であり、またこれらの研究は紙媒体に対するものでインターネット・メディアに対するものではない。

報道の方向性とメディアの特性

 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19、以下、新型コロナ感染症)やインフルエンザのように伝染性の強いウイルス性の感染症では、発生を封じ込め、ウイルスへの曝露をより少なくするための適切な行動を大衆に周知させなければならない。

 そのため、政府や保健所などからの大衆に対する効果的なコミュニケーションは、パンデミック対策に欠かせない要素だ。こうした公衆衛生機関が出したプレスリリースをメディアがどう理解し、どういう表現で視聴者や読者に伝えるのかが重要になる。

 2013年に発表されたシンガポールにおけるインフルエンザ(H1N1)パンデミックのニュース報道が、シンガポール政府の公衆衛生機関からのプレスリリースをどう扱ったのかに関するフレーミング(Framing)分析研究(※5)では、メディアはプレスリリースには含まれていない恣意的で主観的な情報を加えがちということがわかった。

 この分析は従来、ニュース報道に従事するメディアがこうした情報を加えるのは無意識の行動だとしてきた主張とは反する。ようするに、行政の広報担当とメディアは、感情的にも功利的にも複雑な関係にあり、それがプレスリリースをもとにした報道の内容に微妙に影響を及ぼしていることになる。

 また、メディアはよりニュースバリューがあり、より視聴者や読者に注目され、見られたり読まれたりする報道に偏りがちだ。

 米国のボストン大学などの研究グループが2008年に出した論文(※6)によれば、報道の数が実際に社会に対する影響とは必ずしも正比例しないことがわかったという。

 この研究グループは、一般大衆にとって重要な情報源であるメディアの報道の強さと公衆衛生に対する実際のリスクとの関係を知るため、2003年の米国における急性・慢性の健康リスク(SARS、バイオテロリズム、西ナイル熱、AIDS、喫煙、運動不足)に関する報道の数と米国疾病予防管理センターが報告した死亡率との相関を調べた。

 その結果、報道の数は実際の死亡数と反比例し、2003年のSARSとバイオテロリズムの死者は1ダースより少なかったが、報道された数は10万を超えたという。この数は、100万人に近い死者を出している喫煙や運動不足に関する報道よりはるかに多かった。

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公衆衛生上の一般的な脅威に比べ、新しい健康リスクに関する情報はメディアで過剰に報道されていることがわかったという。Via:Larisa J. Bomlitz, Mayer Brezis, "Misrepresentation of health risks by mass media." Journal of Public Health, 2008

得られた情報をどう理解するか

 このように医薬・健康情報とメディアの関係については長い議論があるが、日々これだけ多種多様な情報が大量に繰り出されている状況で、最終的に求められるのは情報を個々人で判断できるリテラシーだろう。

 最近『THE LANCET』という医学雑誌に今回のCOVID-19に関してはSARSの時よりもさらにメディアの影響力が強くなっていて誇張された報道も増大しているという論考(※7)が出された。

 特にSNSなどのソーシャル・メディアでセンセーショナルな表現が目立ち、一部の研究者の発信がそれによって強化されて拡散しているとし、依然として謎の多い新型コロナウイルス(COVID-19)だが、発信側は予断を極力排した的確で正確かつ慎重な表現で情報を伝えることが重要であり、受け手の側は利益追求型の産業構造の中にいるというメディアの特性を理解しながら情報を理解することが必要とまとめている。

 これほど情報が玉石混交した中、どれを信用すればいいのか途方に暮れる人も多いだろう。情報の価値や意味を判断するのは、あくまで視聴者や読者だ。

 ということで、この記事では以下の情報を提供する。

 WHO(世界保健機関)は2020年3月3日の事務局長声明で、世界的に医療用手袋やマスク、ゴーグルなどが品薄になり、サージカルマスク(医療用マスク)は6倍、より防護性の高いN95マスクは3倍、医療用ガウンが2倍といった値段の高騰をみせているとした。

 WHOの推定では、新型コロナウイルス(COVID-19)に対応するために世界で1日当たり8900万枚の医療用マスクが必要になる。さらに今後、個人用防護具(Personal Protective Equipment、PPE)の供給を40%増やす必要があるとし、「医療従事者を守らずにCOVID-19を封じ込めることはできない」と述べた。

 さて、あなたはこの情報をどう理解し、どういう行動につなげていけばいいと考えるだろうか。

※1:Sooyoung Cho, "The Power of Public Relations in Media Relations: A National Survey of Health PR Practitioners." Journalism & Mass Communication Quarterly, doi.org/10.1177/107769900608300306, 2006

※2:Bev J. Holmes, "Communicating about emerging infectious disease: The importance of research." Health, Risk & Society, Vol.10, Issue4, 2008

※3:Tania M. Bubela, Timothy A. Caulfield, "Do the print media "hype" genetic research? A comparison of newspaper stories and peer-reviewed research papers." CMAJ, Vol.170, Issue9, 1399-1407, 2004

※4:Hans Peter Peters, et al., "Interactions with the Mass Media." Science, Vol.321, 204-205, 2008

※5:Seow Ting Lee, Iccha Basnyat, "From Press Release to News: Mapping the Framing of the 2009 H1N1 A Influenza Pandemic." Health Communication, Vol.28, 119-132, 2013

※6:Larisa J. Bomlitz, Mayer Brezis, "Misrepresentation of health risks by mass media." Journal of Public Health, Vol.30, No.2, 202-204, 2008

※7:Giuseppe Ippolito, et al., "Toning down the 2019-nCoV media hype─and restoring hope." THE LANCET, respiratory, Vol.8, doi.org/10.1016/ S2213-2600(19)30468-0, 2020

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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