観光客大国「中国」に振り回される国々~日本はどうする?
・中国政府のゼロコロナ政策転換
中国で起きたゼロコロナ対策への反発が、中国政府の方針を変更させ、結果として思わぬ影響を各国に与えつつある。
11月、中国では学生たちがゼロコロナ政策に反対するデモを繰り広げた。習近平体制への批判に繋がることから、中国政府は厳しい取り締まりを行い、ゼロコロナ政策を堅持するものと思いきや、突然、大きく方針転換した。
その背景にあるのは、ゼロコロナ政策による中国経済の大幅な落ち込みがあると考えられる。中国政府は12月7日に突如、ゼロコロナ政策の大幅緩和を発表した。感染者の強制隔離を中止し、無症状や軽症の場合は自宅隔離を認めたり、国内の移動の際の陰性証明を不要にしたりといった大幅な緩和が発表された。同様に香港でも、12月29日でほぼすべてのコロナ対策を解除すると発表された。
これらは、おおむね好感を持って受け入れられていた。筆者の知り合いで大手企業の中国駐在員は、「年明けには、日本と自由に行き来ができるようになり、経済活動も活発化しますよ」と連絡してきた。今や世界の消費大国となった中国の経済活動の再始動は、日本の経済界にとっても明るいニュースであったはずだ。
・感染爆発?情報がない
ところが、一方で急速に懸念が広がった。その理由は、中国国内での感染者数の急増だ。ゼロコロナ政策の緩和と同時に、中国国内での感染者数が急増し、その状況がマスコミやSNSなどで伝わるにしたがって、ゼロコロナ政策緩和への疑問が各国で広がっていった。
ゼロコロナ政策緩和を発表する直前の12月4日まで、中国政府はWHO(世界保健機構)に対して、コロナによる入院患者数を報告していたが、それ以降、報告をしなくなった。最後の報告となった12月4日の入院者数は約3万人で、過去3年間で最高の数字となっていた。こうした中国の感染状況についての公式情報が途絶えたのだ。
・中国から観光客があふれ出す
中国政府は、12月26日に海外から中国に入国する際の強制隔離を撤廃すると発表した。翌27日には、今度は、中国人の海外出国について2023年1月8日から申請手つきを再開することを発表し、事実上、中国人の海外旅行の全面再開が行われることとなった。
2023年の旧正月は、1月22日だ。中国では、長期休暇となり、コロナ禍前は多くの人が海外旅行に出かけていた。2023年1月8日から、海外旅行が自由化されれば、以前と同様に自由に海外旅行に行けるとあって、すでに中国では旅行の予約が殺到し、各航空会社も世界各地への運航再開をアピールしている。
・アメリカ政府は制限強化
中国政府の突然の方針転換は、各国を慌てさせた。コロナ禍が収束に向かっている状況であれば、さして問題はなかったのだろうが、中国国内での感染者数の増加が伝えられる一方で、中国政府による情報提供がなくなったために、各国の判断が分れている。
アメリカ疾病対策予防センター(CDC)は、12月28日に中国および香港・マカオからの入国者に対して、新たな制限を加えると発表した。こうした新たな制限を設ける理由として、「中国政府からの検査結果や症例報告やウイルスゲノム配列データの共有が充分になされていないため、今後、懸念される新しい亜種が発生した場合、その特定が遅れる可能性があるため」としている。
新たな制限は、厳しいものとなっており、2023年1月5日以降、中国を出発する国籍やワクチン接種の有無にかかわらず全ての航空旅客は、第三国を経由した場合や、アメリカを経由して第三国に行く場合も含め、出発時にアメリカ政府が認めたコロナ検査結果を航空会社に提示する必要があるというものだ。
その内容は、2023年1月5日からこれらの国と地域からアメリカに向かう航空便に搭乗する乗客に対して、コロナ検査の陰性証明書もしくは回復の証明書を入国条件に加えるというものだ。また、中国本土からの乗り換え利用者が多い仁川国際空港(韓国)、トロント・ピアソン国際空港(カナダ)、バンクーバー国際空港(カナダ)を経由して中国からアメリカに向かうに向かう旅客は、出発2日前までに過去10日間中国に滞在していた場合、やはり陰性証明書の提示が求められる。
・対応が分れた国々
こうした状況に対して、各国政府の対応は様々だ。フランス、タイ、スペイン、ポルトガル、インドネシアなどの国々の駐中国大使館や観光協会などは、SNSなどで中国人観光客の受け入れを歓迎するメッセージを発信するなどしている。インドネシアでは、ジョコ・ウィドド大統領は、マスコミに対して、中国での感染者増が、インドネシアを訪問する外国人観光客の感染増にはつながらないとの考えを表明している。
一方で、アメリカをはじめ、日本、マレーシア、フィリピン、インド、台湾などは、慎重な見方をしており、入国時の検査の義務付けなどに加え、新たな渡航制限を加えることを検討している。
・香港便休止に香港当局が反発
国土交通省は、12月27日に、中国からの航空便の国内受け入れ空港を羽田など4空港に限定し、その他の空港に香港からの直行便を運航している航空会社へ12月30日以降の運航取りやめを要請した。
ところが12月29日なって、国土交通省は方針を転換。乗客が搭乗前7日以内に中国本土に滞在していないことを条件に、運航を認めると発表した。
これは、すでに入国している観光客などの帰国に支障が生じるためという理由と、香港当局からの批判、さらには沖縄県の観光業界からの撤回要請などが影響していると見られる。
・シンガポールはコロナ医療費対応の保険加入が義務
シンガポール政府保健省は、28日に声明を発表し、「中国からの観光客に対しては、WHOの定義に基づくワクチン接種を完了していない場合には、出国前のコロナ検査を求めるという従来からの規則を継続する」とした。
さらに、シンガポールでは、観光旅行など短期滞在の場合は、コロナ関連の医療費に対応した保険への加入が入国の条件として義務付けられているのも、変更はない。
・コロナ禍前、医療費踏み倒しが社会問題になっていた
日本では、インバウンド客が急増した2018年頃から、日本の医療機関での外国人観光客の医療費の踏み倒しが社会問題となった。2019年に厚生労働省から発表された「医療機関における外国人患者の受入に関わる実態調査の結果」によると、外国人患者の受入れ実績のある1965病院のうち、372病院(18.9%)で外国人患者による未収金が発生していた。あくまで参考数値ではあるが、未収金総額では在留外国人が5,569万円(59%)、訪日外国人旅行者が3,609万円(38%)、医療渡航が213万円(2%)で、総額は約9,400万円に上っていた。
コロナ禍以前の段階で、訪日観光客の旅行保険の加入率は約7割だった。逆を言えば、約3割は保険に未加入の状態で日本にやってきていることになる。
留学生たちに話を聞いても、中国で充分な医療が受けられなかったり、非常に高額だからという理由で日本を訪れ、本来日本人向けであるはずの医療補助制度等を悪用するケースも多いようだ。中国国内で、コロナ感染者が急増している中で、それでもインバウンド客を受け入れるというのであれば、「旅行保険を勧奨する」などいう生ぬるいことではなく、シンガポールのように入国の条件に旅行保険加入を義務付けるべきではないだろうか。
・インバウンド客受け入れ再開の準備はできているのか?
観光業界が世界最大の観光客送り出し国である中国からの観光客の再来を渇望するのは、理解できる。
しかし、ポストコロナの時代は、コロナ以前に戻るのではない。旅行保険の義務化一つをとってみても、本当にインバウンド客受け入れ再開の準備ができているのだろうか。ここで失敗すれば、次はないだろう。インバウンド客再開に向けては、観光業界だけではなく、広く議論し、慎重に行動することが求められている。