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大規模災害でも医療を持続し一人でも多くの命を救いたい

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
(写真:イメージマート)

心配される大規模地震

 海溝型地震の南海トラフ地震や千島海溝沿いの地震、首都直下地震の発生が心配されています。国では被害想定に基づいた地震対策が進められており、中でも西日本が広域に被災する南海トラフ地震では、甚大な被害が想定されています。最大クラスの南海トラフ地震が起きた場合には最悪32万3千人の死者と62万3千人の負傷者、238万6千棟の全壊・焼失家屋が発生すると予測されています。

 万一このような被害が出ると、被災地では医療資源が圧倒的に不足し、処置ができない患者の数が膨大になります。このため、普段なら救える命が救えなくなる事態になります。想定では、7万人を超える重症・中等症患者が処置できずに残るとされています。一人でも多くの命を救うためには、被災地の医療機能を確実に継続することが何より必要です。

 また、災害拠点病院などの支援のために、全国各地からDMAT(災害派遣医療チーム Disaster Medical Assistance Team)などの医療チームが被災地に派遣されますが、人数が圧倒的に不足します。病院機能が停止すると、支援することすらできません。このため平時から病院の災害対策を進めておくことが必要になります。

災害拠点病院の被災をイメージする

 南海トラフ地震の被災地では、強い揺れが広域に襲います。病院の耐震改修が進んだとは言え、現時点での耐震化率は78.7%(令和3年厚生労働省)で、住宅の耐震化率87%(平成30年国土交通省)を下回っています。また、耐震改修の主目的は命を守ることで、機能を維持することまでは保証していません。構造的な損壊、設備や内装材の損傷によって、病院の継続使用が困難になる可能性があります。そうすると、病院避難が必要になりますが、避難には、受け入れ病院の確保に加え、防災な人的・輸送資源が必要になります。免震構造の採用など、強い揺れに見舞われても、病院機能を維持できるような対策が不可欠です。

 揺れに加えて、液状化、土砂災害、津波浸水などの心配もあります。液状化すれば上下水道や都市ガスなどのライフラインが途絶します。土砂災害で道路閉塞が起きれば、病院は孤立します。津波危険度の高い場所や海抜0m地帯では浸水の可能性もあります。残念ながら、災害拠点病院の多くが、地震危険度の高い場所に立地しています。万が一病院が孤立しても、籠城して入院患者への対応が継続する必要があります。重要機器の浸水対策や、医薬品・医療材料・試薬の備蓄などを進めておくことが必要です。

災害医療を支えるライフラインと物流の脆さ

 昨年発生した明治用水頭首工の漏水や、電力のひっ迫、通信障害などを見ると、ライフラインも万全ではないことが分かります。南海トラフ地震発生時には、ライフラインが長期間途絶します。水、電気、燃料は、相互に依存しており、どれかが欠けると全てが止まります。被害想定では、最悪、2710万軒の停電、930万回線の固定電話の不通、3440万人の断水、3210万人の下水道困難などが予想されています。災害発生時にも医療継続が必要な災害拠点病院などでは、ライフライン途絶への準備を進めておく必要があります。

 通信、公共交通、道路、物流も同様です。また、医療ガス、血液製剤、医薬品、医療材料、リネン、食材などは、物流やサプライチェーンに依存しています。物流が途絶すれば、これらの入手は困難です。さらに、公共交通機関が止まれば医療従事者が参集することも困難になります。

病院の設備・機器の健全性

 病院には様々な設備があります。エレベーターやエスカレーター、空調設備、電気・通信・ガス・酸素・水道・下水などの設備や配線・配管、コンピューターのサーバー、貯蔵設備、厨房設備、減菌設備、冷凍・冷蔵設備などです。これらが損傷すると、病院の持続が難しくなります。とくに、エレベーターが停止すると、患者の上下階の移動や医療材料・食事・リネンなどの院内配送が困難になります

 検査・治療・処置には様々な医療機器が必要です。人工透析装置や、人工心肺装置、人工呼吸器などは、生命維持に不可欠です。また、手術室や集中治療室には、重要な医療機器が沢山あります。さらに、電子カルテなどの情報システムや医療用のPCも健全でなくてはいけません。これらの機器の固定状況は十分とは言えないのが現状です。さらに、多くの医療機器は移動しやすいようキャスター仕様になっていますから、普段、ロックする習慣を身に付けることも大切です。

病院を支える組織と人

 病院には様々な職種の人がいます。代表的な部署だけでも、診療部、看護部に加え、薬剤部、検査部、放射線部、リハビリテーション部、栄養部、事務部、医事部、情報管理部などがあります。医師に加え、看護師や薬剤師、助産師、臨床検査技師、診療放射線技師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、臨床工学技士、管理栄養士・栄養士、診療情報管理士、精神保健福祉士などの人たちが協力しなければ医療は成り立ちません。病院に医療従事者が多くいる時間は、1年間の1/4程度ですから、多くの場合、災害は時間外に起きます。家族を確実に守り、自宅から病院に早く駆けつけることが、医療を継続する基本です。医療関係者の方々の防災対策を大いに期待します。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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