ワイパーっていつなくなるの?
先日、映画『ブレードランナー2049』(ドニ・ヴィルヌーヴ、2017)を観てきた。前作の大ファンだが、気になったのは空飛ぶ自動車「スピナー(Spinner)」だ。垂直離着陸できる自動運転の未来カーだが、前作同様、依然としてフロントガラスに降り注ぐ酸性雨をワイパーでぬぐっていた。
100年以上も変わらないワイパー
自動車や鉄道車両、航空機などに使われているフロントガラスのワイパー(Windshield wiper)の歴史は100年ほどで、最初は1903年ごろに米国で特許申請が出された。現在のワイパーの原型を発明したのは、米国人発明家、メアリー・アンダーソン(Mary Anderson)とされ、間欠式ワイパーは米国人のロバート・カーンズ(Robert William Kearns)とされている。
アンダーソンのワイパーはゴムのブレード(スキージ、squeegee)を付けた形式で、基本的に今でも同じ機構だ。カーンズの技術はフォード社と知財裁判になり、その過程は映画化された。
いずれにせよ、100年もずっと同じ技術を使い続けているわけで、雨や雪のときに視界を遮り続けるワイパーは現在の自動車にとって最も期待されるイノベーションなのではないだろうか。
もちろん、ワイパーに代わる技術開発はこれまでも考えられてきた。例えば、ガラス撥水剤だ。フッ素剤やシリコン溶剤などをフロントガラスに塗布し、その撥水性で水滴を除去する。
だが、ある程度の速度を出さなければ風圧で水滴は飛んでいかない。また、耐久性に難があり、筆者の体感だが1ヶ月かそこらで効力は激減した。価格はそれほどでもないが、基本的に自分で塗らなければならず、下処理なども面倒だ。
耐久性の低い撥水剤ではないものでは、大気圧プラズマを利用して撥水性を作り出す技術も考えられているようだが実現していない。また、サイドミラーやリアウインドウでは、加熱したり超音波で振動させたりして水滴などを落とすものがある。だが、面積も大きいフロントガラスには応用されていない。費用対効果の点で現状のワイパーが落としどころなのだろうか。
バイオミメティクスはどうか
ところで、セミの羽が水をはじくことに注目し、その表面を人工的に再現することでワイパーなどに応用できないか、という研究がある(※1)。最近も米国のイリノイ大学の研究者らによる論文が出ているが、彼らは特に湿地帯を好むセミの羽が自浄作用と撥水性を備えていることに気付いた、と言う(※2)。
もっとも、17年間、多種多様な種類のセミを生息地ごとに調べたところ、乾燥地にいるセミの羽にはそれほどの自浄能力や撥水力はなかったらしい。生息地とは別の要因、例えば種類ごとの発生の周期性といった違いに、羽の撥水性と何らかの関連がありそうと研究者は言っており、今後さらなる研究が必要なようだ。
こうした生物の機能を模倣する技術を「バイオミメティクス(biomimetics)」と言う。有名なものでは、ベルクロのようなマジックテープは衣服にくっつく植物の種子からヒントを得て考えられた、という例がある。セミの羽から果たしてワイパーに変わる技術が生まれるのだろうか。
ところで、映画『ブレードランナー2049』で気になったのはワイパーだけではない。傘(アンブレラ)だ。登場人物は皆、近未来の酸性雨の中、傘を差して歩いていた。イノベーションの余地はかなり残っている。まだまだ大発明の可能性はありそうだ。
※1:Louis Dellieu, et al., "A two-in-one superhydrophobic and anti-reflective nanodevice in the grey cicada Cicada orni (Hemiptera)." Journal of Applied Physics, Vol.116, Issue2, 2014
※2:Junho Oh, et al., "Exploring the Role of Habitat on the Wettability of Cicada Wings." Applied Materials & Interfaces, Vol.9(32), 27137-27184, 2017