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大谷翔平の元通訳の違法賭博問題を、MLBのスペイン語通訳から考える

谷口輝世子スポーツライター
(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

 ドジャースの大谷翔平選手は、違法賭博に関わった疑いのある元通訳について「彼が僕の口座からお金を盗んで、」と話した。大谷だけでなく、近しい人にお金を盗まれたり、横領されたり、詐取されたりするリスクはある。ましてや大金を稼ぐ人たちが、共同経営者や側近に横領されることは、日本でも、アメリカでも、それほど珍しい事件とはいえないだろう。

 嘘をつき、罪を犯した疑いを持たれているのは、大谷が信頼してきた通訳だ。グローバルなスーパースター・大谷は、通訳を必要とする、言葉の壁のある米国のメジャーリーグでプレーしているのだということを改めて感じた。そこで、この記事では、同じように言語の壁のある中でプレーしている選手と通訳の関係をレポートしようと思う。

 英語を母語としないメジャーリーガーは少なくない。昨年の開幕時、米国外で生まれた選手は全体の28.8%を占めていた。このなかにはカナダ出身の10選手も含まれるが、メジャーリーガーの少なくとも4分の1は英語を母語としない選手たちである。

 ドミニカ共和国、ベネズエラなどからの選手は、十代半ばでマイナー契約を結ぶ。1980年代、90年代には、若いラテン系の選手が、十分に英語で交渉できないのをよいことに、一方的に球団が有利な契約を結ぶことがあった。ドラフトで指名されたアメリカ人選手にはある当たり前の権利が、こういったラテン系の選手には与えられておらず、メジャーリーグ球団から搾取されていたといえる面がある。メジャーリーガーになって、よいパフォーマンスをしても、母語ではない英語でメディアの取材にも対応しなければならず、思ったように自分の考えていることを伝えられないことがあり、メディアへの露出やファンの人に与えるイメージという点でも不利な状況にあった。

 メジャーリーグ機構や球団のラテン系選手の待遇は批判されてきて、近年では、メジャーリーグ機構も少しずつ改善している。例えば、機構はドミニカ共和国で、各球団のアカデミーにいる選手に対して、英語学習、ライフスキル、高校卒業資格を得られる教育機会のオファーのほかに、安全運転、健全な人間関係、禁止薬物、ソーシャルメディア、経済的責任、性的・精神的健康について対面での講習を提供している。また、メジャーリーグの労使協定では、言葉の壁に配慮して、選手が希望すれば母国語で書類を受け取ることができるとしている。

 2016年には、メジャーリーグ球団と選手会が各球団に対してスペイン語の通訳の雇用を義務付けた。それまでは、スペイン語を母語とする選手には通訳はおらず、必要なときは、コーチ、スタッフ、もしくは他の選手が助けてきた。前述したように、ラテン系の選手は満16歳でマイナー契約を結び、アメリカ国内のマイナーリーグで何シーズンかを過ごしてからメジャーに昇格してくるので、英語での会話はできるようになっているが、それでも、母語で話すのと同じというわけにはいかない。

 2016年に球団に対してスペイン語通訳の雇用が義務付けられたときに、通訳にインタビューした記事を書いているのでご興味のある方は目を通していただきたい→「メジャーリーグのサンドイッチマンに仕事術を聞く

 球団が雇用したスペイン語通訳は、広報の一員となっていることが多く、スペイン語を母語とする選手がメディア対応する際に通訳することが主な仕事である。労使協定で規定された仕事の内容は、スプリングトレーニングからポストシーズンまでチームに同行することとされており、メディア対応の時間帯には必ずそこにいること、球団のイベントには出席することを期待するとしている。また、選手から移動や宿泊に関する質問があれば、これを助けなければいけないとしている。ただし、選手の契約に関する質問は含まない。なぜなら、これは公認代理人の管轄になるからである。

 球団には複数のスペイン語を母語とする選手がいることもあり、スペイン語の通訳は特定の選手の専属通訳というわけではないし、特定の選手が通訳を必要とするときのためにずっとそばにいるわけでもない。そして、スペイン語通訳の仕事には、特定の選手のプライベート時間にも通訳の役割を果たすことは含まれていない。

 メジャーリーグと選手会は、球団に対して日本語と英語のバイリンガル通訳を雇用することは義務付けていない。それでも、日本の選手たちはNPBでのパフォーマンスに対する高評価をもとに、有利な契約の条件を引き出すことができ、球団に通訳者の雇用を求められる立場にある。日本の選手を迎えるメジャーリーグ球団にとっても、少しでも快適な環境を作り、最も良いパフォーマンスをしてもらうことが重要なので、通訳の雇用を拒否する理由は全くない。

 日本人選手の通訳は、その選手の専属であることが多いが、球団に雇用されている。球団に雇用されていないと、クラブハウスやベンチ内に入ることができない。

 話がずれるが、かつてメジャーを代表する強打者でありながら、ステロイドを使用していたバリー・ボンズは、自身の影響力を使って、側近やパーソナルトレーナーもクラブハウスに入れるようにしていた。あとになって明らかになったのだが、ボンズのステロイド使用にはパーソナルトレーナーが深く関わっていた。ステロイド使用の問題が大きくなった2002年と2003年に、メジャーリーグ機構は選手のパーソナルトレーナー、つまり球団が雇用していないトレーナーをクラブハウスに入れることを禁じた。これを受けて、ジャイアンツはボンズのパーソナルなスタッフを雇用している形にしたが、実質はボンズ専属のスタッフだった。ジャイアンツがこのスタッフとの雇用を打ち切ったのは、2007年だった。

 日本で生まれ育った日本語話者のアスリートが、海外のプロスポーツで活躍するためのルートはいくつかある。高校生や大学生年代から海外に出ていくルートや、日本で実績を上げてから海外へ向かうルートもある。若い年代から海外へ出ていくケースでは、苦労しながらでも言語を習得する時間があるかもしれないが、日本で実績を上げて大人になってから海外のプロスポーツへ飛び込むアスリートにとって、通訳は心強い存在であることは間違いない。そして、ここまで述べてきたように、メジャーリーグでは、スペイン語を母語とする選手が、通訳を求めることは、選手の権利として捉えられるようになっている。

 ドジャースは疑惑の発覚直後に大谷選手の通訳を解雇した。今回の事件が、今後、メジャーリーグの他の球団の通訳の雇用方法に影響があるのかどうかはわからない。もしかしたら、将来的に、球団が雇用する日本語通訳に求めるのは、今、現在、スペイン語通訳に求めているのと同じ職務内容とし、選手のプライベート時間には球団の通訳は関与しない、必要であれば選手個人が別の通訳を雇うことになるかもしれない。

 ステロイドを使ったボンズと、賭博には関与していないと主張した大谷とは全く違う。それに、スペイン語を母語とする選手が通訳を求めることは、メジャーリーグは権利として認めている。ただし、メジャーリーグや各球団は、選手の事実上のパーソナルなスタッフが持ち込んでしまうリスクを軽減しようとする可能性はあるのではないか、ということだ。

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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