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メジャーリーグのサンドイッチマンに仕事術を聞く。

谷口輝世子スポーツライター
スペイン語通訳雇用を後押ししたカルロス・ベルトラン(写真:USA TODAY Sports/アフロ)

メジャーリーグ機構は、今年1月に全球団に対し、スペイン語通訳を雇用するよう通達した。これまでにもスペイン語通訳を雇っていた球団はあったが、これで全球団にスペイン語通訳が存在することになった。

シーズンによって割合は異なるが、中米出身の選手はメジャーリーグの20%近くを占める。彼らのほとんどは16歳、17歳でメジャーリーグと契約。早い時期からマイナーリーグでプレーして、厳しい競争を勝ち抜いて、メジャーリーガーになるころには英会話ができるようになっている選手が多い。例外はキューバ出身の選手たちだろう。メジャーの即戦力としてやってくるために、英語でのコミュニケーションに困難がある選手もいる。

全球団がスペイン語通訳雇用するようになったのは、ヤンキースのカルロス・ベルトランが動いたことが大きい。ベルトランは2014年4月にチームメートでドミニカ共和国出身のピネダ投手が首にマツヤニをつけていることから退場処分となった後、記者に囲まれて話をしているのを見た。もし、ピネダがもっと流暢に英語を話すことができたなら、もっと説明できたのではないだろうか。ベルトランはそう考えて、球団にスペイン語の通訳を付けるように求め、選手会にもアプローチした。プエルトリコ出身のベルトラン自身、メジャーリーグ昇格時にはうまく英語を話せず、言葉の壁を感じていたという。

もう10年以上前のことだが、筆者は、1950年代半ばから選手として活躍し、1975年にメジャーリーグで黒人初の監督となったフランク・ロビンソン氏に差別について聞いたことがある。

ロビンソン氏は「アジアの選手であっても、誰であっても差別に向き合わなければいけないのは難しいこと。私もそうでしたが、他の選手たちに自分が受け入れられる存在になりたいと考える。日本選手は他の選手から受け入れられる存在になっている。故郷を離れ、文化のちがうところで野球をするのは楽ではないこともあるだろう。しかし、日本選手には少なくとも通訳がいるケースが多い。通訳がいるというのは、日本選手の状況を多少は楽なものにしているのは間違いないと思う」と話した。

チーム内で受け入れられなければいけないこと。母国語でコミュニケーションを取れないこと。中米の選手がメジャーに上がってくるまでの間に、英会話力も身につけてくるとはいえ、ロビンソン氏の話は、マイノリティの選手たちは、米国生まれの白人選手にはないストレスにさらされていた過去があったことを示している。ラテン系の選手にとっては肌の色だけでなく、言葉の壁をも乗り越えなければいけなかった。

というわけで今季から球団に雇用されたスペイン語通訳に仕事内容について話を聞いた。

レッドソックスのスペイン語通訳は、広報部勤務という肩書だそうだ。スペイン語を母語とする選手がメディア対応する時に通訳をするのが仕事。しかし、先に述べたようにマイナーからメジャーリーグまで昇ってきた選手たちは、それほど通訳の助けを必要としていない。今シーズンは、キューバ出身のカスティーヨ外野手が時折、通訳を必要とする程度だという。

レッドソックスには上原投手、田沢投手が在籍しているため、日本語の通訳もいるが、スペイン語通訳とは、仕事の内容が少し異なる。日本語通訳は広報部の所属ではない。選手が必要な時に通訳の居場所が分からないということのないよう、選手からあまり離れないようにしなければいけない。レッドソックスのスペイン語通訳は、通訳としてメディア応対する他は、基本的に広報部の仕事をしている。

これまで、メジャーリーグ球団には公式な職業としてのスペイン語通訳がいなかったので、在米期間の長い中米出身のコーチやベテラン選手が、ボランティアで通訳を買って出ることがあった。今回のメジャーリーグ機構の通達では、こういったコーチが兼業で球団付きのスペイン語通訳をすることは認めていない。そのため、球団付きのスペイン語通訳も練習サポート役とは兼ねることはできない仕組みになっているようだ。日本語通訳が選手とともに打撃練習中の球拾いをしているのを見かけることはあるが、スペイン語通訳はこういった事情から練習に加わることはない。

今季からツインズでスペイン語通訳として働くカルロス・フォントさんにも仕事内容や仕事術を聞く機会があった。フォントさんもツインズの広報アシスタントという肩書だ。

ツインズのスペイン語通訳
ツインズのスペイン語通訳

フォントさんはプエルトリコ出身で、14歳のときに米国に移住。プエルトリコでは幼いときから野球に親しみ、米国の大学でも野球をしてきた。スペイン語でも英語でも、野球について語ることができる。昨年まではドジャース傘下のマイナーチームで広報をしており、求められればスペイン語通訳をしてきたそうだ。

フォントさんも選手がリラックスして、野球に集中できるよう心を配っている。「選手の仕事は野球をすることです。試合後の取材で英語で話さなければいけないと心配することは選手の仕事ではありません。選手たちが気持ちよく話をできるように私はここにいるのです」。

しかし、選手が通訳に頼り過ぎると、選手自身が英語でコミュニケーションを取ること機会を逃すことにもなる。そのあたりのバランスも考えている。

「今のチームでは、チームメートとのコミュニケーションに通訳が必要な選手はいないのですが、もちろん、通訳が必要となれば、それは私の仕事です。選手がリラックスできて、快適さを感じることが大切です。それと同時に英語ではどのように話すかも伝えています。そうすることで選手がチームの中で、リラックスして英語を話すことにもつながるからです」

メジャーに昇格すれば、スペイン語通訳がメディア対応の時にサポートしてくれる。その一方で、マイナーリーグの選手たちに対してはこれまで通り、英語教育を提供していくことになるようだ。

スポーツ選手の通訳は、スポーツの知識はもちろん、選手とうまく距離をとることも時には必要だ。

そして、メジャーリーガーにやってくるスペイン語を母語とする選手たちには、母国に戻ってプロ選手として食べていくという選択肢はほとんどなく、米国で生き残っていかなくてはいけない。それだけに通訳の力を借りながら、英語力もつけていかなくてはいけない。そのような彼らの立場を十分に知りながら、スペイン語通訳は仕事をしている。

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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