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パレスチナ最新世論調査:ガザでハマスの越境攻撃は「正しい」が7割超の背景/アッバス議長に満足は14%

川上泰徳中東ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 パレスチナの最新の世論調査でイスラム組織ハマスによる10月7日の越境攻撃について「正しかった」とする回答が、ガザでもヨルダン川西岸でも7割という高い数字が出た。西岸ラマラにある「パレスチナ政策調査研究センター」が3月上旬に実施した調査の結果として発表した。イスラエルの攻撃によって3万人以上が死亡しているガザでは、「攻撃は正しかった」は昨年12月よりも10ポイント以上増えており、日本で一般的に推測されている状況悪化による人々のハマス離れとは逆の世論が出ている。

 調査を行ったのは独立系の調査機関で、パレスチナの世論調査では国際的に評価されている。私もエルサレムに駐在していた時は度々訪れ、パレスチナの政治分析で国際的に著名なハリツ・シカキ所長には度々インタビューをした。今回の調査は3月5-10日に西岸とガザで実施された。西岸は83地点でサンプル数830、ガザは75地点で750サンプルで計1580サンプル。調査員が対面で質問する方法で実施された。イスラエル軍の攻撃が続くガザの調査はガザ南部のハンユニスやラファで行われ、北部からの避難民が身を寄せている42か所の避難シェルターでも調査が実施されたという説明がある。調査機関も調査方法も、パレスチナ人の世論を知るうえで信頼できる調査である。

 ■ガザで越境攻撃への支持が14ポイント上昇

 第1問は「あなたの見方として、ハマスが10月7日にイスラエルに対して行った攻撃は正しかったか、または正しくなかったか?」というもので、ガザでは「正しい」は71%、「正しくない」23%。西岸では「正しい」71%、「正しくない」16%。ガザ・西岸の全体では「正しい」71%、「正しくない」19%。

 同じ質問を12月上旬に聞いた結果は、ガザでは「正しい」57%、「正しくない」37%だったが、今回、「正しい」が14ポイント増え、「正しくない」が14ポイント減った。一方、西岸では12月調査では「正しい」82%、「正しくない」12%で、今回、「正しい」が11ポイント減、「正しくない」4ポイント増となった。西岸でも状況悪化が続き、ハマスの越境攻撃への賛成が減ったが、それでも7割台の高い数字を維持している。

 ハマスの越境攻撃についての回答(パレスチナ政策調査研究センターの世論調査結果を筆者加工)
 ハマスの越境攻撃についての回答(パレスチナ政策調査研究センターの世論調査結果を筆者加工)

 日本ではハマスの越境攻撃の後、イスラエル軍による考えられないほど激しい報復が始まったことで、ガザの人々はハマスに恨みを募らせ、ハマスは民衆の支持を失っているのではないかという見方があり、それは多くの日本人にとって理解可能な見方であろうが、調査結果は、そのような見方を明確に否定している。

 この世論調査を見れば、ガザ市民、およびパレスチナ市民は、イスラエルによる占領がパレスチナ人の苦難の原因であり、占領を終わらせない限り、自分たちの生活も未来もないと考えていると理解すべきだろう。このガザ市民の世論自体が、イスラエルによる占領下で生きることの過酷さを表し、占領と戦うしかないと考え、ハマスの越境攻撃を支持しているということである。越境攻撃への支持が昨年12月より今回の3月の方が増えていることも、イスラエル軍による殺戮と破壊が激しくなる中で、そのような「戦うしかない」という民衆の見方が強まっているというべきだろう。

■ガザでハマスへの満足度が10ポイント上昇

 同じく世論調査の中で、政治組織でガザを支配するハマスと、ヨルダン川西岸の自治政府を主導するファタハ、政治指導者として、ガザのハマスの政治指導者、ヤヒヤ・シンワールと、ファタハを率いる自治政府議長マフムード・アッバスへの満足度を問う設問もある。

 ガザでは、ハマスへの満足度は62%、シンワールは52%、ファタハ32%、アッバスは22%。ハマスへの満足度は、12月調査時は52%だったので、10ポイント増えている。ハマスの軍事部門イッズディン・カッサーム軍団による越境攻撃の後、イスラエルによる大規模空爆が始まり、ハマスが支配するガザ自治政府は実質的に機能しておらず、シンワールは地下トンネルに潜伏し続けている。それでも、ハマスへの満足度が増えたことは、イスラエル軍に対して抗戦し続けていることを支持していると考えるしかない。

パレスチナの政治勢力、政治指導者への満足度(パレスチナ政策調査研究センターの世論調査結果を筆者加工)
パレスチナの政治勢力、政治指導者への満足度(パレスチナ政策調査研究センターの世論調査結果を筆者加工)

■西岸でのアッバス議長への満足度は8%

 一方、西岸での世論では、ハマスに対する満足度は75%、シンワール68%、ファタハ24%、アッバス8%と、ガザ以上にハマスへの満足度が高く、ファタハ・アッバスへの満足度が低い結果が出ている。この数字は12月調査では、ハマスに対する満足度は85%、シンワール81%、ファタハ23%、アッバス7%と、ハマスやシンワールへの満足度は8割を超えていた。

 その後、西岸の情勢も悪化したためだろうが、ハマスやシンワールへの満足度は減ったが、それでも3月で人々の4分の3がハマスを支持しているという結果が続いている。一方で、西岸でのファタハへの満足度は12月と比べてそれぞれ1%増えただけで、なお低い水準である。特に、アッバス議長への西岸での満足度は、12月調査で7%、今回3月で8%。ガザと西岸を合わせた全体で14%というのは、現在のような危機の下では、末期的な状況である。

 ガザ、西岸ともにハマスやシンワールへの満足度が高く、ファタハとアッバスへの満足度が低いのは、民衆の多くが占領と戦わない政治勢力、政治指導者を拒否していると考えるしかない。

 この世論調査に住民の本心が出ているかどうかを考える場合、パレスチナは西岸の自治政府でのファタハ支配も、ガザのハマス支配も同じく表現の自由を抑圧する強権支配だが、かつてのイラクや現在のシリアのような<秘密警察+密告>を組み合わせた恐怖体制ではなく、西岸でもガザでも、世論調査のような無記名の調査に対しては本音を言うことができる社会であることは指摘できる。

 さらに、ガザではイスラエル軍の大規模な攻撃が始まって以来、ガザの自治政府を支配していたハマスの支配力も相対的に弱まっており、ガザの市民がハマスを恐れてハマス寄りの回答をしたとは考えにくい。一方で、西岸では自治政府の権力を維持するファタハやアッバスに対する強い批判が調査結果に出ており、ガザ同様に、世論調査では人々の意識を反映していると考えられる。

■パレスチナがおとなしくしていれば占領は緩和?

 ハマスの越境攻撃があった後に、イスラエル軍によるガザへの大規模な攻撃が始まったのに、なぜ、越境攻撃への批判やハマスへの支持が揺らがないのかを考えるとき、ハマスの越境攻撃以前のイスラエルの占領の実態を知る必要がある。イスラエルの人権組織ベツェレム(B'Tselem)によるパレスチナ紛争での2000年からハマスの越境攻撃前の2023年9月までの死者数の集計がある。

 2000年9月からパレスチナ人による第2次インティファーダ(民衆蜂起)が始まり、ハマスもファタハなどパレスチナ政治勢力のほとんどが自爆攻撃・テロを含む武装抵抗を始めた。それに対してイスラエルは西岸への侵攻や空爆など徹底的な武力行使で、2005年末には抑え込んだ。ハマスも自爆テロを放棄した。

 ベツェレム の集計では、2000年から2023年9月までのイスラエル軍によるパレスチナ人民間人の殺害数11559人、逆にパレスチナ人によるイスラエル民間人の殺害数881人となっている。すべての死者について、時期、死者の名前、場所、死亡状況などを集計している。

イスラエルの人権組織ベツェレムによる、パレスチナとイスラエルの死者の集計(ベツェレム集計を筆者加工)
イスラエルの人権組織ベツェレムによる、パレスチナとイスラエルの死者の集計(ベツェレム集計を筆者加工)

 その集計をインティファーダが激しかった2000年から2005年の6年間と、インティファーダが終わった後の2006年~2023年9月までに分けてみる。

 2000年から2005年の6年間でパレスチナ人がイスラエル国内でイスラエル民間人を殺害する「テロ」の可能性が高い暴力による死者は683人。一方、イスラエル軍によって殺されたパレスチナ人は3458人。パレスチナ人による死者の5倍がイスラエル軍による死者である。

■インティファーダが終わっても続くイスラエル軍の暴力

 一方、インティファーダが終わり、2006年から2023年9月までの17年間で、パレスチナ人の暴力でイスラエル国内で殺されたイスラエル人の死者は93人と急減した。一方、イスラエル軍に殺害されたパレスチナ人は6542人で、パレスチナ人による殺害数の70倍となり、桁違いとなっている。つまり、この数字を見れば、インティファーダが終わって、パレスチナ人によるテロは急減したにもかかわらず、イスラエル軍による暴力は緩和されないことが分かる。

 つまり、占領下にあるパレスチナ人が占領に暴力的に抵抗せず、おとなしくしていれば、イスラエルによる占領政策が平和的で穏便になることはないことを示している。パレスチナの人々は、この数字を数字ではなく、日々、イスラエルによる占領の過酷な現実として生きているのである。

 2006年から2023年のイスラエルの占領を考えれば、ガザについてはハマスが支配した後、2007年からガザを封鎖した。2005年にイスラエル軍はガザ地域内の入植地を解体し、軍を外に移動させたが、ガザを陸も海も包囲して支配し、国際法上も国連の規定でも占領は続いた。占領の上に封鎖が重なった。封鎖は国際法上禁止されている「集団懲罰」とされ、国連人権委員は封鎖解除を求めていた。国連によると、封鎖によってガザの経済は破綻し、失業率は4割台で、15歳ー29歳の若者の失業率は6割に達した。その上に、2008年から2021年まで4度に及ぶイスラエル軍のガザ攻撃があり死者総数は約4000人で、うち6割から7割が民間人だった。イスラエル側は計100人強の死者で、うち80人は兵士の死者だった。ガザでは封鎖の下で人々の間に絶望が広がっていた。

■西岸で増え続けるユダヤ人入植者

 一方、西岸についてはイスラエルは国際法や国連安保理決議が禁じている入植地建設を続け、拡大し、イスラエルの平和運動組織ピース・ナウのサイトによると、2005年に24万7千人だった西岸の入植者数は、2021年に46万5000人となっている。毎年平均1万4000人増えており、2024年中に50万人を超える勢いである。西岸で入植地が増えるということは、入植地周辺やイスラエル本土と入植地を結ぶ占領道路の治安を守るためにイスラエル軍が配置され、周辺のパレスチナ人の通行を妨害し、生活を圧迫することになる。昨年春以降、西岸の武装した入植者による地元のパレスチナの村への破壊活動や暴力行為が頻発した。

イスラエルの平和組織ピース・ナウによる入植者の増加の集計(ピース・ナウの集計に筆者加工)
イスラエルの平和組織ピース・ナウによる入植者の増加の集計(ピース・ナウの集計に筆者加工)

 インティファーダが終わった後、パレスチナ側のテロは下火になったため、国際社会も国際的メディアも、イスラエルの占領下でのパレスチナの状況悪化に真剣に目を向けなかった。しかし、インティファーダが終わった後も、パレスチナ人がガザの封鎖と繰り返される大規模攻撃、西岸の入植地拡大という、日常的な占領の暴力を受けてきた。このようなパレスチナの状況の悪化が、ハマスによる越境攻撃につながり、ガザでも西岸でも、7割の市民はイスラエルの大規模報復を受けても攻撃は「正しい」という見解になっているということだろう。

 パレスチナ人のこのような民衆意識を考えれば、反占領闘争を実践するハマスがイスラエルの攻撃の前で屈服することは、民衆に対する裏切りとなる。今後、イスラエルがラファ攻撃を始めて、さらに犠牲が出たとしても、ハマスが抗戦を止めることはなく、パレスチナの民衆がハマスから離れることもなく、ただジェノサイド的な人道危機が進むだけという救いのない状態になる。3月25日に国連安保理が停戦を決議したが、人道危機を止めるために国際的な介入が求められる。

中東ジャーナリスト

元朝日新聞記者。カイロ、エルサレム、バグダッドなどに駐在し、パレスチナ紛争、イラク戦争、「アラブの春」などを現地取材。中東報道で2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。2015年からフリーランス。フリーになってベイルートのパレスチナ難民キャンプに通って取材したパレスチナ人のヒューマンストーリーを「シャティーラの記憶 パレスチナ難民キャンプの70年」(岩波書店)として刊行。他に「中東の現場を歩く」(合同出版)、「『イスラム国』はテロの元凶ではない」(集英社新書)、「戦争・革命・テロの連鎖 中東危機を読む」(彩流社)など。◇連絡先:kawakami.yasunori2016@gmail.com

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