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次期トランプ政権でパレスチナ問題どうなる? ガザ戦争の停戦は? サウジ・イスラエルの正常化の行方は?

川上泰徳中東ジャーナリスト
2020年1月、ネタニヤフ首相を同席させ、中東和平構想を発表したトランプ前大統領(写真:ロイター/アフロ)

 米大統領選挙でトランプ氏が勝利したことで、パレスチナ問題はどうなるだろうか?トランプ氏は2017年1月から2021年1月まで大統領を務めたことから、その手法は、誰もが分かっている。任期最後の2020年に発表した「中東和平構想」の実施を、次期政権で取り組むことになるだろう。さらに前政権でトランプ氏が主導したイスラエルとアラブ諸国の国交正常化で積み残しになったサウジアラビアとの正常化が浮上するだろう。

 中東でトランプ大統領に求められる直近の課題は、イスラエルのガザ戦争を終わらせることができるかどうかだが、私は停戦となる可能性はあると考える。しかし、ガザでハマスの影響力がなくなるわけではないため、イスラエル軍によるガザでのハマス幹部への個別の暗殺作戦は継続することになるだろう。

「世紀のディール」と呼んだ和平構想

 まず、前政権でのトランプ氏のパレスチナ問題への対応を振り返る。

 就任1年目の2017年12月にエルサレムをイスラエルの首都と認定し、テルアビブにあった米国大使館をエルサレムに移すと発表した。2018年1月には国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)への援助を停止することを表明。その後、米国はUNRWAへの拠出をずべて打ち切り、UNRWAは財政危機に陥った。同年5月になると、米大使館のエルサレム移転が実施され、ガザで抗議デモが始まった。

 トランプ氏が前政権の任期切れ直前の2021年1月に発表した「中東和平構想」は、トランプ氏が「世紀のディール(取引)」と呼んだパレスチナ問題関与の集大成であり、バイデン政権の間は全く無視されていたが、次期トランプ政権では、前政権と同様にトランプ=ネタニヤフ・コンビで、この構想の実施に向けて動き出すと考えた方がいいだろう。この構想は、トランプ氏の長女イバンカ氏でユダヤ人の夫、ジャレド・クシュナー氏がトランプ前政権時代に大統領顧問として取りまとめ、アラブ側ではサウジのムハンマド皇太子がパレスチナ自治政府のアッバス議長をサウジに呼んで、トランプ案の受け入れを求めたという報道があった。アッバス議長は拒否した。

【参考】トランプ大統領の中東和平構想の検証 新たな中東危機に火をつけるか(川上泰徳)#Yahooニュース

西岸の入植地をほぼイスラエルに併合

 トランプ和平構想では「ヨルダン川西岸にあるユダヤ人入植地のイスラエル人の97%はイスラエル領に編入される」とする。構想に添付された「将来のパレスチナ国家」と題する地図を見ると、現在、西岸の60%を占め、イスラエルが治安も行政も支配し、実質的に占領下にあるC地区のかなりの部分がイスラエル領となり、それ以外に、パレスチナ領内に食い込んだ15か所のユダヤ人入植地が「飛び地」となってイスラエル本土と道路で結ばれている。

 現在、西岸には少なくとも147か所の入植地があり、50万人近くが住んでいるが、そのほとんどはC地区にあり、イスラエル領に併合されることになる。これはネタニヤフ首相が主張した「西岸の30%の一方的な併合」に米国がお墨付きを与えたものである。ネタニヤフ首相は2020年7月、併合を実現しようとして、国内外の批判を受けて、実施できなかった。

「土地と平和の交換」の原則から逸脱 

 米国はそれまでは民主党であれ、共和党であれ、イスラエルが1967年の第3次中東戦争で軍事占領したヨルダン川西岸、ガザ、東エルサレムから撤退し、その代わりにアラブ諸国がイスラエルの生存権を認めるという国連安保理決議242に基づく中東和平プロセスを進めてきた。それは「土地と平和の交換」の原則と呼ばれるもので、そのためには国際法に違反しているイスラエルの入植地は解体することが条件になるが、西岸の3割から4割をイスラエルに併合するというトランプ和平構想は安保理決議を無視したものである。

アッバス議長は強く反発

 トランプ大統領が前政権1年目の2017年12月にエルサレムをイスラエルの首都と認定すると決定し、2018年5月に米国大使館をテルアビブからエルサレムに移転したことも、イスラエルによる東エルサレムの併合を認めないという別の安保理決議を無視したものだった。

 トランプ次期大統領は4年間で、これまでの代々の米国大統領が目指してきたように中東和平を実現することで歴史に名を残そうとするであろう。そのためにはネタニヤフ首相と協力して、すでに発表している「中東和平構想」の実現を目指すだろう。この構想について、アッバス議長は強く反発したが、サウジ、UAE、エジプトなど、親米アラブ国家は支持しており、すでに外堀は埋まっている状態である。

 以上のような前提で、次期トランプ政権のガザ戦争とパレスチナ問題の今後を考えなければならない。

トランプ政権でガザ停戦の可能性

 私がトランプ政権が停戦が実現すると考えるのは、トランプ氏自身が、ガザ戦争を早期に終わらせると発言し、米・イスラエルでの報道ではトランプ氏がネタニヤフ首相に「来年1月までに戦争終結を求めた」とも報じられていることと、イスラエルのネタニヤフ首相とパレスチナ側のハマスに、それぞれの意向が停戦に向かうと考えるからである。

 ネタニヤフ首相がこれまで停戦を拒否して、ガザ攻撃を続けてきたのは、戦争を継続することで自身の政治的地位を存続させようとしたためである。一つには連立する極右勢力が停戦すれば連立を離脱すると公言していることと、米バイデン民主党政権の時に停戦すれば、停戦後は民主党政権が歴代唱えてきた二国共存を掲げた和平プロセスが始まり、ガザでもバイデン政権が求めた自治政府が主導する戦後統治を求められることになり、ネタニヤフにとっては停戦をする理由がなかった。

広がるネタニヤフ首相の権力基盤

 トランプ政権になれば、極端にイスラエル寄りのトランプ中東和平構想が再浮上し、バイデン政権が懸念を表明したUNRWAの活動禁止も支持し、戦後のガザ統治に自治政府がかかわることもない。さらに ネタニヤフ氏にとってはこれまでの米民主党政権の確執が解消され、トランプ・ネタニヤフの個人的関係で米国・イスラエルの関係が強化される。そうなれば中道勢力を取り込んで、極右に依存しなくても政権を維持できるようになるだろう。

 もし、ネタニヤフ氏がトランプ次期大統領とともに、その和平構想を実現しようとすれば、最大の反対勢力は、現在、連立を組んでいる極右勢力である。極右はどのような形であれ、パレスチナ国家の存在を認めることを拒否する立場である。ネタニヤフ氏は極右と手を切るかどうかが問われることになる。

 ただし、ネタニヤフ首相が中道派を取り込むためには、停戦合意で人質を解放するという国民の多数が求める解決策に進む必要が出てくる。ネタニヤフ首相はガザとエジプト国境地帯へのイスラエル軍の駐留やガザを南北に分断する道路への軍駐留などの条件と入れたうえで、停戦協議に向かうことになるだろう。

ハマスは停戦を受け入れるか?

 一方のハマスは極端にイスラエル寄りのトランプ政権の下で、イスラエルに有利な停戦条件であっても、最終的には合意すると私は見ている。強硬派のシンワル政治局長が殺害された後、Yahooニュースで書いていることであるが、ハマスは昨年10月7日に始まった軍事部門主導の武装闘争から、政治部門主導の大衆動員に転換する時期を迎えたと考えるからである。

【参考】ハマス政治指導者シンワル氏殺害でハマスとガザはどうなる? 軍事から政治への転換へ(川上泰徳)

 その記事の中で書いていることだが、ハマスが「軍事から政治への転換」は、ガザの民意の変化に対応している。9月中旬に発表されたパレスチナ政策調査研究センター(PCPSR)の世論調査でイスラム組織ハマスによる10月7日の越境攻撃について「正しかった」とする回答が、ガザで初めて50%を下回り、39%となった。逆に「正しくなかった」は57%と過半数を占めた。今年3月時点では「正しかった」はガザで71%だったことを考えると半減であり、6月の調査の57%と比べても18ポイントの減少となった。これは越境攻撃によって始まった武装抵抗に対するガザ住民の否定的な見方が飛躍的に高まったことを示す。

武装闘争から政治闘争への転換

 ハマスの「占領との戦い」は武装闘争だけでなく、非武装の大衆動員の側面がある。その点が、アルカイダや「イスラム国(IS)」、エジプトのジハード団などの「ジハード組織」とは異なる、エジプトのムスリム同胞団と同じ系統のイスラム大衆運動であるハマスの特徴である。

 ハマスが過去に武装闘争から政治闘争に転換した例としては、2000年に始まり、2005年まで続いた第2次インティファーダがイスラエルの軍事攻勢で抑え込まれた時、ハマスは2005年1月を最後に、組織としての「殉教作戦=自爆攻撃・テロ」を停止し、2006年1月にパレスチナ自治評議会選挙に参加した。選挙参加はハマスの政治部門による大衆動員であり、選挙の結果、自治政府を主導するファタハを破って、過半数の議席を制した。

民意の変化がハマスの活動に影響

 その時の武装闘争から政治闘争への転換の背景として、PCPSRの世論調査で「殉教作戦」への支持は、2004年9月の調査で殉教作戦の支持が77%あったのに対して、2005年3月の調査では29%に大きく下落するという民意の変化があった。

 ハマスは1987年の創設以来、ガザやヨルダン川西岸のイスラエル占領下で政治活動、社会活動、武装闘争と3方面の活動を展開してきた。これはかつて武装闘争をしていたころのパレスチナ解放機構(PLO)が指導部も、戦闘員もパレスチナ外にあったのとは異なる。ハマスが占領下で組織を存続できたのは、運動も、組織も、メンバーも民衆に深く根差していたためであり、民意と乖離した戦術をとることはできない。

 今回も越境攻撃に対する民意の変化は、2005年に「殉教作戦」に対する民意の変化と同様に、ハマスに武装闘争から政治闘争へと転換を迫るものと私は考える。

復興の過程でハマスの「大衆動員」

 もちろん、越境攻撃に対する民意の変化は、イスラエルの攻撃によって民衆が受ける損害が耐え切れないほどになっているためであり、ハマスはこれまで強硬派のシンワルが拒否してきたイスラエルの寄りの条件でも、今後、停戦のために受け入れることになるだろう。停戦が実現すれば、ガザの復興が始まる。イスラエルがUNRWAをガザから排除しても、UAE、カタール、サウジなどが資金を出しての大規模な復興が始まるだろう。

 ハマスはメンバーや支持者にガザで高等教育を受けた多くの医者や技術者などを含む、ガザ最大のテクノクラート集団であり、ハマスが組織として復興から排除されても、個人としてのハマスのメンバーや支持者抜きで復興を勧めることできない。結果的に、復興の過程で、ハマスの「大衆動員」が行われ、ハマスの影響力拡大とならざるを得ないだろう。

 ガザの復興がある程度進むまで、戦後の苦難の中で、人々は生き延びることだけで精いっぱいとなり、ハマス軍事部門がガザでイスラエルとの武装闘争を再開することは考えにくい。一方でイスラエル軍がハマスの越境攻撃に関わったハマスの軍事部門の関係者に対する追跡と暗殺作戦は続くことになり、結果的にはイスラエル軍が力で治安を維持している状態が数年、または10年は続くことになるだろう。

イスラエルとサウジの国交正常化は?


 トランプ氏が次期政権では前政権時代に積み残しとなった課題の中で、最重要なのは、イスラエルとサウジの国交正常化である。サウジは2023年夏ごろ、イスラエルとの正常化は近いという観測が流れたが、それはハマスの越境攻撃で潰えた。その後、今年夏ごろにも、バイデン政権はイスラエルのガザ停戦と引き換えにサウジの国交正常化の実現を模索しているというニュースも出ていた。しかし、サウジはパレスチナ国家の樹立と引き換えでなければ、正常化はあり得ない、という立場だとされた。

 サウジでは高齢で病身のサルマン国王に代わって実質的な支配者であるムハンマド皇太子とトランプ氏の親密さを考えれば、大統領選挙を控えて、バイデン政権の外交得点となるような決断はあり得なかっただろう。そうなれば、トランプ大統領が返り咲く次期政権の間に、サウジとイスラエルが関係正常化する可能性は高まる。

 サウジがパレスチナ国家樹立を正常化の条件としている限り、ガザ停戦との引き換えは難しいとしても、トランプ中東和平構想が描く、「将来のパレスチナ国家」は大きく領土を減らし、分断されたものになるが、それでもパレスチナ国家の樹立と、イスラエルとの「二国共存」を目指す形をとっており、その実現をもって、サウジがイスラエルと国交正常化する可能性が出てくる。

自治政府にとっては最悪の4年間か

 しかし、トランプ次期政権が中東和平で<真の和平>をもたらす可能性は低い。トランプ氏のパレスチナ問題対応は、仲介者ではなく、ネタニヤフ氏の要求を米国の中東政策にしてだけである。ネタニヤフ氏自身はUNRWAがあるから難民問題があるとしてUNRWA解体を求めたり、西岸C地区にある入植地をイスラエルに併合しようとしたり、難民、占領、聖地などの問題自体を否定している。

 今後、トランプ政権の4年間は、西岸の自治政府にとっては、極端にイスラエル寄りの米国政権の下で、サウジ、UAE、エジプトというアラブ主要国からも不公正なトランプ和平の受け入れを求められ、それを受けなければ、経済的支援を打ち切られるという最悪の4年となりかねない。

中東ジャーナリスト

元朝日新聞記者。カイロ、エルサレム、バグダッドなどに駐在し、パレスチナ紛争、イラク戦争、「アラブの春」などを現地取材。中東報道で2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。2015年からフリーランス。フリーになってベイルートのパレスチナ難民キャンプに通って取材したパレスチナ人のヒューマンストーリーを「シャティーラの記憶 パレスチナ難民キャンプの70年」(岩波書店)として刊行。他に「中東の現場を歩く」(合同出版)、「『イスラム国』はテロの元凶ではない」(集英社新書)、「戦争・革命・テロの連鎖 中東危機を読む」(彩流社)など。◇連絡先:kawakami.yasunori2016@gmail.com

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