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中国仲介でハマスとファタハが統一政府発足で合意した背景は? ガザ戦争後のガザ統治をめぐるせめぎ合い

川上泰徳中東ジャーナリスト
23日、統一政府発足で合意で王毅外相(中央)とファタハ(左)、ハマス(右)幹部(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 パレスチナでガザを支配するイスラム組織ハマスとヨルダン川西岸のパレスチナ自治政府を主導するPLO主流派ファタハが23日、中国の仲介で統一政府を発足させることで合意した。合意内容に新政府の樹立の期限が明記されていないことなどから、実効性に疑問を呈する見方もあるが、重要なのは、米国やイスラエルがハマス抜きでのガザ戦争後のガザ統治を構想する中で、アッバス議長が率いるファタハがハマスを加えた統一政府の発足を「パレスチナの意思」として打ち出したことである。

 中国によるハマスとファタハの和解の仲介は今年4月に初めて双方の代表を北京に招いて行われ、その時には秘密協議だった。会談の後、米ニューヨークタイムズは「北京での会談は多くを生み出すとは期待されていなかった」と書いたが、世界の受け止めは冷ややかなものだった。ハマスとファタハの和解はこれまでエジプトやアルジェリアが双方を招いて和解を試みたものの実現しなかった。今年2月にはロシアが双方を招いたが、やはり進展しなかった。

 中国は2023年3月のイラン・サウジアラビアの和解合意を仲介したことで注目されたことから、パレスチナ問題にも関与し、中東で政治的存在感を示そうとしていると理解されている。しかし、これまで中東和平に関わったことのない中国が、2007年のガザ・西岸分裂以来続く、ハマスとファタハの対立を簡単に仲介できる考えた者はほとんどいなかっただろう。

 その意味では、今回の北京でハマスとファタハを含むパレスチナの14の政治組織が、初めて統一政府の発足で合意したことは驚くべきことである。特にイスラエルでもネタニヤフ首相にガザ戦争後のガザ統治構想の提示を求める圧力が強まり、戦後のガザ統治が焦点になってきている中で、ガザ戦争後のガザ統治を担うパレスチナの態勢としてハマスを含む統一政府の発足で合意したことの意味は大きい。

◆中国の役割は「仲介(mediate)」というより「手助け(facilitate)」

 しかし、なぜ、中東和平に関与した経験が乏しい中国が、ハマスとファタハの和解を含むパレスチナ統一政府の発足の合意を仲介できたのだろうか。中国はパレスチナの国家建設による「二国共存」を支持する立場を表明し、イスラエルのガザ攻撃に対して批判的な立場ととってきた。一方でイスラエルとも経済関係を強めており、単純に「パレスチナ寄り」とは言えない。

 私は中国の中東外交について報道されている以上の情報を持っていないが、今回の合意を巡る様々な報道や分析を読んでも、中国が何かパレスチナ問題で特別な外交カードを持っているとか、ガザ復興への莫大な資金提供など特別の切り札を示したという話も出てこない。中国がイラン・サウジの和解を仲介した時には、イラクとオマーンが中国を助けたことが知られているが、今回、中国外務省によると、エジプト、アルジェリア、サウジアラビア、カタール、ヨルダン、シリア、レバノン、ロシア、トルコの代表がセレモニーに参加したとしているだけえ、どこか中東の国が積極的に動いたという話も出ていない。

 どうも中国が特別に働きかけてハマスとファタハの和解が実現したという話ではなさそうだ。今回の合意を考える上で重要なのは、ハマスとファタハの協議が北京で行われるという話は、7月15日にファタハ側から出てきたことである。それに対して、中国外務省報道官は翌16日に「我々はパレスチナの和解を喜んで手助け( facilitate )する」と述べた。今回のパレスチナ和解合意について、中国は「仲介(mediate)」したというよりも「手助け(facilitate)」したということだろう。合意を必要としたのはパレスチナ側、特にアッバス議長とファタハ指導部だったと私は見ている。

◆和解を働きかけたのはファタハか? なぜ、いま?

 普通に考えれば、イスラエルの攻撃を受け、米国や国際社会からも拒絶されているハマスの方が、ファタハとの和解合意から得られる利益は大きいと思うかもしれないが、いくらハマスが望んだとしても、ファタハのアッバス議長に利益がなければ、米国やイスラエルが反発することが分かっているハマスとの和解を、いま行うはずはない。和解を働きかけたのはファタハであり、ハマスはファタハからの和解の働きかけに応じたと私は見ている。これまでファタハは和解の条件として、ハマスの軍事部門のカッサーム軍団の解体などの条件を付けてきたが、今回はそのような条件が入っているという話はない。

 4月にハマスとファタハの秘密協議が北京で開かれた時は、アッバス議長が3月に世界銀行出身で、パレスチナ投資基金総裁だったムハンマド・ムスタファ氏を新首相にしたほぼ一か月後だった。戦後のガザ統治については、米国は当初から自治政府主導で行う方針を示していたが、ファタハ主導下の自治政府の腐敗や統治の信頼性に対する国際社会やアラブ世界からの批判が強く、アッバス議長は米国からの改革圧力を受けて、政治色の薄いテクノクラートのムスタファ首相を指名した。

 ところが、新内閣に対してハマスやイスラム聖戦、パレスチナ解放人民戦線(PFLP)などパレスチナ主要7組織から「パレスチナ人の総意に基づかない独断専行で、パレスチナの分裂を深める」と連名で批判する声明が出た。ファタハはこの批判に対して「驚き」を表明し、「ハマス指導部は現実とパレスチナ民衆から乖離している」とする声明を出した。しかし、「民衆の意識」を言うならば、新内閣発足後に実施されたパレスチナでの世論調査で、ガザとヨルダン川西岸を合わせて、政治勢力への満足度では「ハマス70%」に対して「ファタハ27%」と、民衆の支持は圧倒的にハマス側にある。

【参考 】パレスチナ最新世論調査:ガザでハマスの越境攻撃は「正しい」が7割超の背景/アッバス議長に満足は14%

◆4月の北京協議は、自治政府の新体制にハマスの支持とりつけ

 アッバス議長にとっては、米国やイスラエルから圧力を受け、一方でハマスなどパレスチナ政治勢力が離反すれば、足場は崩れる。それから一か月もしないでファタハとハマスの和解協議が北京で行われたということは、アッバス議長はガザ戦争後のガザ統治を担う存在として、新内閣に対するパレスチナの支持を取り付けようとする意図があっただろう。

 ただし、4月の北京協議の後、ハマスとファタハに和解の動きは見られないことから、北京でははかばかしい進展はなかったのだろう。それが急に7月半ばになってファタハが働きかける形で、北京協議が行われ、1週間で統一政府の発足で合意するという急転直下の動きとなった。このような急な動きは、中東では時に起こる。日本人の感覚からすれば、このような合意には用意周到な準備が必要と思うかもしれないが、多くの決定は指導者や指導部の意向で急遽決まることが多い。さらに中東、特にアラブ世界では、普段は何も話し合いで決まらないのに、一旦危機を前にすれば、一気呵成に動く傾向がある。

◆米国、イスラエル、UAEの秘密協議が発端か?

 今回のハマスとファタハを含むパレスチナ勢力の北京合意も、そのような危機に対応するための動きではないだろうか。では何が、ファタハとハマスを動かしたのか? そのヒントは、北京合意の発表と同じ日に、米ネットメディア、アキオス(axios)が特報した米国とイスラエルの高官が、アラブ首長国連邦(UAE)のアブドラ外相の招きで、7月18日にアブダビでガザ戦争後のガザ統治を話し合うための秘密協議を持ったというニュースである。

 アブドラ外相と言えば、4月に米ブリンケン国務長官とアラブ諸国の外相がリヤドで会合した時に、パレスチナ自治政府の指導部について「アリババと40人の盗賊」とののしった話が出ている。同外相はUAEのムハンマド・ビン・ザイド大統領の実弟であり、ムハンマド大統領は現在のアラブ世界では傑出した戦略家で、アブドラ外相は外交を支える右腕。2020年にUAEが主導し、バーレーン、スーダン、モロッコと続いたイスラエルとの国交正常化=アブラハム合意も、ムハンマド大統領(当時アブダビ皇太子)とアブドラ外相が主導したものである。

 アキオスによると、18日の秘密会合では、アブドラ外相と、バイデン大統領の中東問題顧問や国務省高官、イスラエルでネタニヤフ首相にちかいデルメル戦略問題担当相が出席し、イスラエル国防省の2人の高官も参加したとういう。会議ではUAEは自治政府のムスタファ首相への不満を示し、さらにかねて主張しているガザに国際部隊を派遣する案などが提示されたという。

 北京合意に合わせるように、アキオスに米、イスラエル、UAEの秘密協議の特報がでるのも、何らかのつながりを考えざるを得ないが、ファタハがハマスとの北京会合を打ち出したのが、15日であることを考えると、UAEでの動きをファタハが察知して、急遽、対抗的な動きに出たのではないか、というのが、私が推測するところである。

◆ファタハ、ハマス合意はUAEにいるダハラン氏阻止が目的か

 UAEがパレスチナ問題に関与する場合、パレスチナの次期指導者の一人と目されているムハンマド・ダハラン氏がUAEのムハンマド大統領の治安担当アドバイザーとしていることを考えなければならない。ダハラン氏は1994年のオスロ合意実施後に、ガザの治安部隊を指揮する治安警察長官だった元ファタハ幹部で、一時期はアラファト議長の後継者の一人としても名前が挙がっていた。2007年6月にハマスがガザのファタハ警察・治安部隊を武力で排除したのは、ダハラン氏の部隊である。ハマスにとってダハラン氏は仇敵となる。

 その後、ダハラン氏はヨルダン川西岸に移り、アッバス議長を支えていたが、二人は対立するようになり、ダハラン氏はファタハから排除され、パレスチナを追われるようにして、UAEのムハンマド大統領のアドバイザーとなった。ダハラン氏は現実主義的な戦略家で、米国やイスラエルとのパイプも強い人物とされる。

 ダハラン氏はアブラハム合意の時には、当然、UAEのムハンマド皇太子の知恵袋として、イスラエルとの間で動いただろう。今回、UAEがガザ戦争後の戦後統治に積極的に関与し、資金的にも、さらに国際部隊への参加にも前向きの姿勢を示すのは、ダハラン氏を押し立てて、ガザ統治とハマス排除を担わせ、現在、ハマスの後ろ盾としてパレスチナ問題に関与するカタールに代わる役割を狙っているのではないかとも思える。

◆戦後のガザ統治でパレスチナ問題への関与狙うUAE

 ダハラン氏はファタハではなく、ダハラン・グループを形成していると、パレスチナ政治に詳しい筋は語る。もし、ダハラン氏が米国、イスラエル、UAEの後押しを受けて、ガザ統治でパレスチナに復帰することになれば、いずれファタハやアッバス議長体制にとって代わる存在となるだろう。その意味では、ダハラン氏はハマスにとっても、アッバス議長・ファタハにとっても共通の敵であり、脅威ということになる。

 ファタハとハマスが北京で急転直下の和解と統一内閣発足で合意したのは、米国、イスラエル、UAEにダハラン氏を加えたガザの戦後統治構想が動き始めたことにアッバス議長やファタハ指導部が危機感を感じたためではないか、と私は見ている。

 今回の中国合意の関連でダハラン氏に触れた報道はほとんどない。唯一、私が目にしたのは、2月に失敗したロシアの仲介と、今回の中国の仲介の違いについて、ロシアにはダハラン寄りの傾向があるが、中国はあくまでアッバス議長を重視する姿勢をとっているという指摘だった。

 ロシアは2021年にダハラン氏をモスクワに迎え、ラブロフ外相が会談した。さらにロシアはUAEの意を受けてダハラン氏とファタハの和解を働きかけたが、ファタハに拒否されたという話もある。ロシアもダハラン氏をアッバス後のパレスチナ指導者と見ているのだろう。中国にダハラン氏との関与がないことが、アッバス議長が仲介役として中国を選んだ理由の一つでもあるだろう。

◆イスラエル・アラブ諸国の国交正常化はアッバスに打撃

 アッバス議長としては米国、イスラエル、UAEの連携によってアブラハム合意のように自治政府抜きで事態が進むのは二度と御免というところだろう。ハマスが昨年10月7日に越境攻撃という大規模軍事作戦に出たのはアブラハム合意によってアラブ世界で孤立したためだという見方があるが、アブラハム合意で打撃を受けたのはハマスではなく、アッバス議長の方である。アッバス議長はハマスとは異なり、パレスチナ現地での反占領闘争を避けて、パレスチナ国家承認を呼びかけるなど外交戦略を展開してきた。パレスチナ問題で何ら進展がないのにアラブ諸国が相次いでイスラエルと国交正常化したことで、アッバス議長の対アラブ戦略は破綻したといってもいい。

 今回はガザ戦争後のガザ統治が第2のアブラハム合意にならないように、アッバス議長はハマスにかなり譲歩し、他のパレスチナ政治勢力も巻き込んで、統一政府合意にこぎつけた。パレスチナ側の足並みを揃えることで、自治政府とファタハ主導でガザ統治で「パレスチナ人による統治」 の正当性を打ち出し、米・イスラエルと連携したUAEとダハラン氏のガザ介入を阻止する狙いがあるだろう。

◆次期トランプ政権の可能性も念頭に置いた対抗策

 もちろん、ファタハとハマスの和解に対して、イスラエルは反発し、米国も簡単には受け入れないことは、アッバス議長も承知の上だろう。しかし、ハマスと関係を切ったところで、イスラエルが自治政府を受け入れる可能性はなく、米国も、もし、トランプ政権になれば、イスラエルと一緒になって自治政府外しをするだろう。

 その意味で、今回のパレスチナ統一政府発足の合意は、トランプ政権になった場合を考えた対応策でもあろう。アッバス議長とファタハが生き残る道は、民衆の支持を得ているハマスと共にパレスチナ統一政府をつくり、パレスチナ民衆の支持をつなぎとめ、アラブ世界と国際社会に「パレスチナ人による統治」を打ち出すしかないという判断だろう。もし、米次期政権がトランプ政権ではなく、民主党政権が継続すれば、ハマスが政治の表にでることはなく、「パレスチナ統一政府」としてパレスチナ自治政府主導でガザ統治に関わるという選択肢を、米国が受け入れる可能性はある。

 いずれにせよ、今後のガザ統治のあり方を巡って、<イスラエル+UAE+ダハラン氏>と、<アッバス議長主導のファタハ・ハマスのパレスチナ統一政府>との間の、せめぎあいが始まることは間違いないだろう。

中東ジャーナリスト

元朝日新聞記者。カイロ、エルサレム、バグダッドなどに駐在し、パレスチナ紛争、イラク戦争、「アラブの春」などを現地取材。中東報道で2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。2015年からフリーランス。フリーになってベイルートのパレスチナ難民キャンプに通って取材したパレスチナ人のヒューマンストーリーを「シャティーラの記憶 パレスチナ難民キャンプの70年」(岩波書店)として刊行。他に「中東の現場を歩く」(合同出版)、「『イスラム国』はテロの元凶ではない」(集英社新書)、「戦争・革命・テロの連鎖 中東危機を読む」(彩流社)など。◇連絡先:kawakami.yasunori2016@gmail.com

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