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『ひよっこ』のあかね荘。今日からでも入居可能な件

大宮冬洋フリーライター

結婚しても「家族で孤立する」という現代人の寂しさ

NHK連続テレビ小説『ひよっこ』を毎回楽しみに観ている。田舎の家族を支えるために上京して働いている女の子が主人公で、父親の失踪以外の事件はほとんど起きない。主人公は家族思いの働き者という設定で、大きな夢や特殊能力はない。高度成長期という時代背景を追いつつ、平凡な彼女の日常生活が淡々と描かれている。それでも人気ドラマになっている理由は、主演の有村架純の魅力だけでないと思う。東京での住まいと職場の人間関係が家族のように親密で、観ていて「いいなあ」と羨望と共感を覚えるのだ。

主人公が住んでいるアパート・あかね荘には、売れない漫画家コンビ、毒舌の独身OL、親がお金持ちの慶応大学生、そして主人公の4世帯が入居している。ときどきケンカをしながらも仲が良く、共同のキッチンで一緒に料理をして食事をしたり、全員で飲みに出かけたりしている。

彼らの生活をうらやましいと感じるのは独身者よりもむしろ既婚者だと思う。いま、特に都会の独身者にはシェアハウスという選択肢が一般化している。キッチンやリビングだけを共有して、他の入居者との交流を楽しむことができる。高級賃貸マンション並みの家賃であることも多く、節約が目的ではないことがわかる。一人の時間や空間はほしいけれど、誰かと一緒に暮らすことでの安心感や楽しさも得たいのだ。

結婚するとたいていの人はシェアハウスを「卒業」していく。既婚者がシェアハウスに住み続けているケースはあまり聞かない。

既婚者は意外と寂しい。独身の友だちとは疎遠になりがちで、かといって既婚者同士がしょっちゅう会うわけでもない。子どもを通じたママ友パパ友がいる場合も、隣近所だとは限らない。自宅から半径100メートルの範囲を客観視すると、他人という池の中に家族という小舟が浮いている状態が見えてくる。経済力や価値観が似ている人が共同で集合住宅を建設して入居するコーポラティブハウスの根本には、「家族で孤立したくない」という意思が働いていると思う。人は家族だけでなく、近くの他人にも頼り頼られて生活したい生き物なのだ。

だからといってシェアハウスに入ったりコーポラティブハウスを作ったりする必要はないと思う。みゆき荘のメンバーのように、たまたま近所になった者同士が仲良くなればいい。成人が築く地域共同体とは本来そういうものだと思う。仲良しグループだけで一緒に住むのではなく、近所に住んでいる赤の他人とそこそこ親しくするのだ。

遠いSNS友だちより近くのリアル他人と仲良くする

しかし、実際にご近所づきあいを始めるのは心理的なハードルが高い。声をかけて「距離感のわからない気持ち悪いヤツだ」と拒絶されたりするのが怖いからだ。地方都市の駅前にある賃貸マンションに住んでいる筆者の場合、このハードルを越えるのに4年半もかかってしまった。

ようやく越えたのは昨年の冬。マンションの同じフロアに住んでいる他3世帯を誘って我が家で「家飲み」をすることを思いついた。幸いなことに妻も賛同してくれたので、隣の部屋に住む家族にまず声をかけた(うちは角部屋なので隣には1世帯しかいない)。その家族とは玄関先で会えば立ち話はしていたし、旅行のお土産を何度か交換していたと記憶している。うちで忘年会をしませんか、と誘っても警戒はされない自信はあった。

実際、隣の家族は意外なほど喜んでくれた。ホッとした。それで勇気をもらった筆者と妻は、他の2世帯のチャイムも鳴らした。

結果は、4世帯の合同家飲みである。当たり前だが間取りが同じであることを笑い合いつつ、大いに飲んで食べた。酒やつまみが足りなくなったり、子どもが眠くなったら、サンダル履きで各世帯に戻れる気軽さ。以来、みかんやあさり、干し柿、ミニトマトなどをおすそ分けし合う関係だ。モノだけではなく、地域の様々な情報もどんどん交換している。近所にどんな人が住んでいるかなど、ネットでは絶対に得られないローカルかつマイナーな情報ばかり。面白いし有益だ。

何か不測の事態が起きたら、お互いに助け合えると思う。細かい例を挙げれば、鍵を自宅に置いたままオートロックの玄関の外に出てしまったとしても、他3世帯に誰かがいれば快く扉を開けてくれるだろう。こうした安心感は何ものにも代えがたい。遠くに住む肉親や友人とSNSでつながっているより、隣に住んでいる他人と仲良くするほうが生活面でのメリットは大きいと実感する。

少しの勇気あれば可能。ご近所づきあいの3ステップ

ご近所づきあいのステップとしては、(1)挨拶を交す、(2)おすそ分けをする、(3)ささやかな食事会を開く、という3段階が考えられる。もしも隣人が危険な人物だとしたら、挨拶の時点で見分けることができる。今後は、適度に警戒しながら距離を置いて住むことになるだろう。そのような隣人を認識しないまま暮らすほうが危険なので、挨拶だけは面倒臭がらずにちゃんとしたほうがいい。ご近所づきあいは安全保障に直結しているのだ。

筆者は4年半もの間、ご近所づきあいを始める勇気を持つことができなかった。必要性は感じながらもモジモジと足踏みをしてしまった。もったいないことをしたと後悔している。

あかね荘の住民たちも最初から仲が良かったわけではない。毒舌のOLと慶応大学生は軽蔑し合っていたぐらいだ。他人以下の関係性である。しかし、他人同士の壁を打ち破る勇気があった主人公の入居をきっかけにしてゆっくりと交流が進んだ。

現実の生活をしている我々も、少しの勇気さえ発揮すれば、あかね荘のようなご近所づきあいはできる。その意味で、あかね荘には今日からでも入居可能なのだ。

フリーライター

僕は1976年生まれ。40代です。燦然と輝く「中年の星」にはなれなくても、年齢を重ねてずる賢くなっただけの「中年の屑」と化すことは避けたいな。自分も周囲も一緒にキラリと光り、人に喜んでもらえる生き方を模索するべきですよね。世間という広大な夜空を彩る「中年の星屑たち」になるためのニュースコラムを発信します。著書は『人は死ぬまで結婚できる』(講談社+α新書)など。連載「晩婚さんいらっしゃい!」により東洋経済オンラインアワード2019「ロングランヒット賞」を受賞。コラムやイベント情報が読める無料メルマガ配信ご希望の方は僕のホームページをご覧ください。(「ポスト中年の主張」から2017年3月に改題)

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