Yahoo!ニュース

現状をキープすることに精一杯。そのほかを受け入れる余裕がない「日本」を映し考える

水上賢治映画ライター
「夜を走る」の佐向大監督 筆者撮影

 視界に入っているがみえないようにしていること、気にはなっているが口には出せない、触れることができないこと……。

 そんな現代の日本社会に厳然とある不都合で不条理な事実を容赦なく突きつけるといっていいのが、佐向大監督の新作「夜を走る」だ。

 物事を簡単に善悪で判断しない、誰もが白になる可能性があり、誰もが黒になる可能性もある。

 清濁併せ吞むような視点から、社会を、人間をきりとった独自の作品を発表し続ける彼が、新たな一作で描こうとしたのは?

 佐向監督に訊く。(全五回)

いまの社会や世情に言及していきつつも、

エンターテインメント性は失いたくない

 前回(第二回はこちら)の最後で、

「人間ってほんとうに大事なことをやらないで、目の前にあることだけやって終わってしまう、見たくないものを隠したり、遠ざけたりしながら自分をごまかして生きている。

 そうこうしているうちに問題が肥大化して、結局、手遅れで取り返しがつかずに破滅するような物語を考えていたんです。

 日々の生活に忙殺されてしまい、ほんとうに考えないといけないことを見過ごしてしまうことがあまりにも多いというか。

 個人レベルでも社会レベルでもそういうことが起きている気がする。

 いろいろな問題がただただ先送りされているだけみたいなところがあって、そういうことを描けないかと当初は思っていました」と語った佐向監督。

 そこから脚本はどう考えていかれたのだろうか?

「いまの社会や世情に言及していきつつも、エンターテインメント性は失いたくない。

 そのバランスを考えながら、登場する人物のキャラクター性を高めたり、サスペンス的な要素を盛り込んでいきました。

 その上で、ある意味、ブラック・コメディにできないかなと考えました」

現状をキープすることに精一杯で、他を受け入れる余裕がない社会

 物語の舞台は郊外にある鉄屑工場。不要になった機械を回収・解体されるここで主人公の秋本は働いている。

 気を利かせたことも冗談のひとつも言えない彼は周囲からすると生真面目すぎる人物。

 いい歳だがいまだ独身で上司から嫌味のひとつを言われてもはにかんでやり過ごし、周囲からつまらない人物とちょっとバカにされているところもある。

 そんな秋本となんとなくいつもいるのが谷口。彼は秋本とは好対照で仕事場でもプライベートでもそつがない。

 すでに結婚して子どももいて、愛人ともうまくやっている。

 作品は、ある日、二人が工場に営業にきていた若い女性と飲むことになったことから、ある出来事が勃発。

 この出来事によって温厚で通っていた秋本が豹変していく様が描かれる。

 その秋本の心の変貌には、いまの日本社会に厳然とある負の連鎖のようなものが重なり合わせられているような気がする。

「日本の社会は長いこと負の空気に覆われている気がして。コロナ禍によってさらに負の空気が強まったように感じる。

 全体がすごく閉じていて、同じ考え、同じ出自を持った人同士は『そうだよねー』『わかるわかる』とすぐに集まるものの、ひとたび自分とは違うと思うと壁をつくり排除してしまう。

 本来は異なるもの、違う意見を持ったものが共存することで新しいものが生まれてくるはずなのに、現状をキープすることに精一杯で、他を受け入れる余裕がない。

 でもそのキープしようとするものが本当に重要なのかどうかもよく分からないまま、必死に守ろうとする。それは“日常”であったり、“常識”であったりするのですが。

 そこから逸脱するもの、自分が思う正しさから外れたものを容赦なく叩くような風潮がどんどん強まっているような気がしてならない。

 しかも自分より立場が上の人間には歯向かわずに、常に下の方へと誹謗中傷や暴力が向かっていく。

 そこは『現在』を描く上で、僕の中では外せなかったし、実は『教誨師』のときから引き続いてのテーマになっています」

「夜を走る」よる
「夜を走る」よる

そう簡単に人を白黒つけることはできない

 そうしたある意味、社会の縮図のような存在として主人公の秋本は考えたという。

「秋本は一見すると、いい人に思える。

 ただそれは、彼が周りの人々に、自分より下だと思わせる安心感を与えているからなのかもしれない。彼は実は空っぽの存在。人々の悪意やストレスをため込み、あるとき、その負の感情が一気に爆発してしまう。

 そこからもう彼自身はどこか解放されて自由になるのだけれど、周囲からするともはや彼はモンスターでしかなくなる。

 すると、掌返しで、世間は彼の存在を排除しようとする。ついさっきまで『いい人』だったのに。

 そんな彼を通して、そう簡単に人を白黒つけることはできない、そういった問いを投げかけたかったところがありました」

(※第四回に続く)

【佐向大監督第一回インタビューはこちら】

【佐向大監督第二回インタビューはこちら】

「夜を走る」DVD表
「夜を走る」DVD表

「夜を走る」

脚本・監督:佐向 大

出演:足立智充 玉置玲央

菜 葉 菜 高橋努 / 玉井らん 坂巻有紗 山本ロザ

信太昌之 杉山ひこひこ あらい汎 潟山セイキ 松永拓野 澤 純子 磯村アメリ

川瀬陽太 宇野祥平 / 松重 豊

DVD発売中

価格:\4,180(税抜価格 ¥3,800)

品番:TCED-6772

発売元:『夜を走る』製作委員会/アット エンタテインメント

販売元:TCエンタテインメント

筆者撮影以外の写真はすべては(C)『夜を走る』製作委員会

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

水上賢治の最近の記事