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ポイ捨てタバコの「吸い殻」はどれくらい「環境へ悪影響」をおよぼすのか

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:PantherMedia/イメージマート)

 タバコの吸い殻のポイ捨てがなくならない。喫煙者が減っているとはいえ、路上などにポイ捨てされた吸い殻はまだかなり目立つ。タバコ自体、有害物質の塊だが、それが環境中へ放出拡散した場合、どんな影響があるのだろうか。

吸い殻から毒性の強いニコチンが

 我々が海岸で見かける吸い殻は、海岸でポイ捨てされたもの以外、そのほとんどは街でポイ捨てされ、下水から河川を通ってやってきた。軽くて小さなタバコの吸い殻は、ポイ捨てされると雨水で流され、風で吹き寄せられるなどして排水溝のスリットから下水へ流れ込む。その後、河川へ流れ、やがて海へいたり沖合で漂流したり海岸へ打ち上げられたりするからだ。

 吸い殻には当然だがニコチン、ヒ素、鉛、銅、クロム、カドミウム、発がん性物質を含む多環芳香族炭化水素などの毒性の高い物質が濃縮されている。例えば、ニコチンは殺虫剤に使われるように毒性も強い。ヒトの大人の経口致死量は40〜60mgであり、環境中に大量に存在すれば生態系に大きな悪影響をおよぼす危険性がある。

 ニコチンは揮発性が低く水中で安定的なため、吸い殻からのニコチンはそのほとんどが水に溶け出している。いくつかの研究では、1リットル当たり0.6〜32μgのニコチンが環境中に存在すると見積もっている(※1)。

 ドイツのベルリンでタバコの吸い殻を採取し、ニコチンの濃度と毒性を調べた研究(※2)によれば、降雨による水たまりにタバコの吸い殻1本をポイ捨てするとニコチンが急速に溶出し、1リットル当たり2.5mgの濃度となったという。前述したように、ニコチンのヒトの大人の経口致死量は40〜60mg。また、この値はEUの規制値の約14倍の高濃度という。

 ニコチンの生物への影響を調べた研究(※3)によれば、1リットル当たり10〜100μgの濃度でオオミジンコ(Daphnia magna)の繁殖や生育に影響をおよぼし、性決定などに作用する内分泌かく乱物質(いわゆる環境ホルモン)であることがわかったという。また、ニコチンは喫煙者や受動喫煙者の体内で代謝されるとコチニンや3-ヒドロキシコチニンなどに変わり、こうした物質も尿などから環境中へ大量に放出されていると考えられる。

タバコ由来の有害物質が環境へ

 タバコといえばニコチンであり、このようにポイ捨てされた吸い殻から環境中へ放出されるニコチンが問題になることは自明だろう。だが、加熱式タバコを含むタバコ製品には、ニコチン以外にも多くの有害物質が含まれている。

 ポイ捨てタバコのゴミから何mgの汚染物質が検出されるかを調べた日本の研究(※4)によれば、ニコチン以外に、ヒ素、重金属類、多環芳香族炭化水素といった有害物質が検出され、この中ではヒ素が出たことが重要で、環境基準(1リットル当たり0.01mg以下であること)以上の1リットル当たり0.041mgという量のヒ素が出ている。また、重金属類の含有量としては、調査した道路の1ヶ月間の1km当たりカドミウム0.02mg、銅1.7mg、鉛0.59mg、クロム0.15mgが検出されたという。

 ポイ捨てタバコの有害物質が環境中の生物へ影響をおよぼしたり、突然変異を引き起こす危険性があると指摘する研究は最近になって多く発表されるようになった(※5)。また、紙巻きタバコのみならず、加熱式タバコの吸い殻も環境中の微生物に強い毒性を示したという研究もある(※6)。

 加熱式タバコからも、ニコチン、アクロレイン、ホルムアルデヒド、アセナフテンといった発がん性を含む有害物質が検出されている。また、加熱式タバコの中には、プルーム・テックなどプラスチック製のカプセルを使うものもあり、海岸でゴミ拾いをしていると特徴的な黒いカプセルをよく見かけるようになった。最近、喫煙者が増えている加熱式タバコのポイ捨てもまた問題というわけだ。

 毎年、世界で約6兆個のタバコの吸い殻が生まれ、そのうちの4兆5000億個がポイ捨てされ、タバコの吸い殻やタバコ由来の廃棄物は世界の海岸で清掃された総廃棄物の19〜38%と見積もられている(※7)。1年のタバコ生産量の1/2が吸い殻としてポイ捨てされると換算しても、日本では年間約500億本(紙巻きタバコ、2019年の販売数量1181億本)以上がポイ捨てされていることになる。

吸い殻は排水溝から環境へ

 いうまでもなく、タバコの吸い殻をポイ捨てするのは喫煙者だ。喫煙者は自分がポイ捨てした1本のタバコの吸い殻が、環境中へどのような影響をおよぼすのか、あまり自覚していない。

 繰り返すが、軽くて小さなタバコの吸い殻は、ポイ捨てされると雨水で流され、風で吹き寄せられるなどして排水溝のスリットから下水へ流れ込む。その後、河川へ流れ、やがて海へいたり沖合で漂流したり海岸へ打ち上げられたりする。

 多くのタバコの吸い殻は、タバコ葉の部分とフィルター部分に分けられる。ポイ捨てされると、雨水で濡れたり河川へ流される間にタバコ葉の部分は巻紙が溶け、フィルター部分が切り離される。タバコ・フィルター部分はそのままの形で環境中に存在し続け、2年経っても38%ほどしか分解されず、完全に分解されるまでには2.3〜13年ほどかかるようだ(※8)。

 実は、タバコのフィルター自体にも毒性がある。米国のサンディエゴ州立大学などの研究グループが、タバコを吸っていないフィルター単独、タバコを吸った後のフィルター単独、タバコを吸った後のタバコ葉とフィルターで魚に対する毒性を調べてみたところ(※9)、いずれでも毒性が表れ、1リットル当たりの吸い殻の数が増えるほど生存率が悪くなり、未使用のフィルターでも毒性があった。

 また、未使用のフィルターより吸い殻のフィルターのほうが重量が少ないが、重量が減った分、喫煙者はフィルターの物質を体内へ取り入れていることになる。これにフィルターの毒性のある成分が含まれているかもしれない。

 日本で街の美観のため、街頭に灰皿が設置されるようになったのは、1964年の東京オリンピックの時だ。世界から日本へ来る人に対し、主婦連などがポイ捨てタバコの撲滅運動を始めたことに当時の専売公社が反タバコ運動につながることを恐れ、灰皿を寄贈し始めた。

 環境汚染物質を製造販売している企業が、その責任を使用者(喫煙者)に転嫁し、自らが無罪のように振る舞う欺まん性は昔からのものだ。今では自治体などがタバコ会社から灰皿や喫煙所を寄贈されることは、日本も加盟するタバコ規制枠組み条約(FCTC)違反となる。

 では、タバコの吸い殻のポイ捨てを少なくするために、喫煙者へ訴えかけ、喫煙率を下げていくほかに何ができるだろうか。

 タバコ会社に製造物責任を負わせるべきだろう。使い捨てフィルターが付いたタバコ製品の製造販売を規制したり(※10)、環境汚染の責任を取らせるために環境税のような名目で課税負荷をかけることを考えてもいいかもしれない。

※1-1:Marianne Stuart, et al., "Review of risk from potential emerging contaminants in UK groundwater." Science of The Total Environment, Vol.416, 1-21, 2012

※1-2:Ivan Senta, et al., "Wastewater analysis to monitor use of caffeine and nicotine and evaluation of their metabolites as biomarkers for population size assessment." Water Research, Vol.74, 23-33, 2015

※2:Amy L. Roder Green, et al., "Littered cigarette butts as a source of nicotine in urban waters." Journal of Hydrology, Vol.519, 3466-3474, 2014

※3:Ana Lourdes Oropesa, et al., "Toxic potential of the emerging contaminant nicotine to the aquatic ecosystem." Environmental Science and Pollution Research, Vol.24, Issue20, 16605-16616, 2017

※4:Hiroshi Moriwaki, et al., "Waste on the roadside, ‘poi-sute’ waste: Its distribution and elution potential of pollutants into environment." Waste Management, Vol.29, Issue3, 1192-1197, 2009

※5-1:Silvia Di Giacomo, et al., "Mutagenicity of cigarette butt waste in the bacterial reverse mutation assay: The protective effects of β-caryophyllene and β-caryophyllene oxide" Environmental Toxicology, Vol.31, Issue11, 1319-1328, 2016

※5-2:Dannielle Senga Green, et al., "Smoked cigarette butt leachate impacts survival and behaviour of freshwater invertebrates" Environmental Pollution, Vol.266, 2020

※5-3:Ivan Moroz, et al., "Toxicity of cigarette butts and possible recycling solutions—a literature review" Environmental Science and Pollution Research, Vol.28, 10450–10473, 2021

※6:Wojciech Baran, et al., "The influence of waste from electronic cigarettes, conventional cigarettes and heat-not-burn tobacco products on microorganisms" Journal of Hazardous Materials, Vol.385, 2020

※7:Thomas E. Novotny, et al., "Tobacco Product Waste: An Environmental Approach to Reduce Tobacco Consumption." Current Environmental Health Reports, Vol.1, Issue3, 208-216, 2014

※8-1:Giuliano Bonanomi, et al., "Cigarette Butt Decomposition and Associated Chemical Changes Assessed by 13C CPMAS NMR." PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0117393, 2015

※8-2:Francois-Xavier Joly, et al., "Comparison of cellulose vs. plastic cigarette filter decomposition under distinct disposal environments." Waste Management, Vol.72, 349-353, 2018

※9:Elli Slaughter, et al., "Toxicity of cigarette butts, and their chemical components, to marine and freshwater fish." Tobacco Control, Vol.20, Suppl1, i25-i29, 2011

※10:Thomas E. Novotny, Elli Slaughter, "Tobacco Product Waste: An Environmental Approach to Reduce Tobacco Consumption" Current Environmental Health Reports, Vol.1, 208–216, 2014

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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