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皮膚の炎症はなぜ起こる?乾癬、アトピー性皮膚炎などの原因と対策

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
Ideogramにて筆者作成

【専門医が解説】皮膚疾患の炎症メカニズムと最新治療法

皮膚は私たちの体を外界から守る重要な臓器ですが、時として炎症という反応を起こし、様々な症状を引き起こします。日々診療で向き合う乾癬、アトピー性皮膚炎、化膿性汗腺炎、全身性強皮症などの疾患は、いずれも炎症が深く関与しています。これらの疾患では、炎症反応が過剰に働くことで、皮膚の赤み、腫れ、かゆみなどの症状が現れるのです。

炎症は本来、体を守るための正常な反応ですが、時に行き過ぎた炎症が疾患の原因となります。例えば、乾癬では皮膚の細胞増殖が速くなり、皮疹が生じます。アトピー性皮膚炎では、炎症によって皮膚のバリア機能が低下し、かゆみが生じやすくなります。化膿性汗腺炎では、毛包の閉塞と炎症が原因で、痛みを伴う皮下の結節ができます。全身性強皮症では、炎症によって皮膚や内臓の線維化が起こり、皮膚の硬化や臓器障害を引き起こします。

このように、炎症は皮膚疾患の発症と密接に関わっていますが、その メカニズムは非常に複雑で、分子レベルの理解が欠かせません。近年の研究により、自然免疫系の異常活性化や、サイトカインの過剰産生、遺伝子発現の調節異常、神経系と免疫系のクロストークなどが、炎症の原因として明らかになってきました。これらの知見は、新たな治療法の開発にも活かされています。

【自然免疫系の異常活性化と炎症】

自然免疫は、体に備わった第一線の防御システムであり、細菌やウイルスなどの異物を認識し、速やかに排除する役割を担っています。しかし、この自然免疫の働きが過剰になると、自分自身の細胞を攻撃してしまい、炎症を引き起こすことがあります。

自然免疫を司る細胞には、マクロファージ、樹状細胞、好中球、NK細胞などがあります。これらの細胞は、病原体などの侵入者を認識するためのパターン認識受容体(PRR)を持っています。PRRの一種であるToll様受容体(TLR)は、細菌や損傷を受けた細胞から放出される物質を認識し、炎症性サイトカインの産生を促進します。

また、NLRP inflammasomeと呼ばれる複合体も、自然免疫に関与しています。NLRP inflammasomeは IL-1βやIL-18などの炎症性サイトカインを活性化し、炎症反応を増幅させる働きを持っています。

乾癬やアトピー性皮膚炎、化膿性汗腺炎の患者さんの皮膚では、TLRやNLRP inflammasomeの発現が亢進していることが報告されています。これらの疾患では、自然免疫系の異常活性化が炎症の持続と悪化に関与していると考えられています。

【JAK/STATシグナル伝達と炎症】

炎症反応には、様々な細胞内シグナル伝達経路が関与しています。なかでも、JAK/STATシグナル伝達経路は、炎症性サイトカインの作用を媒介する重要な経路の一つです。

JAKは、サイトカイン受容体に結合しているチロシンキナーゼで、サイトカインが受容体に結合すると活性化されます。活性化されたJAKは、STATと呼ばれる転写因子をリン酸化し、核内に移行させます。核に移行したSTATは、炎症に関連する遺伝子の発現を促進します。

乾癬やアトピー性皮膚炎では、JAK/STATシグナル伝達経路の活性化が確認されており、この経路を標的とした治療薬(JAK阻害薬)が開発され、既に臨床で使用されています。JAK阻害薬は、炎症性サイトカインの作用を抑制することで、炎症反応を鎮静化し、症状を改善させる効果があります。

【非コードRNAと炎症】

ゲノムの大部分は、タンパク質に翻訳されない非コードRNAから成ります。非コードRNAは、遺伝子の発現調節に重要な役割を果たしており、炎症反応の制御にも関与しています。

非コードRNAの一種であるマイクロRNA(miRNA)は、標的となるメッセンジャーRNA(mRNA)に結合し、その翻訳を阻害することで、遺伝子の発現を抑制します。炎症に関連する多くの遺伝子が、miRNAによって制御されていることが明らかになっています。

また、長鎖非コードRNA(lncRNA)や環状RNA(circRNA)も、炎症反応の調節に関与しています。これらの非コードRNAは、炎症性サイトカインの産生を制御したり、炎症シグナル伝達経路の活性化を調節したりすることで、炎症反応を制御しています。

乾癬やアトピー性皮膚炎、化膿性汗腺炎、全身性強皮症などの炎症性皮膚疾患では、これらの非コードRNAの発現が変化していることが報告されています。非コードRNAを標的とした新たな治療法の開発も進められており、炎症のコントロールを通じた症状の改善が期待されます。

【神経系と免疫系のクロストーク】

皮膚には、豊富な神経線維が分布しており、痛みやかゆみの伝達に関与しています。近年、この神経系と免疫系の相互作用(クロストーク)が、炎症の制御に重要な役割を果たしていることが明らかになってきました。

例えば、神経ペプチドの一種である substance P は、痛みやかゆみの伝達に関与するだけでなく、肥満細胞からヒスタミンなどの炎症メディエーターの放出を促進することで、炎症反応を増強します。また、セマフォリンやニューロピリンといった神経ガイダンス因子が、免疫細胞の活性化や遊走を制御していることも報告されています。

このように、神経系と免疫系のクロストークは、炎症反応の調節に重要な役割を果たしています。神経系を標的とした新たな治療法の開発も進められており、炎症性皮膚疾患の症状改善に役立つことが期待されます。

【炎症研究の進歩と皮膚疾患治療の未来】

炎症は皮膚疾患の発症と密接に関わっており、そのメカニズムの解明は治療法の発展に欠かせません。自然免疫系の異常活性化、JAK/STATシグナル伝達経路の活性化、非コードRNAの発現異常、神経系と免疫系のクロストークなど、分子レベルでの理解が深まるにつれ、より効果的で副作用の少ない治療法の開発が可能になるでしょう。

実際に、これらの知見を活かした新薬の開発が進んでいます。例えば、乾癬やアトピー性皮膚炎に対するJAK阻害薬、IL-17阻害薬、IL-23阻害薬などは、炎症のメカニズムに基づいて開発された分子標的薬です。今後は、非コードRNAや神経ペプチドなどを標的とした新たな治療法の登場も期待されます。

また、炎症のメカニズム解明は、皮膚疾患の予防にも役立ちます。炎症を引き起こす環境因子やライフスタイルを特定し、それらを改善することで、疾患の発症を予防したり、症状を軽減したりできる可能性があります。

参考文献:

Shirley, S.N.; Watson, A.E.; Yusuf, N. Pathogenesis of Inflammation in Skin Disease: From Molecular Mechanisms to Pathology. Int. J. Mol. Sci. 2024, 25, 10152. https://doi.org/10.3390/ijms251810152

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

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