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「東京ゲーム音楽ショー」初取材したら…大御所とファンとボランティアの愛に癒やされた

鴫原盛之ライター/日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表
「東京ゲーム音楽ショー」会場でライブを披露する「U-Brand」(※筆者撮影)

4月15日に東京都の大田区産業プラザPioで開催された、ゲーム音楽イベント「東京ゲーム音楽ショー」に足を運んでみた。

会場には、コロナ禍以前の数字には及ばなかったが、およそ700人が来場。ゲーム音楽を中心に作曲活動をするコンポーザーが多数出展し、それぞれのブースで自作アルバムの販売をはじめ、ステージでのライブやトークショーを披露して、ゲーム音楽ファンたちを大いに楽しませていた。

以前に拙稿「プレー中は気づかないゲーム音楽の裏側 音楽のプロによる異例のレビュー本誕生の訳」でも書いたが、実は前世紀までの段階でゲーム音楽市場が形成されたのは、世界広しといえども日本だけだ。そして現在でもビジネス、文化の両面で熱心なコンポーザーとファンが活動を続けている事実は、おそらく世間的にはあまり知られていないと思われる。

そこで、2014年の初開催から、今回でちょうど10回目を迎えた本イベントの取材を通じて、少しでも多くの読者にゲーム音楽文化の一端を知っていただきたく、本稿を執筆しようと思った次第である。

「東京ゲーム音楽ショー」の会場(※筆者撮影。以下同)
「東京ゲーム音楽ショー」の会場(※筆者撮影。以下同)

「大御所」にも気軽に会える場をボランティアスタッフが提供

「東京ゲーム音楽ショー」を主催する運営委員会のスタッフは20人で、全員がボランティアで活動している。しかも驚くことに、出展者からは1円も出展料を徴収しておらず、運営費は一般来場者からの入場料によって賄われている。

本イベントの創始者である「くまぁん」こと、加山志穂氏は介護タクシーのドライバーが本職だ。同氏が2014年に第1回を開催しようと思った動機は「自分が面白そうだと思ったから」だという。

「『東京ゲーム音楽ショー』以前にも別のイベントを開催したことがあるのですが、出展者も来場者もすべての人が同じ参加者で、誰もが笑顔になれることをするのが好きで、私自身もコンポーザーの皆さんが大好きなんです」(加山氏)

また加山氏が荷物を運ぶ際には、加山氏の前職である佐川急便の元同僚が手伝ってくれたので、お礼にコンポーザーたちの曲を収録したアルバムを渡したら、ゲームにまったく興味がなかったのに曲をとても気に入ってくれたという。何とも手作り感あふれるイベントだ。

開会の挨拶をする「くまぁん」こと加山志穂氏
開会の挨拶をする「くまぁん」こと加山志穂氏

会場には、元任天堂の田中宏和氏、セガの「Hiro師匠」こと川口博史氏、元セガの並木晃一氏、元ナムコの川田宏行氏など、80年代から活躍する大御所が多数参加し、自作したアルバムを手渡しで売るだけでなく、サインや記念撮影にも気軽に応じていた。

筆者は会場に足を運んだのは今回が初めてだったが、これだけのメンバーが集まるイベントが第1回からボランティアで運営されたことには大いに驚かされた。

ファミコン用ソフト「バルーンファイト」「メトロイド」「MOTHER」などを作曲した、元任天堂の田中宏和氏。多くのファンから撮影やサインを求められていた
ファミコン用ソフト「バルーンファイト」「メトロイド」「MOTHER」などを作曲した、元任天堂の田中宏和氏。多くのファンから撮影やサインを求められていた

元スクウェア・エニックスで「ファイナルファンタジー・クリスタルクロニクル」シリーズなどを作曲した谷岡久美氏
元スクウェア・エニックスで「ファイナルファンタジー・クリスタルクロニクル」シリーズなどを作曲した谷岡久美氏

出展者の多くはフリー、または自身の会社を通じて活動するコンポーザーだが、筆者が話を伺ったところ生活費を稼ぐためではなく、赤字になってもいいからファンとの交流を目的に参加したと答えた人がほとんどだった。タイトー(※同社のゲーム音楽制作チーム「ZUNTATA」名義で参加)などメーカー数社も出展していたが、客の奪い合いでギスギスするようなこともなく、最初から最後まで実に和気藹々とした雰囲気だった。

トークショーやライブの最中に、大騒ぎする来場者がいなかったのも強く印象に残った。本当は誰もが年に一度の祭典をノリノリで楽しみたかったと思われるが、事前に運営スタッフが感染対策などの注意喚起をしていたこともあり、終始グッドマナーであったことにも好感が持てた。

ライブステージで演奏する「蒼き雷霆ガンヴォルト爪」などを作曲したコンポーザー、ヨナオケイシ氏(左から2番目)
ライブステージで演奏する「蒼き雷霆ガンヴォルト爪」などを作曲したコンポーザー、ヨナオケイシ氏(左から2番目)

「御朱印帳」を手に会場を回る楽しさも提供

実行委員会は、多数のコンポーザーがオリジナル曲を提供した10周年記念アルバム、その名も「華蝶風月」を作成し、通販および会場での販売を実施した。主催者がアルバムを販売したのは今回初めてのことで、売上はすべて運営費に充てられる。

本アルバムは、コンポーザーのブロマイドと、写真とプロフィールを記載した冊子「御朱印帳」がセットになっている。「御朱印帳」はサイン帳としても利用可能で、来場者はこれを片手に、お目当てのコンポーザーを訪ねて回りながらイベントが楽しめる仕掛けだ。なお、本アルバムは現在でも公式ショップから購入することができる。

会場で販売されていた第10回開催記念アルバム「華蝶風月」と「御朱印帳」
会場で販売されていた第10回開催記念アルバム「華蝶風月」と「御朱印帳」

ファンからのサインに応じる「アトリエ」シリーズなど多くのゲームでボーカルや作曲を手掛ける霜月はるか氏
ファンからのサインに応じる「アトリエ」シリーズなど多くのゲームでボーカルや作曲を手掛ける霜月はるか氏

加山氏によると、毎回遠方から来場する人が非常に多く、今回も都内からの来場者は全体の約3割で、開催前日は会場周辺にあるホテルの稼働率がかなりアップするという。筆者が取材中には、中国など海外からはるばる会場に駆け付けた熱心なファンにも遭遇した。

さらに今回は、会場を管理している大田区産業振興協会から紹介を受けた大田観光協会が初めて出展し、会場周辺の飲食店などを紹介したパンフレットなどを配布していた。ボランティア運営でありながら地域振興に貢献しているのも、本イベントの特筆すべき点かもしれない。

入場料が必要なイベントにもかかわらず、終了30分前に「好きなコンポーザーに会えるから」と駆け込む人も以前からかなりいるそうだ。いかに熱心なゲーム音楽ファンがいるのかが顕著にわかるエピソードだ。

人気のコンポーザーのブースには長蛇の列ができることも。写真は元カプコンで「ロックマンエグゼ」シリーズなどの作曲を手掛けた海田明里氏のブースに並んだファンの皆さん
人気のコンポーザーのブースには長蛇の列ができることも。写真は元カプコンで「ロックマンエグゼ」シリーズなどの作曲を手掛けた海田明里氏のブースに並んだファンの皆さん

コンポーザーとファンが一体となって楽しめる「東京ゲーム音楽ショー」は、次回の開催日が2024年4月13日(土)に早くも決定している。

筆者は当初、コアなファンばかりが集まる敷居の高いイベントなのかと思っていたが、前述のとおり和気藹々とした雰囲気に包まれ、お気に入りのゲームの曲を作ったコンポーザーにたくさん会うことができたので「また次回もお邪魔したいな」と素直に思えた。

「参加してもいいものか、なかなか一歩を踏み出せない方もいらっしゃるかもしれませんが、一度でも参加していただければ『東京ゲーム音楽ショー』の楽しさがきっとわかると思いますので、ぜひ会場にお越し下さい。特に、地方にお住まいの方はコンポーザーの皆さんに会う機会が少ないと思いますので、これからも皆さんを後悔させないイベントにしていきたいですね」(加山氏)

(参考リンク)

「東京ゲーム音楽ショー2023|TGMS2023」公式サイト

元ナムコで「アイドルマスター」などの作曲を担当した佐々木宏人氏のブース
元ナムコで「アイドルマスター」などの作曲を担当した佐々木宏人氏のブース

こちらは元タイトーで「パズルボブル」シリーズなどを作曲したなかやまらいでん氏(左)のブース
こちらは元タイトーで「パズルボブル」シリーズなどを作曲したなかやまらいでん氏(左)のブース

【この記事は、Yahoo!ニュース個人のテーマ支援記事です。オーサーが発案した記事テーマについて、一部執筆費用を負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

ライター/日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表

1993年に「月刊ゲーメスト」の攻略ライターとしてデビュー。その後、ゲームセンター店長やメーカー営業などの職を経て、2004年からゲームメディアを中心に活動するフリーライターとなり、文化庁のメディア芸術連携促進事業 連携共同事業などにも参加し、ゲーム産業史のオーラル・ヒストリーの収集・記録も手掛ける。主な著書は「ファミダス ファミコン裏技編」「ゲーム職人第1集」(共にマイクロマガジン社)、「ナムコはいかにして世界を変えたのか──ゲーム音楽の誕生」(Pヴァイン)、共著では「デジタルゲームの教科書」(SBクリエイティブ)「ビジネスを変える『ゲームニクス』」(日経BP)などがある。

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