メルカリで「アルマーニの靴下」を買って考えたこと。
■ アルマーニの靴下
「なんか、すごく嬉しい気分になった」
私は思わず口にしていた。妻にだ。妻も、
「私もなんか、とてもいい気分」
と言う。
今年の春、アルマーニの靴下をメルカリで買った。ただ、それだけのことなのに、すごく嬉しい気分になった。こんな感情を抱くなんて、想像もしていなかった。
フリマアプリ、メルカリを使いはじめたのは、ごく最近のことだ。1年半ぐらい前からだろうか。それまでは何か買いたいものがあったら楽天ばかり使っていた。
私が毎日はいているビジネス用の靴下も、そうだ。
昔からオーソドックスな靴下しか買わなかった。グレーかネイビーの、「3足1000円」の特売品がメイン。
2年ほど前からだ。もう少しいい靴下を買いたいと思った。楽天でアルマーニの靴下を「1足1000円程度(送料別)」で見つけ、それを定期的に買うようになった。
毎日はく靴下は消耗品だ。その消耗品に、送料と消費税を含めると1足1300円ほどのお金をかける。お金に対する価値観は人それぞれだろうが、私にとって1足1300円もするアルマーニの靴下は、贅沢品と言えた。
■ メルカリで見つけたアルマーニ
ある日、そのアルマーニの靴下が「2足1400円で売っている」と妻が言った。メルカリを眺めていたら、見つけたと言うのだ。
「送料はいくら?」
「送料は込み」
「え! そうなの?」
楽天で売っているものと同じだろうか。「商品の説明」を読むと「贈答品でもらったものです」とある。スマホの小さな画面で写真を拡大し、眺める。50歳にもなると、小さいディスプレイに目を凝らすのがつらい。
残念ながら写真はボケている。だが、たしかに「EMPORIO ARMANI」とロゴが入った御大層な箱の中に、その靴下は入っているように見える。
「もう少し、きれいに写真を撮ればいいのに」
メルカリで取引実績がない出品者だ。だから評価が一つもついていない。心配だったが、とはいえ、ニセモノが送られてくることはないだろうと思い、購入することを決めた。
フリマアプリに慣れている人ならともかく、あまり慣れていない私たち夫婦にとっては勇気のいることだった。
■ 小さな感動体験
楽天で買ったらすぐ商品が手元に届くが、フリマだとそうはいかない。出品者次第だ。しかし、このアルマーニの靴下は2日後には届いた。
梱包もしっかりしている。
中を開けると、たしかにいつも購入しているアルマーニの靴下が箱の中から出てきた。2足とも新品で、商品タグも付いたまま。
半額近いお値段で購入できたということも嬉しい出来事だったが、それ以上の幸せな経験を、購入後に味わうことになる。
出品者に良い評価をつけ、「とても安く購入できて、本当に嬉しいです」とメッセージを送った。するとしばらくして、次のような返信が返ってきた。驚くほど長文のメッセージだった。
「2年前に息子が社会に出て、そのときに買った靴下です。夫は息子が幼いころに病死し、女手ひとつで育ててきた息子です。工業高校を卒業し、就職しました。そんな息子に、何かお祝いを買いたいと思ったのですが、たいしたお金もないので、この靴下を2足デパートで買ってプレゼントしたのです。しかし息子は趣味じゃないと言って、受け取ってくれません。他に誰にもあげる相手もいないし、捨てることもできないので、友人に教わってメルカリに出品してみました。このたびは買ってくれて、本当にありがとうございます」
このメッセージを読んで、私も妻も、言葉では表現できない感情を得た。贈答品ではなかったのだ。
「この人、お金が欲しかったわけじゃないんだよね。1円でも余分にお金がほしいと思ったら、靴下だけ送ればいいもの。箱に入れたままだと送料がかさむから」
「そうか。たしかに」
世の中には、「誰にもあげることはできないし、捨てることもできないもの」が膨大にあり、そして、それを「喜んで買ってくれる人」もまた、数えきれないほど存在する。
「なんか、すごく嬉しい気分になった」
私は思わず口にしていた。妻も、
「私もなんか、とてもいい気分」
と言った。
■ 2つのメリット
私と妻は、この経験で2つのメリットを同時に得ることができた。1つめは「経済的メリット」だ。いつも購入している価格の、半値近い金額で、まったく同じものを手に入れることができた。
そしてもう一つが「情緒的メリット」である。この取引を通じて、「なんかいいことをしたかも」という、小さな感動体験を得られた。
さらには、この体験によって私たち夫婦の会話が弾んだことも付け加えることができるかもしれない。紳士服専門店や、楽天で買っていたら、靴下を買ったという話題で盛り上がることもなかっただろうから。
今年の夏、Airbnb(エアビーアンドビー)を利用して、白馬へ家族旅行をした。妻は「民泊なんて、なんか怖い」と言ったが、「これも体験だ」と私が押し切った。
ホストがとてもいい方で、はじめて訪れた白馬を案内してくれたり、特別に屋外のバーベキューセットを貸してくれたり、結果的に素晴らしい体験をすることができた。子どもたちも、別荘地に建てられた豪邸に泊まることができて大喜びだった。
出費は、例年の家族旅行より3分の1に抑えることができたし、このときも「経済的メリット」と「情緒的メリット」の両方を得られることができたと受け止めている。
■ シェアリングエコノミーは互助の精神
2018年度に1兆8000億円を超えた「シェアリングエコノミー」の市場規模は、2030年度には5兆7000憶を超え、さらに認知度が高まり、法整備が進めば、2030年度には11兆1000憶まで膨れ上がると予測されている。
私どものような、どちらかというと距離を置いてきた夫婦が、前述した2つのメリットを十分に感じ、積極的にフリマや民泊を利用しはじめたら、たしかに市場は複利曲線を描くように拡大するだろう。
自助・互助・共助・公助の4つの「助」で考えるなら、シェアリングエコノミーはスマホアプリを利用した「互助」に近いだろうか。
シェアリングエコノミーのプラットフォームを利用し、商売に徹する参加者もいる。しかし、それだと残念ながら「経済的メリット」しか得られない。
実際に、一般社団法人シェアリングエコノミー協会の調査によると、シェアリングエコノミーの利用者のほうが、利用しない人以上に「幸福度」「社会とのつながり」を感じる人が多いとのこと。
「SDGs(持続可能な開発目標)」が掲げる17の目標に沿って、ビジョンを再構築する企業も増えている。
このように、社会とのかかわり、互助の精神を持つ人や企業が、結果的にマーケットバリューを高める時代だ。この流れは、もう止められそうにない。
自分さえよければいいなどと考える独りよがりの人は、情緒面のみならず、経済面でも潤うことは難しくなった。
アルマーニの靴下をはきながら、そんなことを思う毎日である。