能登半島地震から5ヶ月 震災で舞台地のアニメ作品はどう動いたのか
6月1日で能登半島地震の発災から5ヶ月が経ちます。地震の犠牲者となった数は、災害関連死を含めて5月31日時点で260人にのぼっています。震災から5ヶ月が経ち、インフラはほぼ復旧しているものの、土砂崩落などで復旧が困難な地区も残っており、まだ予断を許さない状況です。
被災地となった能登半島をはじめとする石川県では、複数のアニメ作品の舞台になっています。中には甚大な被災地となった珠洲市や七尾市も含まれており、既に震災復興を掲げたイベントを展開しているものもあります。
「聖地」復興に動いた3作品
これまで能登半島や金沢地域が舞台となり、「聖地」として賑わっている作品が主に3つあります。2011年にTVアニメ放送された『花咲くいろは』、23年4月から6月にかけて放送された『スキップとローファー』、同じく23年の4月から7月にかけて放送された『君は放課後インソムニア』の3作品です。
一つ一つの作品について見ていきましょう。
『花咲くいろは』は、金沢市湯涌温泉や、能登半島の七尾市にある、のと鉄道西岸駅が主な舞台となっています。家庭の事情で祖母が経営する温泉旅館で働くことになった女子高生が主人公の作品で、働く女の子と金沢と東京の遠距離恋愛がテーマになっています。
作中に登場する架空のお祭り「ぼんぼり祭り」は湯涌温泉で現実のお祭りとしても11年以降実施されており、北陸新幹線が開業後の16年の「第6回湯涌ぼんぼり祭り」では、1万6000人の来場者数が訪れました。架空のお祭りが実際のお祭りになり、地域の観光資源に昇華した点では、「聖地巡礼」の歴史にも残る作品と言えます。お祭りはコロナ禍の中断を経て、今も継承されています。
アニメを制作した会社は「ピーエーワークス」という、金沢市に隣接する富山県南砺市の企業なのも特徴です。地元を舞台にした地方発のアニメーションだからこそ、架空のお祭りを地域密着にできた功績が大きいと言えます。
「観て応援」するチャリティー配信
このように制作からして地域密着で展開している『花咲くいろは』ですが、能登半島地震を受けての対応も非常に素早いのが印象的でした。震災発生から10日の1月11日にはYouTubeで『花咲くいろは』のチャリティー一挙配信を発表。アニメ全26話と劇場版が翌12日から配信されました。チャリティー配信とは、動画公開で得た収益を全額震災復興に寄付する仕組みです。配信期間は1月12日から3月31日までと2ヶ月以上に及び、その本気度がうかがえます。
『花咲くいろは』の公式によると、チャリティー配信の総再生回数は72万6238回、寄付金額は189万2289円にのぼっています 。
災害発生を受け、期間限定でアニメを無償公開することで、視聴者が被災地を「観て応援」できるスタイルを提供したのは新しい取り組みだと言えるでしょう。
珠洲市舞台の『スキップとローファー』
『スキップとローファー』も『花咲くいろは』と同じピーエーワークス制作のアニメ作品です。月刊アフタヌーン(講談社)で連載中の同名の漫画作品を原作としています。T大に入り官僚になる夢を叶えるべく、能登半島の過疎地から高校から東京の進学校に入学した女子高生が主人公のお話です。
物語の大部分は東京で展開されますが、主人公が帰省する場面もあり、珠洲市の蛸島町(作中では「凧島(いかじま)町」)が舞台モデルになっています。原作者も富山県射水市出身であり、地震の被災地域と言えます。
珠洲市が作品の舞台というのは公式も認めており、これまで珠洲市では「聖地巡礼バスツアー」が23年8月に実施されています。当初は8月19、20日だけの開催予定でしたが、好評だったため8月29、30日にも第2弾が急遽実施されています。
珠洲市は能登半島地震で輪島市に次ぐ111人の死者を出した自治体で、最も被害が大きい地域の一つです。震災発生を受けて、アフタヌーン編集部が1000万円を石川県の義援金口座に寄付したほか、漫画最新巻にあたる10巻の「能登半島地震応援版」を5月末まで販売していました。この「能登半島地震応援版」は、利益が能登半島地震の義援金に寄付されるほか、珠洲市の風景イラストや描き下ろしを含む4枚のポストカードが封入されています。
アニメのほうでも被災地支援を実施しており、『花咲くいろは』と同様、YouTube上でのチャリティー一挙配信を2月3日と4日に実施しました。
作者自ら復興支援した『君ソム』
物語の舞台の中心が、まさに被災地の作品もあります。『君は放課後インソムニア』(『君ソム』)です。不眠症に悩まされる主人公とヒロインの恋愛を描いた作品で、七尾市が主な舞台になっています。主人公達が通う高校も実在する七尾高校がモデルとなっています。主人公達の天文部の活動を通じ、能登地域の観光名所が舞台として登場しているのも特徴です。
原作はビッグコミックスピリッツ(小学館)で19年5月から連載中の漫画作品で、既巻数は14巻になります。TVアニメ以外では23年6月には実写映画も公開されています。
『君ソム』も県や市など自治体と密接な取り組みをしています。23年6月には石川県とコラボした観光PR動画をYouTubeで公開し、9月には七尾市とコラボした観光PR動画が公開されました。PR動画は、これまで数多くの自治体と協業しているポニーキャニオンが制作しています。
公共交通機関とのコラボも進んでおり、23年4月からは『君ソム』のラッピング列車がのと鉄道で運行しているほか、9月からは七尾市内循環バス「まりん号」でラッピングバスの運行が始まっています。
このように、『君ソム』はまさに地域を挙げて盛り上がっている作品と言えます。そして能登半島地震が発生し、七尾市は奥能登の珠洲市や輪島市ほどではないものの、5人の犠牲者が出ています。倒壊した建物も少なくなく、今でも休業となっている施設も珍しくありません。
震災を受けてポニーキャニオンは1月25日、アニメ・実写映画・漫画を組み合わせた特別映像「『君は放課後インソムニア』特別映像~ひとりじゃない~」を公開しました。能登地域の背景を集めた動画で、特に実写のものは被災前の貴重な記録映像にもなっていると言えそうです。
また、原作者自ら被災地を盛り上げようとしているのも『君ソム』の特徴と言えます。「『君は放課後インソムニア』被災地応援イベント」という展示会が、七尾駅前の商業施設「パトリア」で6月2日まで開催中です。イベントでは、漫画の複製原画やアニメの場面写真パネル、実写映画に使用された小道具などを展示しています。漫画、アニメ、実写の全媒体で復興支援に取り組んでいるのが特徴と言えます。
このイベントは毎年5月1日から5日に七尾市が開催される「青柏祭」の目玉である「曳山行事」が地震の影響で中止になったのを受け、原作者のオジロマコトさん達が企画したものです。5月3日と4日には作者のオジロマコトさん自ら会場を訪れ、ライブペイントを実施しました。
このイベントに合わせ、小学館が運営するWeb漫画サイト「ビッコミ」では寄付企画も実施しています。24年4月16日から25年4月15日までの1年間、ビッコミにおける『君ソム』の売上入金額を、作者と小学館から七尾市災害義援金口座に寄付する取り組みです。
このように、被災地が舞台となった作品でも、その応援の仕方は三者三様です。特定の場所が舞台となることで、作品を通じて「交流人口」と呼ばれる日頃から地域と関わりがある人口の創出に繋がっています。そしてそれが今回のような災害発生時には、被災地を復興しようとする力のさらなる源泉にもなっています。
今後も、日本全国で地域を舞台にした作品が生まれ続けるでしょう。その動きが災害発生時の復興支援にも繋がるのであれば、もっと物語でこの国が盛り上がっていって欲しいと思います。
(クレジットのない写真は全て筆者撮影)
©2012 花いろ旅館組合
©高松美咲・講談社/「スキップとローファー」製作委員会
©オジロマコト・小学館/アニメ「君ソム」製作委員会