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石原経財相とユニクロの言うことは本当か~暖冬が企業の利益率に影響を与えるか調べてみた

坂口孝則コメンテーター。調達コンサル、サプライチェーン講師、講演家
暖冬がいつも悪者にされるが、それはほんとうだろうか(写真:アフロ)

暖冬はほんとうに悪者か

「暖冬のせいで業績が悪化した」とか「暖冬のせいでGDPが落ち込んだ」といった論をよく聞きます。そのたびに、これまで私は「暖冬は大変だろうな」と思いながらも、どこか違和感を抱いてきました。そこで今回は、暖冬がほんとうに悪者といえるのかを検証しました。

結論を述べれば、暖冬は企業業績と相関はさほど見られず、一因ではあっても、暖冬を悪者にはできない、というものです。

暖冬をめぐる言説

先日の報道によると、経財相はこうおっしゃったそうです。

石原伸晃経済財政・再生相は15日午前、2015年10~12月期の国内総生産(GDP)発表を受けて談話を公表した。実質GDPが前期比年率1.4%減と2四半期ぶりのマイナス成長になったことについて「記録的な暖冬により冬物衣料品などが大きく落ち込んだ」ことで個人消費の減少幅が大きくなったことが主因との見方を示した。

出典:日本経済新聞

たしかに、暖冬が冬物衣料を大きく落ち込ませたかもしれません。ただ、これをGDPのマイナス成長とつなげることに違和感を抱きました。

大手ではユニクロ(ファーストリテイリング)が、第1四半期について「暖冬」という言葉を何度も使いながら苦戦を説明しています。これも、ユナイテッドアローズは好調ですから、暖冬だけが問題かなと思わざるをえませんでした。

なお、消費増税がGDPマイナスの要因だと私は思っています。ですので、世界的経済失速も襲うなか、逆にあのていどで済んでよかったな、とも思います。また、ユニクロ(ファーストリテイリング)に関しては、失速とか苦戦といっても、それでもじゅうぶんに立派な業績であるのは疑いえません。なんだかんだいって営業利益率15%は凄いですよね。

とはいえ、暖冬ばかりが悪者になっているのが正しいのか、以下、検証しました。

暖冬と企業業績の比較にあたって

まず使ったのは気象庁のデータベースです。ありがたいことに、気象庁は過去の気温データを公開しています。そこで「平年差」というものを活用しました。

平年差は、観測値や統計値と平年値との差をいい、 平年値より大きい(高い)場合は正、小さい(低い)場合は負とし、「+」あるいは「−」の記号を数値の前に付けて示します

出典:気象庁

すなわち、数値が高かったら平年よりも気温が高く、数値が低かったら平年よりも気温が低い、というわけです。これを四半期ごとに拾っていきます。

そして、次に法人企業統計のデータを使います。これは財務省が実施しているもので、日本の業種別売上高やら損益等々を調査しています。

ここで、「衣服・その他」のカテゴリーを使いたいのですが、平成20年度までしかありません。したがって、最新データまで公開されている「繊維工業」のものもあわせて検証してみます。この法人企業統計から営業利益を抽出し、営業利益率を求めました。

売上高は伸びていくものでしょうから、営業利益「率」を使いました。また、経常利益や最終利益ですと、他の要因がからんできますから、本業の利益を示す営業利益が良いと判断しました。

暖冬が影響するのであれば、こういう関係が成立するはずです。

暖冬が影響する際の営業利益率との関係
暖冬が影響する際の営業利益率との関係

暖冬と企業業績の比較

さて、そこで過去30年分のデータを調べてみました。まずはユニクロ(ファーストリテイリング)も影響があるとおっしゃっていた、10月から12月までの平年差と、10月から12月までの四半期の企業業績を比較しました。

上記の図とおなじく、縦軸が平年差で、横軸が営業利益率です。

●繊維工業(資本金1億円以上)における東日本の平年差と営業利益率との関係~2014年から過去30年分

画像

うむ……。これは相関を見つけるのが難しいですね。気温なんて関係なさそうに見えます。なお、実際の相関を自乗したものを決定係数と呼びます(この値が1に近いほど関係性が濃い)。この決定係数は0.005218217にすぎませんでした(この値が0に近いほど関係性が薄い)。

さきほどのグラフは東日本のものでしたから、「いや、西日本の平年差は関係があるはずだ!」と指摘する方もいるかもしれません。でも、おなじく相関を見つけられませんでした。グラフはもう掲載しませんが、決定係数は0.00620909でした。

●衣服その他(資本金1億円以上)における東日本の平年差と営業利益率との関係~2008年から過去30年分

画像

そんなことないだろう、と思い、次に「衣服その他」でやってみましたが、これまた相関を見つけられませんでした。決定係数はこれまた0.007672782にすぎません。西日本も決定係数は0.009913889しかありませんでした。

ということは、10月から12月はまだ冬本番ではないのではないか。

そう思って、次は、翌四半期を比べました。たしかに、2月がもっとも寒いですから、1月から3月までの平年差と、1月から3月までの四半期の企業業績を比較しました。

●繊維工業(資本金1億円以上)における東日本の平年差と営業利益率との関係~2014年から過去30年分

画像

これまた相関はないかなあ、と。決定係数は0.006955316でした。しつこいですが、西日本も0.006803271ですから、東西差はなさそうです。

●衣服その他(資本金1億円以上)における東日本の平年差と営業利益率との関係~2008年から過去30年分

画像

もうわかったよ、って感じでしょうが、相関はなさそうです(東日本の決定係数0.012857543、西日本は0.026581687)。

暖冬は悪者なのか

こうやって見ますと、暖冬と企業利益率に関係はなさそうです。もちろん直感的にも、暖冬でしたら、厚手のコートを買う必要はありません。それにダウンジャケットも売れなくなるかもしれません。しかし、実際には、もっと複雑な要因がからみます。個々の企業の努力もあれば、社会全体の景気もあります。

これは暖冬の要因を完全否定するものではありません。ただ、「暖冬→悪化」「暖冬→利益減少」という単純な図式で語られるほど背景は「無邪気」ではない、ということです。

石原経財相へ、暖冬に基本的人権をお願いします。

あ、基本的「季節」権か。

コメンテーター。調達コンサル、サプライチェーン講師、講演家

テレビ・ラジオコメンテーター(レギュラーは日テレ「スッキリ!!」等)。大学卒業後、電機メーカー、自動車メーカーで調達・購買業務、原価企画に従事。その後、コンサルタントとしてサプライチェーン革新や小売業改革などに携わる。現在は未来調達研究所株式会社取締役。調達・購買業務コンサルタント、サプライチェーン学講師、講演家。製品原価・コスト分野の専門家。「ほんとうの調達・購買・資材理論」主宰。『調達・購買の教科書』(日刊工業新聞社)、『調達力・購買力の基礎を身につける本』(日刊工業新聞社)、『牛丼一杯の儲けは9円』(幻冬舎新書)、『モチベーションで仕事はできない』(ベスト新書)など著書27作

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