「鬼十訓」電通と「自分がボス」グーグルの働き方を比べてみた
「いつ起きてもおかしくなかった」
電通の女性新入社員、高橋まつりさん(当時24歳)が過労自殺した事件で、高橋さんの過重労働が始まる前の昨年8月に、電通東京本社が労働基準監督署から是正勧告を受けていたと日経新聞が報じています。電通は勧告後「ノー残業デーの設定や有給休暇の取得促進などを行ってきた」と説明していますが、実際には、違法な長時間労働が続いていたことが浮き彫りになっています。
東京労働局の過重労働撲滅特別対策班(かとく)は東京本社と3支社、主要5子会社を労働基準法に基づき立ち入り調査し、出退勤記録などから過重労働の実態解明を進めています。これに対し、電通は時間外労働の上限を月70時間から月65時間に引き下げる方針で、24日からは午後10時以降を全館消灯とし、会社に残ることも禁止するそうです。
電通では1991年に入社2年目の24歳の男性社員が同じように過労自殺しています。少しは改善されたとは言え、月150時間残業も珍しくなく、脳卒中で死亡したり、うつ病になって自殺したりする社員もいて「いつ起きてもおかしくなかった。遺族の仕事を世話して表沙汰にならないケースもあったが、高橋さんのツィートですべてが白日の下にさらされた。ソーシャルメディアが発達して、もう隠しきれなくなった」という関係者の声も聞かれます。
吉田秀雄の鬼十訓
「一度取り組んだら『放すな』目的完遂までは殺されても放すな」という故・吉田秀雄第4代社長(1903~63年)の鬼十訓が電通体質の象徴として批判的に取り上げられていますが、「日本の広告モデルを築いた吉田秀雄が生きた戦後と今は時代が違う。『仕事は自ら創るべきで、与えられるべきでない』という哲学は生きているが、時代は大きく変わり、働き方の順応が遅れた」と言う人もいます。
海外では広告代理店は広告主の代理業務をしますが、吉田秀雄のすごいところは新聞、特に戦後、新興のテレビに「あなたの広告枠を売ってあげます」と言って、ほぼ一手に利権を収めたことです。広告主だけでなく、四マス(新聞、雑誌、ラジオ、テレビ)のメディアも電通のお客さんになってしまったのです。
電通は四マス首脳や幹部の家族をコネ入社させています。マスメディアは電通には頭が上がらず、厳しい批判記事をあまり報じません。
インターネットやソーシャルメディアの台頭で四マスメディアと同様、電通のビジネスモデルにも限界が見えてきました。高橋さんが配属されたインターネット広告部門は少し前まで亜流でした。新聞局出身でないと社長になれないと言われるほど電通の四マス支配は強力だそうです。
電通のグローバル・デジタル戦略
インターネット広告部門は「パソコンにかじりついて、広告枠を押さえていく仕事。勘所が必要という人もいるが、アルバイトか新人が割り当てられる。四マス広告に比べてインターネット広告は利益率が低い上、自動化・無人化が進んでいないため、長時間の単純労働が常態化していた」という指摘もあります。
電通でもこの10年、グローバル化とデジタル化が大きな課題になってきました。2013年に当時世界8位だった英国の広告会社「イージス・グループ」を約4千億円で買収するなど、次から次へとM&A(合併・買収)を進め、昨年、海外事業比率が50%を超えたことが大きなニュースになりました。
企業を買収すれば海外事業比率は必然的に増えますが、それだけでは企業のグローバル化が進んだとは言えません。「労働時間を海外企業並みに短縮しないと、買収した企業との一体化が進まない。外国人を雇えない」「日本流の不透明な会計を透明にしないと、後々問題が噴出する」など、旧態依然とした体質改善が急務になっていました。
高橋さんの過労自殺は、電通のデジタル戦略が全然うまく進んでいなかったことを物語っています。
「ソフトバンクはバンクではない」と答えたアルファベット会長
先日、グーグルとグループ企業の持ち株会社Alphabet(アルファベット)のエリック・シュミット会長がロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)で講演したので聞きに出かけました。電通とグーグルの収入源は広告ですが、パーパス(目的)や働き方があまりにも違います。
先のエントリー「電通ガサ ブラック企業にメス入れる『かとくの女』 立ちはだかる人手不足社会」について、ある社会保険労務士の方から「工夫とやらの概念くらいは書きなさいな」というご意見を頂いたので、参考にシュミット会長の話を紹介しましょう。
グーグルは5年前、起業家を発掘し、支援するため「キャンパス・ロンドン」を開設し、2014年には英国の人工知能(AI)スタートアップ「ディープマインド」を買収しました。ディープマインドが開発したコンピューター囲碁プログラム「アルファ碁」は世界トップクラスの棋士に勝ち越して世界的なニュースになりました。
聴衆から「英国の半導体設計ARMホールディングスが日本のバンク(銀行)、ソフトバンクに買収された。見込みのある英国のスタートアップ企業は次々と海外資本に買収される」と質問されると、シュミット会長は「ソフトバンクは銀行ではない」と優しく答え、「昔、ロンドンにはベンチャーキャピタルが不足していたが、起業の後を支えるメザニンファイナンスを整えていく必要がある」と英国の問題点を指摘しました。
一にヒト、次にカネというわけです。
コンピューター科学の人材不足は最大の危機
さらに「英国の大学はコンピューターサイエンスを教える教員が不足している。技術革新は社会を変えていく。すべての分野でデジタル化が進んでいく。コンピューターサイエンスは真の科学であり、その技術不足、人材不足はすべての危機を招く」と警鐘を鳴らしました。大学の研究費用も英国に比べ米国の方がはるかに潤沢だと断言しました。
言うまでもないことですが、デジタル化していなければスタート地点にも立てません。
AIの研究が進むと仕事が失われるという質問も出ましたが、シュミット会長は「歴史を振り返ると、常に技術革新が新しい仕事を生み出してきた。私は今回だけ異なるとは思わない。マシンラーニングやマシンインテリジェンスによって医療制度が改善され、遺伝子研究が進む。人間は退屈なルーチンワークから解放され、よりクリエイティブな仕事に取り組める」と語りました。
「自分のボスは自分」
グーグルでは誰も上司のことをボスとは思っておらず、自分が自分のボスです。吉田秀雄の「仕事は自ら創るべきで、与えられるべきでない」という哲学に通じるところもあります。グーグルでは次々と創造的で画期的なサービスが開発されています。ディープマインドは英国の国民医療サービス(NHS)と協力して医療サービスの質の改善に取り組んでいます。
今、97%の人がベッドの脇でスマートフォンを充電しながら睡眠を取り、1週間に1500回スマホに触り、1千通のテキストを打っているそうです。シュミット会長はアルゴリズムを開発するにはビッグデータが必要で「データは通貨になった」と言います。
「15%の改善で満足していたらダメ」
「世界中のベストな人材、資本、データを活用しても、まだアルゴリズムの効率性を15%しか改善できない」というシュミット会長にLSE教授は「普通の産業なら15%も改善できたらスゴイ」と唖然とした表情を浮かべました。シュミット会長は「そうした考えは時代遅れ」と一蹴しました。
シュミット会長は地球温暖化やエネルギーの有効利用など、人類が取り組まなければならない課題は山ほどあると言います。
一方、電通は現場の過重労働を解消するための、インターネット広告の自動化・無人化をする知恵も能力もなかったわけです。日本は高賃金で短時間しか働かないドイツより、低賃金で長時間働くギリシャに近づいているような気がします。
グローバル化とデジタル化に対応することが21世紀の働き方の基本になることは言うまでもありません。
(おわり)