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「ここで退けば国の未来はない」ーー現地の日本人医師が明かす、ミャンマー「医療崩壊」のいま

市川衛医療の「翻訳家」
閉鎖されたヤンゴン総合病院(3月末撮影) 画像提供:匿名医師

軍事クーデターの発生から約3か月、市民への軍や警察の弾圧が問題化するミャンマーではいま、国公立の病院の多くが医療者のボイコットにより閉鎖状態になり、医療システムが機能していない「医療崩壊」の状態になっています。

いま、デモに参加していた医師たちや病院を閉めたままにしている病院長らが軍によって拘束されたり、誰とも会わないように身を潜めていたりして、状況はさらに悪化しているといいます。

4月21日、その現状を訴える論説がBMJ(英国医師会雑誌)に掲載されました。

論説を書いたのは、ミャンマー在住の日本人医師です。今回、筆者は連絡を受けて4月24日にZOOMを用いたインタビューを実施。現状と、危険をおかしても発信した理由について聞きました。

なお医師の名前については、いまミャンマーで多くの医師が拘束されたり、身を隠したりしている現状を考え匿名としています。

末尾に、上記のBMJに掲載された論説(英文)の、著者本人による日本語原稿を付記しています。良かったら最後までお読みください。

ミャンマーで起きる「医療崩壊」の実態と背景

Q. いま、ご自身の周りの状況はいかがでしょう。

(医師)デモは制圧されつつあり、町は静かになってきていますが、日々どこからか銃声は聞こえます。先日も、私の住むマンションの中に逮捕状が出されている人が潜伏しているとの情報があったらしく、兵士によるマンション内の捜索が行われました。

一方で2~3月に比べると、食べ物が店頭に並んだり、車が動くようなってきているなど、少しずつ経済を回そうという空気が出てきているのを感じます。

現在のヤンゴン 人通りは少なく、店の多くがシャッターを閉めている 画像提供:匿名医師
現在のヤンゴン 人通りは少なく、店の多くがシャッターを閉めている 画像提供:匿名医師

Q.医療の状況はいかがですか?

(医師)ミャンマーの医療は、国公立病院により支えられています。ミャンマーにいる医師の数はおよそ3万1000人と言われていますが、そのほとんどが公務員(医療公務員)です。私の感覚では医師全体の3分の2くらいはCDM(不服従運動)に参加し、給料を拒否したうえで勤務をボイコットしています。その結果、国公立病院の多くが閉鎖されています。

私立の病院は開いていますが、治療費が非常に高いので一般の人は医療を受けることが難しいケースも少なくありません。緊急の病気になっても医療を受けられない、まさに「医療崩壊」の状態になっています。

(注)CDM(不服従運動)

Civil Disobedience Movementの略。業務を放棄することで国軍に圧力をかけようとする市民による運動。2月から医療者のボイコットをきっかけに様々な業務分野に拡大したとされる。

Q.医療は命に直結します。医師が勤務をボイコットすると聞くと、違和感もあります。

(医師)日本の常識で見ると、そう思えるかもしれません。実際に、軍事政権からは病院を開けるように強いプレッシャーがかかっており、CDMを主導している病院長や教授などには拘束の危険が迫っています。

報道によれば、CDMに協力したということで軍事政権により150人近い医療従事者が指名手配をされているとのことです。そのため、誰とも会わないように身を潜めている医師も少なくありません。

現場の医療者たちがCDMを行うか否かは、自由意志で強制ではありません。しかし大多数の人が「ここで退けば国の未来はない」という愛国心によりボイコットを続けている状況なので、CDMをしないと仲間外れになってしまう危険性さえあります。そしてこの医療者たちの行動は、一般市民の支持を得ています。

日本のネットなどを見ていると、医療者が仕事をボイコットしていることを指して「へんな国だ」というような意見を目にすることもあります。しかし、いまのミャンマーの医療者たちの置かれている状況を深く理解していただき、そういうイメージを持ってほしくないと思っています。

閉鎖されているヤンゴン整形外科病院(3月末撮影) 画像提供:匿名医師
閉鎖されているヤンゴン整形外科病院(3月末撮影) 画像提供:匿名医師

Q.今回、現状を発信しようとした理由を教えてください

わたしは長年、ミャンマーの医療者に対し、手術の技術などを教える医療支援を行っており、その経緯でミャンマーに移住しました。

ミャンマーの医療は、大都市ではある程度のレベルにあるものの、地方に行けば近代的な医療設備は望めない状況です。でもそんな状況下でも医療者の熱意は強く、責任感をもって学び、どうにかして出来る治療の幅を広げようとしている姿を見てきました。

ボイコットをしている医療者たちはいま、強いジレンマと不安を感じています。「医師である限り、患者さんを救うのは当然だが、今はそれができないので、とても歯がゆい」「今は、公務員としての給料がゼロなので、私立病院で可能な限りの患者さんを助けるしかない」というような本音を聞きます。

一方で「軍事政権下(1962-2011年)で、国の発展のみならず、医療の発展が大きく遅れてしまった」「職場放棄する以外に対抗できる方策はない」「クーデターを黙って見過ごせば、ミャンマーの未来や自分の子供たちに希望が無くなってしまう」という思いで、CDMを続けています。

私は、彼らと会話している中で、強い信念や誇り高い愛国心を感じました。命を救いたいのに救えない、自分の身や生活にも危険がある、でも、強い愛国心によって「いま退いてはいけないんだ」と耐えている。その状況をどうか日本の人に知ってほしい。そしてミャンマーへの支援の気持ちを持ってほしいと願っています。

【以下は、匿名医師がBMJ(英国医師会雑誌)に投稿した、ミャンマーの医療の現状に関する論説の内容を、著者である医師自身が日本語にまとめたものです。】

「ミャンマーの医師は、命がけで不服従運動による職場放棄を行っています」 

医師は、患者を診て助けるのが使命です。しかし、それが行えないのが現在のミャンマーなのです。ミャンマーの多くの医師たちは、国軍に対する不服従運動のため、医療現場を放棄せざるを得ない状態です。

2021年2月1日に、ミャンマー国軍がクーデターで国の実権を掌握し、その翌日の2月2日、ミャンマーの医療公務員たちは、そのクーデターによる違法で非民主的な軍事政権からの職務命令には従えないとし、ストライキなどの平和的手段で反対意思を示していくことを表明をしました。この職場を放棄する「市民不服従運動」は、医療従事者から始まり、鉄道や教育機関、金融機関にも及び、現在では、ミャンマー国内の生活、社会や経済に大きな影響が生じています。 

ミャンマー国内では約31000人の医師が働いていますが、その多くが公務員であるため、2月以降、公立病院の医療サービスは、ほとんどストップし、まさに医療崩壊の状態になっています。そして、クーデター前の1月時点で、1日当たり1万5千~2万件強で推移していた新型コロナの検査数は、2月以降には10分の1程度に減少しており、新型コロナの国内累計感染者数が14万人を超えている中で、新規感染の動向を把握するのが難しい状況となっています。また、1月27日から始まっていた新型コロナワクチン接種に対する影響も懸念されています。

さて、国軍は、医師たちに職場への復帰を強く求めていますが、医師たちがそれに応じる動きは全くみられていません。ミャンマーの医師たちにとっては、命がけで職場放棄する以外に軍事政権に対抗できる方策はなく、私の友人の医師は「クーデターを黙って見過ごせば、ミャンマーの未来や自分の子供たちに希望はない。」と語っています。

私が関係している専門科(整形外科)においては、1月末にヤンゴン総合病院とその関連の病院に入院していた約500人の患者は、2月中旬にはほぼゼロになってしまいました。ここで、私が驚いたのは、医師や病院が患者さん達を追い出したのではなく、患者や家族が医師の不服従運動を積極的に支援し、自主的に病院から退院していったということです。

3月に入ると、デモに参加していた医師たちや病院を閉めたままにしている病院長らが国軍によって次々に拘束されたり、その拘束を恐れて身を潜めている医師が多くいたりして、国内の医療状況はさらに悪化しています。

そこで、国際社会として、ミャンマー人の医師たちが、自国の将来のために命がけで職場放棄をしている状況を注視しつつ、ミャンマーで生じている医療崩壊の状況が長期化しないように、様々な支援や監視をするべきだと思われます。

(参考資料)

Myanmar’s doctors are risking their lives in the civil disobedience movement

April 21, 2021 the BMJ opinioin

現在のヤンゴン(画像提供:匿名医師)
現在のヤンゴン(画像提供:匿名医師)

医療の「翻訳家」

(いちかわ・まもる)医療の「翻訳家」/READYFOR(株)基金開発・公共政策責任者/(社)メディカルジャーナリズム勉強会代表/広島大学医学部客員准教授。00年東京大学医学部卒業後、NHK入局。医療・福祉・健康分野をメインに世界各地で取材を行う。16年スタンフォード大学客員研究員。19年Yahoo!ニュース個人オーサーアワード特別賞。21年よりREADYFOR(株)で新型コロナ対策・社会貢献活動の支援などに関わる。主な作品としてNHKスペシャル「睡眠負債が危ない」「医療ビッグデータ」(テレビ番組)、「教養としての健康情報」(書籍)など。

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