現役世代の社会保険料はいくら下げられるのだろうか?
自民党総裁選挙に立候補を予定している河野太郎氏と小林鷹之氏が現役世代の社会保険料の引き下げに明確に言及した。
河野太郎氏、現役世代の保険料負担軽減めざす Xで提唱(日本経済新聞 2024年9月2日(月) 11:46)
自民党小林前経済安保担当大臣 若い世代の所得向上に向け「社会保険料の負担軽減」訴え(TBS NEWS DIG 2024年9月2日(月) 19:59)
今後、現役世代の社会保険料の引き下げが自民党総裁選の争点になる可能性はもしかするとあるのかもしれない。
そこで本記事では現役世代の社会保険料(公的医療保険)引き下げのためのオプションとそれによって可能となる引き下げ額を機械的にではあるが試算してみたい。
まずは、河野氏が言及している現役世代から高齢世代への「仕送り金」について見てみる。
現役世代から高齢世代への「仕送り」は、主に中小企業の従業員やその家族が加入する協会けんぽでは前期調整額1.6兆円、後期支援金2.1兆円、主に大企業の従業員やその家族が加入する組合健保では前期調整額1.6兆円、後期支援金2.0兆円、主に公務員やぞの家族が加入する共済組合では前期調整額0.5兆円、後期支援金0.6兆円となっており、合計では8.4兆円となっている(2021年度現在)。
なお、後期高齢者医療制度への2022年度の仕送りの金額は、厚生労働省「後期高齢者医療事業状況報告」(年報)によれば、2021年度の65,266億円から2022年度の66,989億円と、1723億円、2.6%増加となっている。
河野氏や小林氏が主張する公的医療保険の現役世代の負担軽減をこの仕送りの廃止と解釈するならば、8.4兆円規模の負担軽減策となる。ただし、公的医療保険料負担は労使折半で負担しているので、労働者4.2兆円、企業4.2兆円の負担軽減となる。つまり、現役世代だけではなく、企業にとってみても、現役世代から高齢世代への仕送りを廃止することで人件費負担を4.2兆円削減することも可能となる。
総務省統計局「家計調査」等によると、年齢別の健康保険料負担額は下図の通りとなっている(なお、この負担額には企業負担は含まれていないことに留意する必要がある)。
この年齢別健康保険料負担額と厚生労働省「国民生活基礎調査」により年齢別の世帯数とを用い、機械的に現役世代(64歳世代以下)の年間の保険料負担軽減額を求めると下表の通りとなる。
一方で、現役世代から高齢世代への「仕送り」を廃止する場合、これまで高齢世代が需要していた医療サービスが必要不可欠で1円も削減できないものとすれば、現役世代が負担していた「仕送り」に相当する金額全額を高齢世代が負担しなければならない。
(1)高齢世代の保険料引き上げ
まず、現役世代から高齢世代への「仕送り」金額8.4兆円の廃止を高齢者が保険料の引き上げで対応するとすれば、65歳から74歳までの前期高齢者は2.2兆円、75歳以上の後期高齢者は6.5兆円の負担増となる。これを、総務省統計局「家計調査」、厚生労働省「国民生活基礎調査」を用い一人当たりの健康保険料に換算すると下図の通りとなる。
前期高齢者1人当たりの平均的な負担増加額は年間19.8万円、前期高齢者1人当たりの平均的な負担増加額は年間57.6万円となることが分かる。
(2)消費税率引き上げ
次に、現役世代から高齢世代への「仕送り」を廃止することで、前期高齢者は年間19.8万円、後期高齢者は57.6万円の負担増となる。これはさすがに政治的に厳しいと判断され、消費税率の引き上げで対応する場合を考える。
この場合、現役世代では社会保険料負担軽減額を消費税の負担増加額が上回るのに対して、高齢世代では「仕送り」が廃止される前に比べて負担は増すものの、社会保険料引き上げよりは負担増加額は減じられる。
但し、これは企業負担分も消費税引き上げで対応した場合であり、企業負担分をそのままとし、労働者負担分のみを消費税増税の対象とした場合は、「仕送り」が存在する場合に比べて、現役世代の負担は軽減される。
(3)金融資産課税の強化
石破茂氏が強調するように、最近の自民党では(実際には野党も同じなのだが)金融資産課税強化が主張される。
自民党・石破茂氏、金融所得課税の強化「実行したい」(日本経済新聞 2024年9月2日(月) 21:51 (2024年9月3日(火) 1:02更新))
この場合、全世代での金融資産課税強化が念頭にあるようにも感じるが、ここでは高齢世代が保有する金融資産への課税強化を考える。
総務省統計局「家計構造調査」によれば個人金融資産の55%を65歳以上の高齢者が保有している。仮にこの保有割合を日本銀行「資金循環統計」の家計の金融資産残高2199兆円に当てはめるならば、高齢者は1201兆円の金融資産を保有することになるので、8.4兆円を捻出しようとすれば、高齢者が保有する金融資産全体に対して0.7%新たに課税をすれば賄えることになる。
65歳以上の高齢者の平均金融資産残高は17,308千円なので、新たな負担額は年額で平均12万円となる。
(4)赤字国債発行
当面の総裁選、衆参両院の選挙を勝つためには、どの党も高齢者の支持をつなぎ留めておくことは重要な課題である。とするならば、現役世代の社会保険料の負担軽減といってもこれまで通り、赤字国債の発行で対応するインセンティブは十分に存在する。
この場合、赤字国債を10年物の新発債で8.4兆円発行することで財源を捻出するとすれば、平均寿命で考えると、2023年現在の日本人の平均寿命は男性が81.09歳、女性が87.14歳なので、男性では71歳、女性では77歳の方は負担しなくて済む。一方で、例えば男性で現在21歳の方は平均寿命まで60年あるので、フルに負担することとなる。
要するに、赤字国債の発行による財源調達は、それが意図した増税であれ、意図しない増税であれ、より若い世代の負担となり、より高齢の世代の得となるので、現役世代の負担軽減にはつながらないことを肝に銘じておく必要がある。
なお、本試算では高齢者の医療給付は現状のまま据え置かれると仮定したが、例えば窓口負担を原則現役世代と同じ3割負担にすれば、医療給付も削減され、それだけ現役世代から高齢世代への「仕送り」も減ると考えられる。
こうした高齢者の窓口負担の引き上げによる給付の効率化による現役世代の負担軽減も当然あり得る訳なので、河野氏や小林氏に限らず、自民党総裁選への立候補を考えている先生方や、野党の先生方も、様々な案を提案願えれば、社会保障に関する政策論争も活発化するように思われるが、読者の皆さんはいかがお考えになるだろうか?