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善意でも危険。職場で同性愛暴露され精神疾患に。豊島区に救済を申し立て

松岡宗嗣一般社団法人fair代表理事
記者会見を行ったAさん(左から二番目)(筆写撮影)

職場の上司から同性愛者だとアウティング(暴露)され、精神疾患になった20代のAさんが、条例でアウティング禁止を規定する東京都豊島区に対し、事業者への指導などを求める申し立てを行った。

「一人ぐらい良いでしょ」と笑われた

Aさんは2019年に保険代理店に営業職として入社。最終面接で書類を記入する際に、緊急連絡先に同性パートナーの名前を記入した。Aさんとパートナーは自治体の「パートナーシップ制度」を利用している。

緊急連絡先記入時に、会社の代表と上司にカミングアウト。「同僚には自分のタイミングで伝えたい」と説明したという。

しかし、その1ヶ月後にはアウティングが発覚。上司はパート従業員にAさんには同性のパートナーがいることを暴露したという。

「一人ぐらい良いでしょ、と上司から笑いながら言われた」とAさんは話す。

Aさんはパート従業員から無視されたり避けられるようになった。上司のことが怖くなり、仕事を休みがちになるも、7月中旬頃から、電話で「バカ」「頭が悪い」などと叱責されたり、会議で上司に意見をしたところ頬を殴られるなど、ハラスメントがエスカレートしていったという。

ついに動悸やめまい、震えが出始め、会社に行けなくなった。その後11月に精神科を受診し、抑うつ状態と診断を受け、現在まで休職している。

豊島区に救済の申し立て

Aさんが勤める会社は東京都豊島区に置かれている。

豊島区は2019年3月に「男女共同参画推進条例」を改正し、その中に「性的指向や性自認による差別の禁止」「パートナーシップ制度」そして「アウティング禁止」を盛り込んだ

条例は苦情処理委員会の設置を規定しており、区民は条例に違反する区の施策に対する改善や、人権侵害について救済の申し立てができるようになっている。

必要に応じて委員会による調査が行われ、区より関係者に対する助言や指導、人権侵害の是正の要請がされる。

今回、Aさんは職場でアウティング被害を受けたことについて苦情処理委員会に申し立てを行い、会社への指導などを求めた。

善意であっても危険な行為

Aさんによると、会社はアウティング行為自体は認めているが、あくまで「善意でやったこと」であり、会社として責任を負うものではないと繰り返し、謝罪等の対応はないという。

さらに、叱責や暴力についても行為自体は認めているが「指導の範囲内」と認識しているという。

今月から「パワハラ防止法」が施行され、6月1日から大企業、2022年4月1日から中小企業でもパワーハラスメントの防止対策を講じることが義務付けられている。

このパワハラの中には「アウティング」も含まれており、アウティングが起きないよう企業は就業規則への明記や従業員への啓発、相談対応、起きてしまった際の再発防止策などを講じることが”義務”になる。

Aさんの勤める会社は、そもそもアウティングという概念や、何が問題かを全く認識していないようだが、”認識していない”ということ自体がもう言い訳にもならないフェーズに来ている。

さらに、アウティングは悪意のあるものはもちろん、善意であったとしても危険な行為と言える。

なぜなら、今回のAさんのケースが象徴しているように、たとえ善意であったとしても、アウティングした先の人が必ずしもジェンダーやセクシュアリティについて適切な認識を持っているわけではなく、無視されたり、または「SOGIハラ(性的指向や性自認による侮蔑的な言動)」などのハラスメント、差別的取り扱いを受けてしまうことが少なくないからだ。

遅れる行政の対応

「アウティング」という言葉が知られるようになったのは、2015年の一橋大学の法科大学院で男子学生がLINEグループで同性愛者であることを暴露され転落死した事件がきっかけだろう。

他にも、2019年8月には大阪で、性別変更したことを勤務先でアウティングされ、同僚から「気持ち悪い」などと言われ自殺を図り、勤務先に損害賠償を求め提訴した事件も報道されている。

東京都国立市は2018年4月に、全国で初めてアウティング禁止を条例で明記。続いて2019年3月に東京都豊島区も条例で禁止を規定した。

今年6月3日には、三重県が都道府県として初めてアウティング禁止を条例に盛り込む方針を発表している。

このように、アウティング禁止を条例で定める自治体は少しずつ増えているが、一方で、共同通信が全国の都道府県と政令市を対象に行った調査によると、職員向けマニュアルなどで「アウティング禁止」を定めている自治体は1割にとどまり、行政の対応の遅れが目立つ。

泣き寝入りしなくていい

Aさんは今後、アウティングなどにより精神疾患になったことについて労災申請をおこなう予定だ。

今年5月、厚労省はパワハラ防止法の施行を受けて、労災認定の基準に関する検討会を開き、基準を改正した。

「身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」などの基準が追加されたが、性的指向や性自認に関する侮蔑的な言動や、アウティングといった言葉は明記されていない。

パワハラ防止法の定義する「パワーハラスメント」に、アウティングやSOGIハラも含まれることは既に法律で明記されているが、実際に労災認定が行われる際にアウティング・SOGIハラが見落とされないか懸念が残る。

アウティングはLGBTの多くが経験をしているが、一方で被害を訴えることのリスクの大きさから泣き寝入りをせざるを得ない状況だと言える。

労働問題に取り組むNPO法人POSSEは、6月13(土)・14(日)の13時〜17時に無料でセクシュアルマイノリティ向けの電話労働相談会を実施する(電話番号は0120-987-215)。

今後、Aさんの申し入れを受けて、豊島区の苦情処理委員会がどのように対応をするか。労災認定は認められるのかなど、注視していきたい。

一般社団法人fair代表理事

愛知県名古屋市生まれ。政策や法制度を中心とした性的マイノリティに関する情報を発信する一般社団法人fair代表理事。ゲイであることをオープンにしながら、GQやHuffPost、現代ビジネス等で多様なジェンダー・セクシュアリティに関する記事を執筆。教育機関や企業、自治体等での研修・講演実績多数。著書に『あいつゲイだって - アウティングはなぜ問題なのか?』(柏書房)、共著『LGBTとハラスメント』(集英社新書)など

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