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スギやヒノキを脱炭素の旗手に!独自技術で生まれ変わらせる

田中淳夫森林ジャーナリスト
ホテルの外壁に使われたスギのフランウッド (筆者撮影)

 その木材は、スギやヒノキの1.7倍以上の炭素を固定する。しかもほとんど腐らずに、ずっと炭素固定を続ける。

 そう聞くと、すわっ、なんという木かと注目する人もいるかもしれない。実は、樹種はスギとヒノキなのである。日本にそれこそ山ほどある木と同じだ。ただし、少し加工する。その名をフランウッドと呼ぶ。

 具体的には、スギやヒノキに植物からつくったフルフリルアルコールを含浸させたものだ。この物質は細胞壁で化学反応を起こして、フラン樹脂が生成される。結果として細胞壁が分厚くなり水分は減少する。おかげで圧縮強度を増し、腐朽しづらく、割れや反り、縮みなど形状変化もしにくくなった。また重く濃茶色になる。木材内の炭素量が増えたおかげである。

 このように説明すると思い出す人もいるかもしれない。そう、私は以前同じ原理の「ケボニー化木材」を「針葉樹材を広葉樹材にする」技術が誕生したと紹介したことがある。

針葉樹材が広葉樹材に化ける!これは林業イノベーションだ

 これはノルウェーのケボニー社がラジアータパインなどの加工木材だった。この記事で、スギでもできる可能性に言及したが、現実には生成時間が4倍以上かかってしまい、製品の性能にもバラツキが多く出るなど量産には不都合な面も多く、なかなか実用化が進まなかった。

 そこでスギやヒノキに特化してフルフリルアルコールを含浸させフラン樹脂化させる技術の開発が、日本で進められてきた。

スギのハードウッド化に成功

 スギやヒノキに最適の方法を突き詰めて、含浸方法や触媒を工夫することで、ついに完成したのがフランウッドである。

 それはケボニー化よりも簡単な工程で、完成した製品もケボニー化木材よりずっと性能がよく、まさにハードウッド(広葉樹材)だ。芯まで含浸するので炭素固定量も増えた。手がけたのはニッポニア木材株式会社である。

 なおスギもヒノキも日本固有の木材だから、海外企業が製造に参入するのは難しいだろう。

フランウッド化の原理(ニッポニア木材提供)
フランウッド化の原理(ニッポニア木材提供)

 ちなみに現時点では、フルフリルアルコールは中国からの輸入に頼るが、その国産化にも取り組んでいる。原料は、木材に含まれるヘミセルロースを使う。つまり木材から取り出し合成したものをまた木材に注入するわけだ。もちろん石油系や重金属系の物質は含まれない。この生産が軌道に乗ると、日本国内で原材料も加工もすべて完結する。

優れた炭素固定性能を活かす

 フランウッドは、商品としての可能性も非常に大きいが、ここは脱炭素の観点から見てみよう。

 まずフランウッド自体が多くの炭素を含むのは説明した通りだ。これまでの実験では、1立方メートルのフランウッドの場合、スギ材は1219kg、ヒノキは1315kgの炭素(CO2換算)を固定することがわかっている。

 同時に腐朽しづらい点も、CO2を出しにくいことを意味する。

 現状の木製品は、実は寿命がそんなに長くない。木造建築物は手入れを怠ると、すぐに腐朽するので改修が求められる。防腐剤を使用しても限界がある。合板も数年で廃棄になることが多い。紙製品も同様。平均すれば1年もせず捨てられるだろう。ましてや昨今増えている用途である木質バイオマス燃料など一瞬で燃やしてCO2を排出する。

 その点フランウッドは、建築物の外装、内装、デッキ、エクステリア……とさまざまな用途で長く使われることが見込め、メンテナンスフリーで保てる。さらに土壌改良用に地中に打ち込む木杭や、海に沈める漁礁などとして無酸素環境に置かれたら、最低でも数十年、おそらく半永久的に炭素を固定し続けるだろう。

スギのフランウッド。熱帯地域で採れるチーク材に似た風合い。(ニッポニア木材提供)
スギのフランウッド。熱帯地域で採れるチーク材に似た風合い。(ニッポニア木材提供)

 さらにフランウッドの性能や木肌の表情は、スギはチーク材、ヒノキはウォルナット材に似ているので、そうした熱帯産高級木材の代替にもなる。つまり、問題になっている熱帯雨林の破壊的伐採を止める一助になりうる。また市場は日本だけでなく世界中に広がるだろう。

 付け加えれば、高級な熱帯産木材と同価値とされるから、価格は現在のスギ材の5倍にできる。その分山から原木を高値で買い取れるわけだ。十分に山に還元することができれば、苦境の林業を支えられると期待されている。

 フランウッドの製造は、現在パイロットプラントがようやく稼働し始めたばかりだ。より安定的な生産工程の確立など、まだ課題は少なくないが、脱炭素と林業再生の有力な武器となるのではなかろうか。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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