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元名人・豊島将之九段(33)大激戦のA級順位戦を制し、藤井聡太名人(21)への挑戦権を獲得

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 2月29日。静岡県静岡市・浮月楼において第82期A級順位戦最終9回戦、一斉対局がおこなわれました。結果は以下の通りです。

豊島 将之九段(7勝2敗)○-●菅井 竜也八段(5勝4敗)

永瀬 拓矢九段(6勝3敗)○-●中村 太地八段(4勝5敗)

渡辺  明九段(5勝4敗)○-●広瀬 章人九段(3勝6敗)

佐藤 天彦九段(4勝5敗)●-○稲葉  陽八段(4勝5敗)

斎藤慎太郎八段(3勝6敗)●-○佐々木勇気八段(4勝5敗)

 名人挑戦権は7勝2敗の豊島九段が獲得。またB級1組への降級は3勝6敗の広瀬九段、斎藤八段に決まりました。

 藤井聡太名人に豊島九段がいどむ第82期名人戦七番勝負は4月10日・11日、東京都文京区・ホテル椿山荘東京でおこなわれます。

豊島「(2020年に名人位を)失冠したあとはなかなか(A級で名人)挑戦争いに加わることも難しかったので。なんとか挑戦権争いに加われるようにという気持ちで、今期は。なかなか(タイトル)挑戦が難しい状況になっていたので。タイトル戦にまた出られることをうれしく思っています。(名人戦は)自分なりに全力を尽くしてがんばりたいと思っています。(現在の藤井名人は)非常に安定感があって、精度が高い将棋を指されているという印象です」「(名人戦開幕までは)作戦を考えることと、あとは少しでも状態がよくなるように、やっていきたいです」

挑戦決まるか、プレーオフか

 豊島九段は今年度A級、開幕から稲葉八段、佐々木八段、渡辺九段、永瀬九段、佐藤九段、中村八段を破って6連勝。しかしそこから広瀬九段、斎藤八段に負けて2連敗していました。

豊島「途中からあまり、内容や結果がともなわなくなってきていたので。自分なりにせいいっぱい指せたのかなと。今日の将棋は特に。前局(斎藤戦)の将棋、チャンスがある将棋だったので。流れもわるかったですけど。まあなんとか切り替えて指していこうと思っていました」

 基本的にずっと居飛車党だった豊島九段ですが、最近は振り飛車を指すこともありました。

豊島「やっぱりなかなか結果が出ていないので。なんとか自分の将棋を変化させていけるようにというふうに思っているんですけど。でも昨年の10月ぐらいから、あんまり内容と成績もあまりよくないので。なかなか思うようには、いっていないですけど。同じようなやり方を続けていてもなかなか、やはりうまくいかないので。なにかしら変化させていければなとは思っています」

 豊島九段が勝てば名人挑戦決定、菅井八段が勝てばプレーオフという本局。戦型は先手菅井八段の中飛車となりました。藤井名人の解説によれば「本命といえる選択」です。

 豊島九段が急戦をにおわせたのに対して、菅井八段の19手目は大きな分岐点。5筋に銀を上がれば互いに攻めの銀が中段で対峙する「銀対抗」の形になります。

 菅井八段は本局、6筋の歩を突きました。

藤井「より振り飛車らしく、さばいていこうという一手かなと思います。いや、実はこの形、私も前期のA級順位戦(2回戦)で菅井八段に指されていまして。私が負けたんですけれど(笑)。優秀な指し方なのかなと思ったことを覚えています」

 前期A級で藤井五冠(当時)は菅井八段と永瀬九段に敗れて7勝2敗。名人挑戦権争いは広瀬八段(現九段)とのプレーオフに持ち込まれました。

 今期はその広瀬九段と、2021年、22年、2期連続で名人挑戦権を得た斎藤八段が降級。A級とはなんとも厳しいところです。

豊島九段、仕掛けて開戦

 23手目。▲菅井-△藤井戦では、菅井八段は美濃囲いに組んでいました。以下は早い段階で戦いとなり、終盤で抜け出した菅井八段が快勝を収めています。

 本局、菅井八段は美濃囲いではなく、穴熊に組もうと香を上がりました。組み上がってしまえば堅くなるので、居飛車としては、仕掛けられるのであれば仕掛けたいところです。

 24手目、豊島九段は43分考えて7筋の歩を突っかけていきます。対局開始から1時間と少しで、早くも戦いが始まりました。

 午後に入っての31手目。菅井八段は中央5筋の歩を突いて大きく動いていきます。ここで豊島九段の手がぴたりと止まりました。考えること2時間1分。長考の末に角を交換しています。

豊島「△7七角成はそのあとのことを考えていて。△4四角打か、△5四歩▲同飛車か」

 豊島九段の選択は攻防の角打ちでした。対して今度は菅井八段が1時間6分考え、踏み込んでいきます。飛車を切って銀と刺し違え、攻める形を作りました。

 夜戦に入り、46手目、豊島九段は1時間5分考え、菅井陣のせまいところに飛車を打ち込みます。

豊島「中盤は桂頭を攻められる展開になって。仕掛けたところとか、そのあとが、あまりよくなかったかもしれないです」「△5七飛車の局面はどうやっても、かなり危ない形になるので。あまり成算の持てる順がなくて、長考しました」

 菅井八段は豊島陣の弱点である桂頭を攻める順を得ます。一方、自陣は穴熊が未完成で不安定な形。豊島九段は自陣に龍を引きつけて粘り、バランスのとれた、難しい中盤戦が続いていきました。

菅井「ちょっとなんか夕食休憩明けてからは、あまりいい手が指せなかったような気がします」

 63手目。菅井八段は相手の端角をねらって、端に香を打ちます。局後、菅井八段はこの手を悔やんでいました。

菅井「その手を指すつもりはなかったんですけど。それが致命的だったのかなと思います」

豊島九段、大一番を制す

 豊島玉はからめ手の端から攻められ、ピンチを迎えたようにも見えました。しかし早逃げで相手の攻め駒から遠ざかっていったのが好判断。形勢は豊島よしがはっきりしていきます。

豊島「(72手目)△5一玉と引いて、玉がけっこう安全になって。駒得が活きる展開になのかなと思いました」

 豊島九段は自玉の安全を確保したあと、2枚の龍を菅井陣に進め、満を持して反撃に転じます。

 86手目、豊島九段が龍を切って金と刺し違えたのがきれいな決め手。最後は菅井玉を中段に引っ張り上げ、受けなしに追い込みました。

 96手目、金打ちの王手を見て菅井八段は投了。23時13分、熱戦に幕がおろされました。

 菅井八段は今期A級、6回戦まで終わったところで5勝1敗。そこから3連敗で名人挑戦権を逃しました。

菅井「ちょっともう少しがんばらないとと思います」

 2023年度は叡王戦五番勝負、王将戦七番勝負に登場したものの、いずれも藤井現八冠に敗退しました。

菅井「12月末ぐらいからちょっと、あんまり将棋になってないので。あんまりよくはなかったです」

 両者の対戦成績は互いに11勝ずつと、まったくの五分になりました。

もうすぐ名人戦の季節

 将棋界の歳時記では3月、長く厳しい順位戦が終わり、4月に名人戦七番勝負が開幕します。名人戦を迎える時節は、将棋ファンにとってはやはり、特別な感慨を覚えるものです。

 藤井名人と豊島九段は過去に名人位を1期ずつ獲得しています。通算5期名人位を獲得すると永世名人の資格が与えられます。この七番勝負を制した方は、20世名人に一歩近づくわけです。

 藤井名人がタイトル戦番勝負連覇を続け、八冠を堅持するのか。それとも豊島九段が名人復位を果たすのか。注目の七番勝負が、いよいよ始まります。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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