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藤井聡太名人、突き進むか? 豊島将之挑戦者、追いかけるか? 5月8日から名人戦七番勝負第3局

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 5月8日・9日。東京都大田区・羽田空港第1ターミナルにおいて、第82期名人戦七番勝負第3局▲藤井聡太名人(21歳)-△豊島将之九段(34歳)戦がおこなわれます。

 七番勝負はここまで第1局、第2局と藤井名人が勝っています。

 両者のここまでの通算対戦成績は藤井24勝、豊島11勝。現在は藤井名人が11連勝中です。

 星の上では、最近の両者の関係は藤井名人が圧倒しているようにも見えます。しかし内容の上では、豊島九段が勝っていてもおかしくない対局が何局もあります。

 昨年度の名局賞に選ばれた王座戦挑決。そして名人戦第1局、第2局。直近の3局だけを見ても非常に白熱した内容で、最後の最後でようやく藤井名人が勝利をつかんでいます。

 名人戦七番勝負と並行しておこなわれている叡王戦五番勝負では、藤井叡王1勝のあと、伊藤七段が2勝をあげています。

 藤井名人は過去に21回のタイトル戦番勝負を戦って、そのすべてを制覇。初めて先にカド番に追い込まれる状況となりました。

 藤井名人が過去に「次の一番を負けたら番勝負敗退」という状況になったのは、一度きり。最終戦までもつれこんだ2021年の叡王戦五番勝負、豊島叡王-藤井挑戦者戦だけです。

名人戦第2局もまた名局

 名人戦第2局は4月23日・24日、千葉県成田市・成田山新勝寺でおこなわれました。豊島九段先手で、相掛かりの立ち上がり。そして豊島九段はひねり飛車模様の駒組を進めます。

藤井「ひねり飛車を見せられて、序盤からかなり気を使う展開になったかなと思っていました」

 30手目。藤井名人はふわっと中央に角を出ます。長く将棋を見続けてきた観戦者の目には新鮮に映る一手でした。

 序盤の折衝では、藤井名人がうまく立ち回ったようです。

豊島「ひねり飛車模様にしたんですけど、▲8五歩と(相手の飛車先を)抑えれない形になって、かなり苦しくなった気がしました。かなりきついっていうか、全然ダメかなと思ってました。▲8五歩打たないといけなかったんですけど、それを逃して主張がなくなって、そっからどんどんわるくなってしまったので、相当冴えない感じでした」

藤井「(自分の飛車先で)桂交換になって。飛車を抑え込まれるような懸念が少し、あまりなくなったかなと思ったんですけど。こちらが、金銀がなかなか前に出ていかない形なので。どういう構想で指すべきか、難しいかなと思っていました」

 38手目、藤井名人が中央の角をひとつ引いたところで1日目は指し掛けとなりました。

 明けて2日目。39手目、豊島九段の封じ手は、じっと2筋に歩を打つ手。やや指しづらい中で、じっと辛抱をします。

 44手目。藤井名人は桂を打って、せまい場所にいる豊島九段の飛車を攻めます。

藤井「△6四桂と打って、△1五歩と端を突いたあたりは調子がいいのかなと思ったんですけど」

 豊島玉に近い右端の攻めもからめて、形勢ははっきり、藤井名人がリードを奪いました。

 しかし豊島九段も苦しい辛抱を続けるうちに、チャンスがめぐってきます。50手目、藤井名人が49分を使って考えます。そして桂を取った手が、不急の一手だったようです。

藤井「▲1四桂に△同香と取ったのが、ちょっとよくない手で。代えて△2五桂とか、力をためるべきだったかなと思いました。▲同香と取ってしまってからは、むしろ自信がない展開にしてしまったような気がします。△2五桂もちょっとそのときに、先手の手が広くて。はっきり見通しは立たなかったんですけど。ただ△同香は、飛車を取りにいったんですけど。かえって、さばかせてしまっているので、よくなかったなと思います。(玉を動かして自陣を整備する手などもあった?)そうですね。いずれにしても手を渡す感じで指すべきだったと思います」

豊島「ゆっくりされたときに、こっちがもうやりたい手があんまりないので。ゆっくりされてもまずいかなと思ったんですけど。取られても、まあでも飛車香交換(の駒損)なんで、きついかなとは思いました」

 藤井名人は作られたと金を取りにいくため、中段に飛車を打ちます。対して豊島九段はさらに辛抱を重ねるうち、逆に右端1筋の藤井名人の飛車を攻める展開になり、棋勢は次第に好転していきます。

藤井「1筋のやっぱり逆襲を見せられているのと。あと6四桂と(元から存在する8筋の)8四飛車が相当働かない形なので。思っていた以上に苦しい展開になってしまったかなという感じがしていました。やっぱり8四飛車と6四桂とが、やっぱり遊んでしまっているので。どう勝負するかという局面になっているかなと感じていました」

 65手目、豊島九段が1筋の歩を取った局面で2日目17時、夕方の休憩に入りました。形勢はほぼ互角。豊島九段の容易に崩れない姿勢が実った形となりました。

 30分の休憩を経て、対局再開。白熱の夜戦が始まりました。豊島九段はついに藤井名人の飛車をとらえます。対して藤井名人は攻めがつながるかどうかギリギリのタイミングで78手目、桂を打ちました。

藤井「やっぱり抑え込まれてしまいそうな形なので。(78手目)△2五桂と打ったところは、ちょっと足りないかなと思ったんですけど。ただ、そうですね。他の手だと切れてしまいそうなので、仕方ないかなと思っていました」

 80手目。藤井名人は豊島玉の頭に歩を成り、王手をかけます。持ち時間9時間のうち、残りは豊島32分、藤井39分。豊島九段はと金を取らず、ノータイムで玉を引いて逃げます。もはや指運(ゆびうん)という局面。ここではと金を取る順が優ったようです。両者ともに残り時間が切迫していく中、勝敗不明の終盤戦が続いていきました。

藤井「(82手目、と金で相手の)銀を取ったあたりはなにか、こちらの手段も少し増えたかなという感じがしたんですけど。ただちょっとそうですね。(86手目)△3七歩に▲2三飛車成を軽視していて、またそこで苦しくしてしまったと思います」

豊島「(91手目、龍で相手の)2五桂はずしたあとも銀損なので、そんなに簡単ではないかなと。明快な手はわからなかったんですけれども。たぶんもうちょっと、いい手があったと思います」

 103手目。豊島九段は龍で銀を取ります。残り時間は豊島9分、藤井10分。藤井名人が次の手を考慮中のそのとき、中継の盤面が明らかに震えるほどの地震が起こりました。震度は3。

藤井「揺れたな、と感じるときはあったんですけど。それほど大きな揺れではなかったので。特に対局に支障はないのかなと思いました」

 対局は続けられます。

 濃密な終盤が続くうち、ついに勝勢に立ったのは、豊島九段でした。

ドラマチックな幕切れ

 113手目。豊島九段は攻防に利く位置に、王手で角を打ちます。残り時間は両者ともに6分。

 114手目。藤井名人は駒台に右手を伸ばした際、駒台のすぐ横の9一香に触れ、香が横向きになりました。そして駒台に乗る香を手にし、合駒として6二に打ったあと、9一香をまっすぐに直します。

 115手目。自玉にはまだ一手の余裕がある豊島九段は、相手玉にどう迫るか。豊島九段は銀を打って迫りました。す。

豊島「(▲5二銀と)銀打ったの、たぶんあんまり・・・。銀打った瞬間、なにか負けになってるかもしれない。(金の方がよかった?)ああ、そうなんですか。いや・・・」

 ここでは銀ではなく、金を打って迫る手が詰めろで最善だったようです。とはいえ、それも局後に時間をかけて検討し、ようやく先手勝ち筋と結論づけられた手で、そう簡単ではありません。やはり指運の最終盤だったというべきでしょう。

 勝敗はまだわかりません。116手目。藤井名人は銀を打って受けます。終盤の教科書に出てきそうな、千日手の可能性が見込まれる局面です。

藤井「こちらから打開する手は難しいかなと思っていました。それはしょうがないかなと」

 豊島九段は千日手にはしませんでした。117手目、桂で当たりになっている自玉頭の金を逃げます。

豊島「きわどいかなと思っていましたけど、勝ちかどうかわからなかったです。角打って香合で、金かわした(▲3六金)のが変だったんですかね」

 118手目。藤井名人は豊島陣に角を打ち込みます。これが正確な寄せ。本来であればなかなか使いづらい駒である角と桂をうまく使って、あっという間に豊島玉を受けなしに追い込んでいきます。

藤井「(120手目)△2四桂と打って、一応寄せの形が見えてきたんじゃないかなと感じました」

 127手目。豊島九段は角を成り、馬を作りながら香を取って、王手をかけます。この馬を藤井名人が取れば、長手数ながらきれいな詰み筋があります。

 しかし藤井名人は間違えません。127手目、藤井名人は馬を取らず、玉を8筋に逃げ越します。これで詰みはなし。

 豊島九段はコップに注がれた水を飲み、しばし中空を見上げました。

記録「30秒・・・40秒・・・50秒、1、2、3、4、5、6、7」

豊島「負けました」

藤井「ありがとうございました」

 両対局者が一礼して、大熱戦に幕がおろされました。

藤井「第1局と本局、どちらもちょっと中盤でミスが出てしまっているので、そこを改善ししていかないといけないなと思います」「まずは本局をしっかり振り返って、第3局で、よい内容の将棋が指せるようにがんばりたいと思います」

豊島「序盤でかなり冴えなくなって。そこはまずかったと思います。難しくなったあともたぶんあんまりいい手を指してないので。よくなかったなと思いました。序盤で、かなり早い段階でわるくしてしまったので。(第3局は)そういうふうにならないように、なんとかやっていきたいなと思います」

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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