「ふるさと納税」には競争抑止よりも内容深化をーー都市・中央目線でなく地方・現場目線の実態把握を
ふるさと納税制度は開始から15年になる。2022年度実績では寄付総額が9654億円にまで育った。メディアやネット上の論調は否定的なものが目立つ。ふるさと納税の総額は地方の税収全体(22年度は約45兆円)の約2%でしかない。しかし住民税を奪われる側の都会の自治体は苦情を呈し、財政学者は制度の不均衡を批判し続ける。またこの10月から総務省は経費率と返礼品産地のルールを厳格化した。熟成肉と精米は原材料が同じ都道府県内で生産されたもの以外は返礼品にしないなど一見、妥当な変更だが、返礼品競争に水を差し、規模拡大を抑制する狙いにも見える。果たしてふるさと納税はうまくいっているのか。
●ふるさと納税はやる気のある地域を変えつつある
筆者は。自治体のアドバイザー等の立場で岩手県、大阪府・市、愛知県、福岡市、新潟市、静岡県富士吉田市などの経済と地域のあり方をずっと見てきた。地方の人々の話を聞く限りふるさと納税の評価は極めて高い。各種調査でも地方の首長の大半がふるさと納税制度に賛成している。
最大の利点は、国からの補助金と企業誘致頼みだった地方の自治体が、切磋琢磨(せっさたくま)して税収を上げる当事者意識を持ち始めた点である。それを支えるのが自治体間の競争意識である。この競争は健全だ。役場の担当者は、よそに負けまいと地元の名産品を発掘する。事業者に働きかけ、全国にアピールする工夫をする。
自治体職員はそれまでマーケテイングやブランド、競争を意識する機会はあまりなかった。しかし今や彼らがふるさと納税仲介サイトのプロの力を借りて目覚め、地元の事業者たちのやる気と工夫を発掘する。これまでも道の駅に並べる商品の発掘で似たことはあった。しかし売り場は限定的だった。ふるさと納税は全国に向けて売るわけだから、力の入りようが違う。
2番目のメリットは、肉や魚、野菜などの返礼品で直接、都会の消費者と地域がつながる点である。仲介サイトは実質的には産地直送品の巨大な全国版ECモールである。商流は役場経由だが、生産者は地元商品の良さをサイトでアピールし、全国と競って勝ち抜いていく。
例えば野菜と肉、地元の醤油、味噌のセット商品の企画では接点が薄かった異分野の事業者が集まって頭をひねる。最近では旅館の宿泊券やイベントや農作業への参加など、モノからコトへの進化も起きた。仲介サイトはベンチャー企業だけでなく、携帯電話事業者、JR東日本、JTBなど大手企業も運営する。仲介サイト自体も競争しながら発展し続けている。
3番目は都会の消費者の意識改革だ。彼らはこれまでも産地直送の商品を買う場面はあった。しかし農産物の「お取り寄せ」は、どこのサイトで何が買えるか、どこの何が高評価か調べるのがたいへんだった。それが今ではふるさと納税の仲介サイトを見れば生鮮も加工品も品目ごとに全国ランキング表があって、購入者のコメントまで載っている。
消費者の当初の動機は節税だが仲介サイトを毎年必ず見続ける。それで各地の名産品を知り、学び、地方の豊かさや産直の楽しみを知る。やがて返礼品でなくても産地直送で農産物を買い続け、その土地に行ってみることにもつながる。
●弊害論の視野の狭さについて
ふるさと納税に対する批判の多くは「制度そのものがおかしい」という疑問に由来する。第一には、都会の住民税が減ると都市の自治体で予定する事業ができないというもの。第二は、納税額の大きな人ほどたくさん返礼品がもらえるから不公平というもの。第三には、地方への分配の際に特定の自治体に偏るから不公平というものだ。
しかしこうした従来の常識を打破すべく導入されたのがふるさと納税で、どれも今更の批判でしかない。第一に、ふるさと納税は住民の自由意思で地元よりもよその自治体に寄付することを許すという趣旨から始まる。都会の自治体は住民税を失いたくなければ、住民税をいかに有効に使えているかもっと熱心に説明すべきだろう。あるいは東京都世田谷区のように自らふるさと納税に参加すればいい。筆者は大阪・豊中市の出身だが、同市は充実した市史の冊子や地元の名産品のピロシキを返礼品に用意する。懐かしさのあまり衝動買い(寄付)をしたが、期待を大きく上回る品質の商品だった。都会には有名ブランドの洋菓子や著名企業の商品など素晴らしい返礼品がある。本気で戦えば健闘できるはずだ。
批判の二つめの「納税額の大きな人ほど得をする」という議論も今更である。所得が多い人は多額の納税をする。だから返礼品をたくさんもらえる。それを不公平だと言うのは高所得そのものを罪悪視する発想でしかない。また相当の額を地方に移転するには高額所得者の懐をあてにして当然だろう。
三つめの地方への配分が不公平だという議論もナンセンスである。ふるさと納税の要諦は、税の獲得をめぐって競争するところにある。しかも実は税ではなく、寄付を巡る競争だ。もらう側は、寄付する側の歓心を買う努力をする。返礼品の魅力を訴えるだけではなく、寄付を何に使うかもアピールする。大いに競えばいい。ちなみに一部の論者が言うように「全国均等に割り当てる」とどうなるか。納税者の自由意思による寄付という本質や、自治体間が競争するというダイナミクスが消えうせる。
ふるさと納税に対する批判論は、総じて中央集権による硬直的な税の分配ルールを堅持したいという昔ながらの固定観念によるものが多く、寄付税制や地方分権のあり方、あるいは個人の自由意思の尊重に関する根本的な見解の相違でしかない。しかも全て運用前からわかっていることばかりだ。批判するにしても移転された税が地方で何に使われたか、返礼品の額が増えた自治体で農家や地場企業がどのように変わったかなど事実を見てから議論すべきだろう。
●“ふるさと納税2.0”を目指して
さて、ふるさと納税は今後、どうあるべきか。3つの視点を提示したい。
(1)現地体験を通じたリピーターづくり
第一には都会の消費者との関係の進化である。地方が抱える課題は財源不足だけではない。若者が出て行ってしまう、観光客が定着しないといった人口にまつわる問題も大きい。ふるさと納税は、都会の人に来てもらうような、交流人口拡大のきっかけにもっと活用すべきだろう。すでに旅行商品や宿の宿泊を返礼品にする自治体があるが、地元体験や短期就労を返礼品にする工夫はまだ足りない。単に宿泊や食事、お祭り観覧の席を提供するだけでなく、漁師と地引き網を一緒にひく、稲刈りをする、大工仕事を手伝うといった体験イベントがもっと返礼品化されるとよい。
ちなみに北海道の厚沢部町では、都会からワーケーションで来る家族の子どもを保育所で預かる。こうした試みを各地のふるさと納税に応用できないか。例えば、幼児の一時預かりと宿泊とシェアオフィスの利用の権利とセットにした返礼品が提供できるのではないか。体験型の返礼品はリピーターを定着させやすい。現地に行って知り合いができたり、楽しい経験が積み重なったりすると何度も来てくれる。牛肉や豚肉のランキングのようにワーケーションや農作業のランキング表ができて競争が始まるとよい。
なお、納税寄付額のランキング上位の自治体の顔触れが固定化しているという批判がある。だが15年もたてば競争を経てトップ層が固定化するのは世の習いである。実力で勝ち取った上位者の座を批判するのはお門違いである。また都会の住民も毎年、お気に入りの自治体に寄付をしていて不平等だという批判がある。しかし優劣の差は競争の結果であり何ら問題はない。悔しく思う自治体は奮起すればいいだけだ。筆者は特に体験型の返礼品を出す自治体は、むしろ積極的に固定ファン(リピーター)を作っていくべきだと思う。航空会社のマイレージシステムのように特定自治体に寄付し続けるとイベントに招待されるなど、都会の消費者を囲い込む仕組みを作ってもいい。広く薄く色々なところに寄付をする仕組みが善であるという考え方はふるさと納税制度にあわない。競争の否定につながる。逆に廃するべきだ。
(2)返礼品磨き
第二の課題は返礼品の品質改善がまだまだ必要であるということだ。農産物など商品そのものの品質は概ねよい。しかし届け方やパッケージなどソフト部分は磨く余地がある。パッケージのデザインはセンスがいいとは限らず、商品の大きさや個数も都会の核家族には大きすぎる。また指定した日に届くサービスも一般化すべきだ。生鮮品がどっさりくると保管場所に困るし、冷凍品だと大変だ。日常使いの野菜と肉と乾物をセットにするなど、「単品をどっさり」というやり方を変える余地がある。
(3)ふるさと納税の使途の情報公開
三つめの視点として、寄付を受けた自治体はふるさと納税で集めた寄付金を何に使ったかを積極的に情報発信すべきである。たとえば返礼品を送る時に、今までの寄付総額がいくらだったか、それでこういう施設を作ったといった説明メモを同封する。あるいは仲介サイトにそれを掲げる。寄付にあたって消費者の納得が得られるし、地方振興という制度の本来の意義もより浸透する。税金の上手な使い方をめぐる自治体間の競争も促せる。
メディアも返礼品競争ばかり報じていないで、寄付で得たお金がどう使われたか事例を紹介すべきだ。そうなってくると、ひいては税を奪われる側の都会の自治体も、そもそも住民税を何に使っているのか説明しなければならなくなる。すると税金のバリューフォーマネーをめぐる新たな自治体間競争を促せる。
ちなみにふるさと納税の面白さは、等身大の住民参加というところにある。
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